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短編小説『主人公の絶望』

僕だけしかいないこの世界で、彼女に初めて会った時は嬉しかった。
「私はずっとここにいるから」
 その言葉が支えになった。絶対に出口を見つけて、元の世界に戻ることを誓った。彼女を連れて。
「また会ったね」
 僕は失敗し、また彼女に出会った。一回目と変わらない美しい微笑が、僕の気持ちを上げてくれる。僕はまた、走り出す。
「また会ったね」
 彼女が変わらぬ微笑と共にそう言った。僕と彼女の百回目の再会だ。僕の体は傷一つなく、また疲労一つと無かったが、精神は古きれた雑巾のように汚れて絞られ尽くしていた。
「また会ったね」
 千回目の再会を遂げた時、彼女の美麗な微笑はおぞましさを持って僕に響いていた。そしてふと思った。この女のせいで、僕はここに閉じ込められているのではないか、と。一度その考えが浮かぶと、何故今までその発想に至らなかったのかと、あたかもそれが答えであるかのように、脳に刻みつけられた。事実、僕はあらゆる手段を試して失敗し、他に考えられる脱出方法はもうなかったし、何より疲れていた。疲れていたんだ。家族に会いたかった。友人に会いたかった。この女とは金輪際会いたくなかった。僕は確信を持ってスコップで彼女の首をへし折った。
「また会ったね。私はずっとここにいるから」

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