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【小説】心霊カンパニア⑦ 『座敷牢』中編



疑問


「「シャルー♡後、何をすればいい??」」

 ボクたちは率先して屋敷内の家事をこなしていく。

「な、なに?今日は本当にどうしたの?二人して・・・怪しいなぁ」
 そう言うシャルだけど、なんだか嬉しそうな顔をしている。

「いいからいいから、んで?これ混ぜとったらいいんか?」

「あ、ああ、お願い・・・だから、どうしたのよ、怖いんだけど」

「さっさと仕事は終わらせましょう!善は急げ。ボクは洗い物しときます!シャルは夕食の下準備があればやってて♡」

「んー、まぁそうだけど・・・あ、今日はデザート無いよ?」

「ええねんええねん、そんなことちゃうし。全部終わったら後でうちんとこ来てな」

「・・・そんなことちゃうて、じゃあどんなこと?」

「うるさいなぁ、こんなかわいい娘が二人も来いっつってんねん。男なら黙って来ぃや、アホ」

「・・・え?・・・マジ?」

『紅菊桃』の部屋やからな。・・・ってかあんたには説明いらんか。部屋がどう変わろうが匂いで特に、うちんとこはよぅ分かるんやろ?買い出しはまた後で行くで」

「あ・・・ああ、わか・・・った」

 ボクらは今まで以上にテキパキと、怒涛の如く家事をこなしていった。


 いつもの半分の時間で洗濯も掃除も終わらせた。自分たちのポテンシャルの高さにも驚きつつではあったけど、そんなことより犬のチャコが気がかりで仕方がなかった。

 ふと、シャルを待っている間にボクはある疑問がよぎった。

 桃ちゃんは夕方過ぎには殆ど実家に帰る。以前、深夜にボクと桃ちゃんが温泉で出くわしたのは次の日が祝日で、本当にたまたまゆっくりここで休みに来ただけだった。現世で予定が無い日はこの『マヨヒガ迷い家屋敷』によく泊っていくから、一応に『紅菊桃』の間を部屋として宛がわれている。

 シルバちゃんと古杣ふるそまさんは訓練と結界の強化、仏間の手入れや細かな清掃、まるでお坊さんのような毎日。

 ボクと梓さんは千里眼の訓練。その後、梓さんは色々とバタバタとしている。具体的に何をやっているかはまだボクには謎だ。でも、かなりこの屋敷内のあちこちでばったり会うことが多いのは、忙しくしているのだろうということが伝わる。

 で、疑問とは、シャルは何やってんのだろう??

 朝、昼、晩と食事の準備と料理を毎日やってくれている。昼の合間は桃ちゃんと一緒に家事の全般作業。でも、夜は?

 夕食後、シャルだけは見かけたことがなかった。温泉行ったりシルバちゃんや桃ちゃんとこに遊びに行ったり、かなりボクもウロチョロしてるんだけどね。

 そんな疑問を感じたのは、今からやる『協調』のシャルの”ケツ”の心配があったから。


色臭気


「・・・あ、来たきた。おいでおいでー。シャルはまだ来てないねん」

 桃ちゃんの部屋はいつもつい恍惚となる。ボクの中の薄く残った男性ホルモンを刺激しているんだろうと思う。
 いや、本当に。複雑になっちゃう汗
 出来るだけ、桃ちゃんに深入りしないようにしなきゃって思っちゃうのよね。なんか、こう・・・色々こんがらがるの汗。裸を見ちゃったのもあるかな汗

 シルバちゃんはずっと冷静で、一緒にいるとボクも少し大人になった気分になってクールぶっちゃう影響を受ける。それは多分、シルバちゃん自身の『霊言』を抑えなきゃダメって部分をボクも受けてるのかもしれない。でも、シルバちゃんはキレイで、見惚れちゃう♡そう、憧れ的な存在って言えばいいのかな?推しのアイドルでも見てる系。

 桃ちゃんは、ボクと近いよね。色々と。テンションとかもノリとか。話しているともう「ザ・友達」って気分にさせてくれる。なんだろうこの感じ。桃ちゃんもシルバちゃんの霊言マントラの力があるんじゃない?って程に不思議な力がある関西弁だ。

「ん?何してんの?」

「うん、これしとかないと、色々ヤバイかと思って・・・・・・」
 ボクはシルバちゃんから貰ってきた大量のお線香を持参してきて、それを四方八方に焚いていく。だって、ボクでも一瞬”ヤバイ”からさ、シャルなんて密室の室内で嗅ぎ続けてたら”死んじゃう”んじゃない?って思ってね。

「なにがぁ?」
 桃ちゃんはなんのことだか分かっていない様子だった。

「え?だって、”あの”シャルがこの密室に居たらどうなっちゃうか本当に分かんなくない?」

「・・・ああ、そうか。確かにそう言えばあいつ、そこらでは直ぐうちのケツ追いかけてくるのに、この部屋の中とか勝手に来いひんし、他でも広間とかでしか会ってない気がするなぁ」

「でしょ?やっぱり。シャルもシャルなりに気を使ってんだって。ボクですら”ヤバイ”時があるんだから・・・・・・」

「・・・ヤバイって、なんなん♡うちは、ちーちゃんなら、いいんやで♡」

「ちょ、ちょっと汗照汗、バカ言わないでよ汗汗」

 いや、本当に汗火照。

「ふふふ♡かわいいなぁ♡冗談やん♡」

 冗談にはなっていないよぉ汗ああ、ヤバイヤバイ・・・・・・
 ああ、線香の効果、香りに集中・・・・・・

 良い・・・シルバちゃんと古杣さんのクールビューティーを思い出し、落ち着きを感じる・・・ああ、ありがとう。
 これはシャルにも効くし、匂いを誤魔化せるはず!ボクにしては名案中の名案!


残念


 そうか、本当にここの人たちのバランスが良い。みんなで一つかもしれない。と、線香を焚きながら思う。せめてこの場にシルバちゃんも居て欲しいと痛感した。毎回こんなにお線香を使うのも勿体ないし、次にシャルとも『協調』する時はシルバちゃんと四人だなって実感していると
「やぁ、お待たせ」

 シャルがやってきた。さて、どうかな。

 線香の主な原料は
 |椨《たぶ》、沈香じんこう白檀びゃくだん桂皮けいひ丁子ちょうじ大茴香だいういきょう
 など、植物を使ったのが大半だから、シャルにとっても落ち着く匂いに包まれるはず。

 麝香じゃこう竜涎香りゅうぜんこうといった動物由来の香料は桃ちゃんが吸収しちゃって『幽体アレルギー反応』を起こしちゃうからダメ。古杣さんにお願いしてパソコンで調べてきてもらったもん♪そしたらここに置いてある、ずっと古杣さんらが使っているやつは問題が無かったから余計な買い出しの必要もなく済んだ。

 ここの屋敷はネット電波なんて当然、届かないから不便だ。だから何か調べたい時は古杣さんか、桃ちゃんのスマホにお願いしなきゃダメなんで本当に面倒くさい。


「・・・煙たい」

「我慢して、シャル。あなたの為だから、ね」

「はよ、こっち来ぃ!」
 桃ちゃんは特に説明をすることもなく、いつものように強引にシャルの腕を掴んで机を三人で挟んで座らせた。

「ほな、うちが首輪持つから、二人でこっちの手ぇ掴んで」

 そう言って桃ちゃんは右手を差し出した。シャルは桃ちゃんの親指から手の平まで。ボクは人差し指から小指を全部掴むようにして集中する。シャルは何となく空気を読んで黙ってはいるが、頭の中は??が一杯みたい。桃ちゃんを通じて少し感じて解ってきた。


 前回と同じ映像が見える。

 また、犬のチャコが攫われる。

「シャル、何か感じます?」

「・・・んー・・・シナモン?」

「・・・え?」
「・・・はぁ?」


失敗?


「・・・なんやねん!もう!」

「ごめんなさい、お線香、多すぎましたかね?」

「なになに?君ら何してるのよ」

 仕方なく、桃ちゃんが経緯を面倒臭そうに説明をしていく。ボクはその間に半分ぐらいお線香を消していった。



「・・・あぁあ、そうゆうこと?OK、最初に言っててよう、もう」

「大丈夫でしょうか?もうちょっと減らします?」

「そうだね。ってか、一本で大丈夫だよ。僕を信用してよぉ」
 満面の笑みで自信あり気にそう言い張るので、一本だけを焚いたお線香を一応、桃ちゃんとシャルの間に置いて再挑戦。


「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・どう?」

「・・・桃華ちゃん♡」
「「おい!!怒」」



 今度はお線香を三つほど焚いて再挑戦。



「・・・あ、確かに・・・犬っていうか、獣臭いね」

「お!いい感じ!」

「方向とか、分かりませんか?」

「んー・・・ああ、離れて行くね」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・で?」
「「・・・ぷはぁ~!」もう!なんなん?!」

 ボクは桃ちゃんの念を感じ、それを見るだけ。桃ちゃんは首輪の思念を感じるだけ。シャルのボクと同じくその場の匂いを嗅げただけだった。

「えー、あかんかぁ?」

「誰も移動が出来ませんからね」

「え?なに?二人には犬の姿が視えたの?」

「いや、ちーちゃんだけ」

「うーん・・・・・・」

 三人ともその場で思い悩んだ。



「うちが場を繋ぎ・・・ちーちゃんが視て・・・シャルが・・・・・・」

「・・・桃ちゃん、家の近所なんでしょ?」

「うん、せやで」

「じゃあ周辺の道の記憶はあるんですよね」

「まぁ」

「なんとかチャコの散歩しているシーンのような、楽しい良い記憶の思念みたいなのを感じれませんかね?そうしたら、ボクの視線も一緒に動くかもしんないよ?」

「えぇ?そんなん出来たら色々苦労せぇへんでぇ??」

「ボクも、もっと千里眼の力の工夫してみる」

「・・・うん、一緒に頑張ってみよう!」

「・・・・・・俺は?」


共拍


 ずっと無知なもの同士が考え悩んでいても埒が明きそうも無かったから、その夜もあずささんに相談してみた。

「・・・そうですか。皆さん頑張ってくれて、わたくしは嬉しゅうございます」

「いえ、でもね梓さん、失敗ばっかりっていうかそれぞれの力を出すだけで、そこから何も始まらないんよぉ」

 ボクらはピラミッドの上から広大な砂漠と、反対側は意外に発展していて観光都市となっている景色を見ながら話し合っていた。

千鶴ちづるさんの力は、もうかなりご自身で引き出せていますよ?」

「・・・え?だって、まだボク一人じゃあ・・・・・・」

「だって、こんなにも遠く離れた場所を見ることが出来ているではありませんか」

「・・・これは、梓さんの力とお化粧のおかげでしょ?」

「私は主にコントロールの方を微調整しているだけですし、化粧けさうはもう悪しきものから視られないようにする隠れ蓑だけにしてますよ?」

「・・・マジ?」

「・・・マジ。です。視野角の訓練はもう大丈夫そうなので、後は『法出』だけですね」

「ほうしゅつ?」

「色んな言い方が御座います。念力、霊力、超能力など。私たちはこれらを『法力』と言います。その出力の度合を法出と言い、千鶴さんはご自身の自信の無さから出力を躊躇しております。この場では私が居ることの安心感からか、十分な法出をなさっていてまだ制止的にではですが、それにより遠隔が可能かと」

「ほ、本当ですか!?」

「はい。なので、導きだけがあればどのような場面でも視ることが出来ましょう。その導きは桃華さんが。流動する時間をシャルルさんが追い、千鶴さんは明確な意思を持って目端を聞かせていけばよいだけでしょう」

「ど・・・それを、どうすればいいんでしょうか?!」

「先ずは、皆さんの呼吸を合わせてみて下さい。大きく深呼吸をすれば他の方の呼吸の拍子が分かりやすくなるでしょう。それを繰り返して平常時でも同じように吸い、吐いていきます。そして、次は心臓の鼓動。心拍を合わせます。全員が落ち着き、同じ心境がいいでしょう。体格差があれば身体の小さい方がより安静、安定させてください」

「心拍数・・・リラックスすればいいんですね」

「シルバさんとお唄を詠い、声が戻りましたでしょう?」

「あ、はい」

「あれも、歌という拍子を使って呼吸が自然と合い、音響と音階にて心が安らいだ結果、千鶴さんとシルバさん、そして演奏をしていた古杣さんまで『協調』したからでございます」

「へぇー、歌いながら意識せずに自然とやってたんだぁ!」

 だから、古杣さんの『霊聴』の影響を受けて、変な声も聞こえてきたんだね。・・・えっと、誰だっけ?

「色んな拍子を合わせていってください。例えば、まばたきや感情、緊張、良くはない影響ですが、恐怖など。『協調』『協力』『共有』『同調』そして、『共感』から『共鳴』。今までの力は、要は足し算、引き算しか出来ていません。共鳴までするとその力は掛け算となり、莫大な進化を遂げますよ」


朝食


 今日こそはとボクは意気込んだ。早く見つけてあげないとどうなるか分からないっていう焦りとか、よくわからない不安が後押しをしてくる。
 桃ちゃんの霊触の影響だろうか。チャコの感情が流れてきている影響もありそう。みんなも同じ気持ちだと思う。早く三人の波長を合わせる工夫をしなきゃ。

 ボクは、今日は早起きをして先ずはシャルがいるだろう調理場へと向かった。

 やっぱりシャルは厨房に居た。朝食を食べるのはボクと桃ちゃん以外のみんなが食べているから毎朝必ず居る。

 ボクはずっと基本的に昼と夜の二食しか食べない。元々、人類は二食で十分なんだって。それをエジソンが自分のトースターを売る為だけに朝食という文化を作ったっていう、少し考えたら恐ろしいことにしたらしい。朝ごはんを食べる人はみんな賢くなるとか偉大な人になるとか?まぁ、ボクは朝が苦手なのと後半のボクが住んでいた家では何も言えなかっただけだけどね。

 桃ちゃんは、朝は家族と一緒に食べてからここに来てるんだって。

 古杣さんはサラリーマンみたいにどっかに出勤するようにいつも同じ扉から出てって、梓さんは色々な準備をしてからお昼前ぐらいに色んな扉や戸、窓から現世に行かれる。


「シャルシャルシャルル~♪」
 朝食の洗い物をしているシャルを後ろから忍び寄った。

「な・・・今度はなに?」

「え?今度はって、気になんないの?チャコのこと!」

「ああ、そりゃなるけどさぁ、今はもう何もどうすることも出来ないじゃない?」

「ふっふっふっふっ。あるよ、良い方法が。梓さんに聞いてきたもん」

「マジ?なになに、どんな方法??」

「えぇっとねぇ・・・・・・」

 ・・・・・・・

「・・・え、それって難しくない?」

「・・・え?そうなの?」

「いや、どうなんだろ。やってみないとだけどさぁ、呼吸は大丈夫だよ?うん。見えるし分かるし。心拍は分っかんないからねぇ」

「うーん、まぁ、そうだけど・・・頑張ってみようよ!」

「あ・・・ああ、うん、いいけど・・・頑張ってなんとかなるもんかなぁ・・・・・・」

「さぁ、洗い物手伝うし、またさっさと終わらせて、いざ、捜索隊レッツゴー!」

「お・・・おー」


霊物


「おっはよー!!・・・あれ?シャルは?」

「あ、桃ちゃん!おはよー。シャルは今の内に洗濯しに行ったよー」

「ふぅ~ん。ってか、ちーちゃん今日は朝早いね」

「うん、あんね、梓さんに良い助言を貰ったの。あ、ボクら捜索隊の件の話でね。だから早く試したくてさぁ」

「へぇ~、・・・え、じゃあ、チャコ追跡、何とかなんの?!」

「うん!・・・多分。汗」

「ほな、さっさと終わらせてしまおー」

「おー」



「はい。一旦、みんなでこれ食べようか」
 シャルがおつまみでよく見るミックスナッツを中皿に入れて持ってきた。

「・・・なんで?」

「本当はヤギか羊のスモークした肉か、桃かイチジクがいいんだけどね。今は旬じゃないし、肉はダメだし。なら、豆がベストなんだよ」

「どうベストなの?」

スピリチュアル・フードって言ってね、霊的なことが安定するんだよ。生け贄とされてきた動物なんかは儀式の時や狩りの前に肉体と精神の強化として使われ、桃や豆類は不思議な効果が昔からあるとされている。ほら、『桃源郷』とか『ジャックの豆の木』とかあるでしょ?」

「なるほど」

「なんや、あんたなりにちゃんと考えてんねんやん!」

「えへへ」


 ボクらはおやつ感覚でナッツやクルミなどを食べながら、改めて梓さんから聞いた『協調』『cooperateコアポレイトの説明をしてみんなで考えてみた。


「まぁ、一回、深呼吸して落ち着かせて遇わせてみよう。心臓なんか分からんって。ソマッチがいたらみんなのん聴こえていけるんかもな」

 三人で呼吸を合わし、深呼吸しながら座禅の真似事をしてみた。


「ええかな」
「いいんじゃない」
「とりあえず・・・・・・」

 桃ちゃんの温かい湯気オーラに包まれながら、ボクの『第三の目』が開く。シャルが気配を探り、桃ちゃんが誘う。ボクが発見をして、シャルが把握する。桃ちゃんが連続した時間を感じ取り、ボクらがそれを追う。

「・・・視えた」

「うちも、なんかぼんやり」

「うん、僕も目を瞑ってるのに、何かが光って見える。これが千鶴ちゃんの『霊視』?」

「・・・ああ、消えていくで?なんで?」

「・・・ああ、だめかぁ」


舞踊


 ボクらはまた頭を抱え合った。

「どうすればいいんでしょうかね」

「シャル!あんた、またやらしいこと考えて興奮したんちゃう?」

「だって、桃の甘い香りに香ばしいナッツが香るんだもん」

「「おい!!」」

「ごめん汗」

「あかんやん!線香増やす?」

「どうしましょうか。シルバちゃんと古杣さんは、演奏拍子を合わせているんだって。何かそれに代わるようなものってないですかね」

「・・・・・・あ」

「え?」「ん?」

「逆転の発想や。どうせな、シャルのアホ鼻はどうすることもできひんやろ。だったら、落ち着かせるんやなくて逆にもっと興奮して早くしたらどうなる?」

「・・・興奮って・・・まさか?」

「いやいや、ちゃうちゃう。運動すんねん!なんでもええ、走ったり筋トレしたり」

「・・・ああ、それいいかも。ゆっくりしたリズムだとどうしても差が明確になっちゃうんだよね。逆に早いリズムって、誤魔化せるんだよ。後でどんどんズレてきてバレるんだけど、前半、最初のうちはその微妙なタイミングの差って機械で測らない限り、人の認識の範囲内では分からないものなんだ」

「走るっていっても外には出られないし」

「エクササイズ・・・ダンス。踊るか?」


「いち、にー、さん、しー!」
「ごー、ろく、しち、はち!」
「はい!呼吸もあわせてー!」
「さん、にー、さん、しー!」
「ご―、ろく、しち、はち!」

 ・・・・・・

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、・・・・・・」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、・・・・・・」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、・・・・・・」

「い、いこか?!」

「しんどー!」

「ちょ、ちょっと待って!」

「アホか!待ってたら、はぁ、意味ないんちゃう!?」

「「「せーの!」」」


追跡


 ボクらは息切れをしながら集中した。普段なら絶対にこんな状態で集中なんてできっこなかった。疲労と酸欠による荒い呼吸、今すぐにでも横になって休みたいっていう欲求とか惰性とかで頭が支配されてしまう。しかし、これが団結力ってやつだと思う。一人だけで頑張ってたってどこかで甘えてしまう自分が出てくるけど、みんなも同じ苦しみの中でも頑張っているんだという思考が、自分への甘えを掻き消してくれている。そしてその意思の『共感』が今三人を『共鳴』している。


 チャコが攫われていく。外の空気の匂いを感じる。シャルの能力がボクにも感じる!風が頬を撫でていく。桃ちゃんの霊触だ!やった!

 桃ちゃんがまるでボクの手を引っ張ってくれているようだ。その先でシャルが匂いを追っている。まるで本当に警察犬みたいに。

 車の移動が速い!見失いそう!!

「大丈夫。僕に任せて」
 シャルが諦めずに匂いを辿る。桃ちゃんが周辺の地図を開きながらシャルの手を掴み、ボクの手を引っ張る。

 すると、白のワゴン車が見えてきた。大きめの川に架かった橋の真ん中で停車している。追いついた!



 「「・・・え?!」」

 中年の女性がチャコを川へ投げ捨てて、直ぐに車に乗って去っていった。なんてことを・・・・・・

「あんの婆ぁ!!」
 桃ちゃんがキレた。シャルはそのまま車に残ったチャコの匂いを追いかける。

 道はぐるっと回り道をしてさっきのチャコの家へと戻ってきた。そこでビジョンが消えてしまった。

「くそっ!!」
「最低な人だね」
 怒りで興奮している桃ちゃんと、ショックで青ざめ引いてしまったボクの拍子が合わなくなって、”霊協調感”が中断しちゃったんだと思う。

「最後の、あそこの近くに犯人が住んでいるってことかな」

「絶対に探し出してやる、あのクソ婆ぁ」


捜索と探索


 あれからボクたちは試行錯誤しながらだけど、なんとか答えは見つかった。

 桃ちゃんとシャルの二人は、犯人の追跡に注力するために二人で新しい協調の形を確立したの。
 桃ちゃんの『霊触』が感じ取る思念は人間やその周辺の物の場合、強すぎる想いがその一点に集中してしまうのが難点だった。しかし自然の物質であれば全ての思念が客観的であり、云わば人間や動物にある『執着』というごうが無いので比較的こちらの意図が反映されることが分かった。

 人工物。例えばコンクリートやプラスチックなどの場合は製造過程の制作者の思念が少し強く残ってしまいあまり上手くいかない。

 自然物。自然に砕かれた石や岩。ベストなのが折れたばかりの木の枝や花々なんかは特に桃ちゃんの体質とも相性が良く、鉱物よりも霊的干渉が有り桃ちゃんが感じ取りたいモノを伝えてくれるらしい。

 周辺の地図を開き、桃ちゃんがあちこちの道中にあった石や花、木の枝や葉を採取してきてシャルとコアポレイト協調。チャコの匂いを元にその場所を特定していった。地道な消去法ではあったが、やはりチャコを殺した犯人は飼い主の自宅周辺に住んでいるのがハッキリとした。そして後は桃ちゃんの足で捜索。ボクが見た車のナンバーを駐車してある家を探すだけだった。


 そしてそれは直ぐに見つかった。


 犯人はチャコが飼っていた家の真裏に住んでいる住人で、一人暮らしの女性。ボクが見た車のナンバーも、桃ちゃんがチャコの首輪と白のワゴン車と両方を触り霊触したら完全にチャコの思念を感じ取ったから間違いない。

 桃ちゃんは、いても経っても居られなくなり考えるよりも先に身体が動き、犯人の家のドアノブに手をかけた。
 その瞬間、悲観に暮れる犯人の悲しみの感情とその父親の死相が浮かんだそうだ。その強烈な思念に圧倒され、桃ちゃんの怒りが薄らいだ。そして、足元に転がって落ちている一粒の小さな玉に意識を向けられた。それを拾おうと触った瞬間、死相の父親が瀕死で救急車にレッカーされていく瞬間と、その手を必死に泣きながら掴んでいる中年女性。そして紐が切れてばらけた数珠。その小さな玉とは数珠玉の一粒だった。

 桃ちゃんはその数珠玉を使って、梓さんにその父親の『死に口』をお願いして詳細をボクも一緒に聞いた。

 チャコを川に投げ捨てて殺した中年女性は、一人息子が成人すると同時に旦那さんとは離婚した。実父が寝た切りの状態だったためにその看病も必要なのもあり、実家へと帰省してきた。そこが裏手の家だ。その父親も日々疲弊すると同時にアルツハイマーも患い、女性は介護うつへ。息子との関係も良くはなく離婚後は会うことも無いままに、誰にも相談や助けを求めることすら出来ないでいた。

 寝たきりの父親は毎朝、吠える犬の声を聞いては昔に飼っていた自分の愛犬と勘違いをする。女性が少しでも寝坊をしていると、父親は自分の愛犬を探しに老体に鞭を打ってでも、近所をうろちょろと歩き回っては途中で行き倒れ女性に苦労をかけていく。

 そんなうち、女性の苦労に比例して老人を呼んでいる犬を恨む様になっていった。

 そんなある日、また女性は朝早くに起きることが出来ずにいると、一本の電話で起こされた。父親が事故を起こし、病院からの電話だった。事故といっても交通事故などではなく、転倒して腰骨を骨折してしまったようだった。

 一か月の入院後、退院してからはまた自宅療養が開始されるが、また犬の声で外出しようとしてしまう。そしてまた、女性が寝静まっているうちに縁側で足を踏み外し、頭を打って死亡してしまった・・・・・・

 その後、女性は犬への恨みが復讐への動機となり、あんなことを・・・・・・

 桃ちゃんはやるせない気持ちで、もう、どうすればいいかも分からない心境になっていた。


捜索と探索②


 梓さんから提案してくれた。チャコの霊を探そうと。

 いつもの訓練の延長上線だった。チャコの口寄せを行う程でもなく、ボクの千里眼でチャコが落とされた川から下流へと探すだけの簡単なことでもあった。

 橋の上から水面まで十メートル以上はあり、なんとか生存できているかどうかも運次第。もしかして、生きているかもしれないという願いも込めて、シャルと桃ちゃんが犯人を捜している間にボクらはチャコの捜索へと着手していた。

 下流へと霊視しながら探る。問題は前にも言ったように川や橋、土手には多くの霊が彷徨っている。その中からチャコだけを見つける方が大変ではあるが、今はチャコの首輪が手元にはあるので梓さんが誘ってくれる。シャルが居てくれれば一方通行かのようにチャコに元へと行けるんだけど、それではボクの訓練にもならないとも思って、何も言わずに霊視とチャコの意識へと集中してみた。すると、ボクの視線が急に水面に叩きつけられた。

 頭から落ちたみたい。意識が朦朧として脳震盪を起こしている。これは、梓さんの『霊現』がボクと『協調』している影響だ。なんとか水面へと顔を出し呼吸しようとする。しかし、水が鼻から流れ込んでくる。そのままどんどん流されていく・・・・・・

 ボクはチャコの視線から外れて元に戻ると、川の湾曲した地点に立っていた。この下に、チャコの遺体が埋まってるのは間違いなかった。

 場所の把握に周辺を確認する。リバーサイドとして景観を意識して建ったであろう大きめのマンション。何らかの工場の煙突から白い煙が立ち上っている。

 上へと視線を上げて、もう少し広範囲を見下ろす。後ろを振り向くと落ちたであろう橋が架かっている。そこから、約百メートルぐらいだろうか。左側が比較的、都市部。桃ちゃんや犯人が住んでいた地域だろう。右側は畑や農場、工場が多い産業地域。

 ふと、川の上流、山の方へとボクの意識が気になった。

 黒い瘴気が立ち上ってる。少し近づいてみると直ぐに気が付いた。あの双子と老人幽閉されて死んでいった古民家だった。まさかこんなに、桃ちゃんが住んでいる場所からという言い方になるけど、こんなに近い場所だったのかと意外でもあった。この川の上流、隣の、隣町ってぐらいの場所だ。

 まぁ今はそんなことはどうでもいい。以前に接触して少し「縁」ができたことで、遠くからでも視えただけで今はチャコとの縁のが大事だ。

「・・・梓さん、ありがとうございます」

「もう、いいのですか?」

「はい。十分です。後はチャコを供養して、飼い主さんに遺体を届けましょう」


憑霊


 桃ちゃんに場所を伝え、霊触でもビジョンを伝えた。

「・・・ああ、OK。大丈夫。行ったことある場所らへんやわ。ほな、行ってくる。ありがとう」

 少し桃ちゃんの元気が無い。いや、もっと元気が無かったんだけど、この答えを持って何をすべきかが明確となって、ちょっと笑顔が帰ってきたぐらいだ。

 大丈夫だろうか・・・凄く心配になる。出来れば、見守ることでも出来ればとまた、ボクは自分の無力さを痛感しちゃう。

 強く握りしめた自分の手に、チャコの首輪の金具が食い込んで気が付いた。桃ちゃんに渡し忘れてしまっていた。

 とりあえず、祈ろう。なんとなくそう思った。首輪を両手で握りしめ、眉間に掲げ祈った。誰に何を祈るのかも分からない。ただ、チャコと犯人だった女性の父親の供養と成仏に。そして飼い主の子の悲しみの連鎖が悪い方向へと行かないようにと、ひたすら願った。


 すると、ぼんやりとだけど桃ちゃんの視線が視えてきた。断片的だけど・・・桃ちゃんが川の小石や砂利をかき分けて掘っていく。するとすぐにチャコらしき遺体を発見し用意していた靴箱へとチャコを入れた。



 次に視えたのが、今度はもうチャコの飼い主の自宅前。母親らしき人物が箱を受け取る。なにやら説明をして桃ちゃんはお辞儀をして帰っていった・・・・・・



 ボク達は泣いていた。ボクは単独で千里眼が使えたことなんかよりも、なんとかボク達なりの結果でしかないけれども、目的が達成できて良かったと思った。桃ちゃんの力の影響と、チャコへの共通した想い。そしてこの首輪があったからこそボクにも見えたことに感謝した。これできっと、チャコも必ず成仏し、きっとどこかで転生してまた楽しく暮らせるんじゃないかと。飼い主の子に供養され、いい「縁」が続く時が来ることをまた祈り願おう。


 桃ちゃんが帰ってきた。ボクはやけに早いと感じた。でも実際の時間はもう四時間以上は経っていて、ボクの体感は三十分。どうやら一人で行う千里眼は時間の間隔を奪うみたいで、まだまだボクは力を掌握できていないのは明らかだった。

 桃ちゃんの所へと駆け寄りたくて立ち上がろうとするが、ずっと正座で実質、四時間も祈っていたみたいだからもう足だけでなく下半身が痺れて全く動けなかった。

 悶え苦しんでいる最中、桃ちゃんがボクの所までやってきてくれたんだけど、生まれたての小鹿のようなボクの姿を見られて爆笑されて終わっちゃった汗。恥ずかしい・・・・・・

 痛くて助けを求めて出した手の下、桃ちゃんの脇に平然と舌を出しながら戯れているチャコの霊が、桃ちゃんに憑いて来てしまっていた。


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