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番外:大晦日の放談

大晦日ですね。今年もいろいろありましたが、好き勝手語らせていただきます。

年末にかけて物騒なニュースがあい続きました。

このニュースは、精神疾患者で治療している多くの方々が衝撃を受けたことに想像は難くありません。

容疑者は亡くなり、動機解明はほぼ困難となりました。

いかに人間の考えていることの分からなさを浮き彫りにさせた出来事でした。

この事件にかかわらず、過去の出来事は風化していくものです。

今年は東日本大震災から10年が経ちました。この震災についての記憶は被災者の方々を除き、徐々に風化していくことは間違いないでしょう。

皆さんは1995年の阪神・淡路大震災を覚えているでしょうか。

この地震は津波による被害ではありませんでしたが、未来に起きるであろう首都直下型地震の教訓となったと考えます。

この地震以降の防災体制は飛躍的に向上しましたが、被災者の記憶は風化していることは間違いないでしょう。

直接の被災者であろうとなかろうと、我々が震災を記録し考える意味そのものは、決して風化しません。なぜなら、そこには人間がなぜ生きていかなければならないのか、という答えのない問いが存在するからです。

これはコロナ禍や先の放火事件、さらに今後の人災天災、事故事件にまで及ぶことは間違いないと考えます。

明日、私たちがこの世にいるという保証はないのですから。

核家族化が加速した日本においてコロナ禍における孤独・孤立における問題はクローズアップされました。

戦後の日本経済の発展に伴い、家族を中心とした社会福祉政策の構築を置き去りにして来た結果が今になって大きなうねりとなってマグマのごとく吹き出しました。

大きな問題は、高齢者ではなく若者にこの問題が起こっていることです。

末端までいきわたらない景気回復の波(そもそも政府の言う景気回復などないと私は思っていますが・・・)。そしてコロナ禍。

神は人間に試練を与えたもうたのか・・・?

否、明らかにいわゆる高所得者にはその試練は与えられていないように感じる。

明らかに社会システムの立付が傾いている証左であると確信しています。

日本内外ともに不安定な情勢が続いています。

中国の台頭も当然さることながら、最近の北朝鮮動向についても不穏な動きは相変わらずあるようです。

まさに国家・思想の違いはより人間の理解を困難にします。

そしてボーダーレスなテロが展開されるサイバー攻撃等、グレーゾーンの国際情勢に置かれていることは継続されるでしょう。

普段の生活の中で自覚していない間に被害に会うことも否定できないことを自覚する必要があります。

長々と散文を書いてきましたが、今年も今日で終わり。

明日から新しい一日が始まります。

人生は連続の継続。年が変わっても嫌なことはリセットできませんが、少しでも前に進めることができるようにしていきたいです。

本年は私の駄文をお読みいただきありがとうございました。

新しい年が皆様にとって少しでもよい年になることを祈っております。

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