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死鬼神怨土/エヴィル・デッド・イン・ザ・ノー・マンズ・ランド(序)パルプスリンガーズ二次創作 #pplsgr

 田んぼのあぜ道。泥交じりのアスファルトに散る桜の花びら。

「ねぇ、もう直ぐ卒業式だよ」

 古ぼけた白い校舎を背に、隣り合って歩く二人のセーラー服。

「聞いてるの、アオイ」

 二つ結びの少女が問う声に、長髪の少女・アオイは応えない。

「卒業したら離れ離れになるんでしょ、ヒロトとは。絶対後悔するよ」
「……分かってる」
「分かってないよ!」

 二つ結びの少女が、堪えかねた様子でアオイの前に回り込んだ。

「自分の気持ち、ちゃんと伝えなきゃ!」

 アオイは俯いて奥歯を噛み締める。

「黙ったまんまじゃ、何も変わんないでしょ!」
「……人の気持ちも知らないくせに……」
「ハァ?」
「ユウリはいいよ。可愛いし、性格も良いし、ヒロト君の幼馴染……」

 アオイは押し殺した声で吐き捨てるように言った。握り拳を震わせて。

「急にどうしたの? あたしたち友達だよ。だからあんたの恋も応援――」

 アオイは長髪を振り乱し、鬼の形相でユウリに人差し指を突き付けた。

「ヒロト君が好きなのは! ユウリ! あんたなんだよ!」
「……えっ」
「高校で二人で幸せになったらいいじゃん! もう私に関わらないで!」

 アオイは捨て台詞と共に駆け出し、ユウリに肩をぶつけ走り去る。彼女の二つ結びの揺らぎから、淡いシャンプーの香り。そういう所も、大嫌い。

 これで良いんだ、これで。自分に言い聞かせるように、アオイは走った。

 ユウリはちょっと普通じゃない。立ち振る舞いから魅力が溢れ、隣の私は添え物みたい。いつもいつもいつだって。私だって、ちょっとぐらい自分が可愛いと鏡の前では思うけど、ユウリの隣に立っていると自分のちっぽけな自信は粉々に打ち砕かれる。女として劣っている。悔しいけど、敵わない。

 だから、だから……逃げるの、私? いつものように? それでいいの?

「……いいわけ、ない」

 錆びかけた自販機の前で立ち止まり、歯を食いしばって息を切らす。拳をがむしゃらに叩きつけ、偶然そこに停まっていた一羽の蛾を捻り潰した。

「きもッ」

 鱗粉が舞い、潰れた蛾が千切れた花弁のように舞い、水溜まりへ落ちる。

「……ごめんなさい」

 独り言ちたアオイは膝を抱え、声を上げて泣いた。


 しゃりーん。


 鈴の音が響く。泣きじゃくるアオイはその音に気付かない。


 しゃりーん。


 鈴の音。昼なのに世界は真っ暗で、薄寒く、音も何もない。

 アオイは違和感に泣き止み、泣き腫れた両目を見開く。

 何かがおかしい。何だか、ここに居てはいけない気がする。


 しゃりーん。


「お困りですかぁ?」


 それは、前触れも無くアオイの眼前に立っていた。

 白装束の女。腰まで伸びた、漆黒の長髪。糸目を見開けば、金色の瞳。


「え? ……だ、誰? ですか?」


 しゃりーん。

 手にした錫杖を打ち鳴らし、女は無機質な笑みでアオイを射抜いた。


「お困りですかぁ?」


 ぐいっと迫り来る顔。この世のものではない美貌。獣のような生臭さ。


「い、い、いぇ……いいです……」


 か細い声でアオイは告げ、両手を突き出すポーズを取る。学年一の俊足も今は情けなく両膝を震えさせるのみで、ただの一歩も身動き取れない。


「願いが叶うお守り、あるんですけどぉ。いりますぅ?」


 肩が触れ合いそうな距離で、女は確信的な笑みでそう言った。


「あっ……うぅ……」

「何でも一つぅ、ぜぇーったい、に、願いが、叶う物なんですけどぉ」

「ねが……い……かな……う……?」

「はぁい」


 絶対に怪しい。そんなうまい話、あるわけない。思いながらも、アオイは女から目を離せなかった。逃げなきゃ。でも、足が動かない。どうして。


「一つだけですよぉ。何でも。これね、この式神に祈ってください。神様の形代。式神、ご存じ? 貴方の願いを注いで元気になったらー、この式神がびゅーっ、って飛び回って、ぎゅーっと、もう全てが望みどおりに解決!」


 女は微笑んだ口から犬歯を覗かせ、アオイの手に式神を握らせた。


「願いのお駄賃に、貴方の魂、半分もらいます。それで良ければ、何でも」


 アオイは汗ばんだ手で式神を握る。式神は半透明で、プラスチックじみた奇妙な質感だ。お父さんが財布に入れていた、蛇の抜け殻みたい。


「私はね、貴方みたいな、困った人が、大好きなんです。じゃ私はこれで」


 しゃりーん。


 鈴の音が再び漆黒の静寂を震わせた次の瞬間、アオイはハッと我に返る。

「……なに、いまの」

 いつもの帰り道に戻ってきた。アオイは全身汗だくだった。彼女の手には一枚の式神が握られていた。汗だくの手で握っても、色も形も変わらない。

 アオイはそれを両手の指で握り見据えると、両目の瞳孔を開かせた。

「……」

 願いの対価は、自分の魂の半分。それがどういう意味かは分からない。

「……やっぱ今のナシ」

 ぱしゃっ。式神が両手の指から滑り落ち、水溜まりに沈んだ。こんな物で願いを叶ったとして、それで私は満足? そんなこと、あるはずない。

「最低」

 アオイは決心したように、両手で顔を叩くと、元来た道を駆け戻る。

「謝らなきゃ。ユウリに。許してくれるか、分からないけど」

 アオイはスカートの裾を翻し、幅の広いストライドで田舎道を走った。

「おー、元気だなー。学校に忘れ物かー?」

 駄菓子屋のおじいさんが声をかけると、アオイは笑顔で手を振った。

「こんにちはー!」

 住宅地の緩いカーブを抜け、学校に続く畔道に出る。遠くに見える二人の人影。少女と少年。きっと、ユウリとヒロトだ。二人の背後に一台の車。

 アオイの目の前で、ユウリとヒロトが宙を舞い、車が田んぼに落下した。

「……えっ」

 ゴールテープを切ったように緩やかに減速するアオイの前で、少年少女が風に巻き上げられた塵芥のように畦道へ叩きつけられ、ごろりと転がった。

 アオイの願い。それは。

 ユウリとヒロト君が一緒になれませんように。

「……そんな」


 しゃりーん。


 鈴の音が鳴り響き、心臓が氷の刃に貫かれたように凍りつく。


 私のせいなの?


 真っ暗な世界。道の向こうに転がるユウリとヒロト。鉛のように重い脚を引き摺るようにして歩き、アオイは殆ど永遠のような時間をかけ、そして。

 血、血、血。

 ユウリを護るように覆い被さり、奇妙に捻じ曲がったヒロト。人形めいた無機質な眼差しで空を仰ぐユウリは、死にかけでもちゃんと魅力的だった。

「アオ、イ……?」
「ユウリッ!」

 アオイは屈みこんでユウリの血みどろの手を握った。

「よかっ……た……」

 握った手が不意に重さを増して、ずるり、アオイの掌から逃れ出る。


 しゃりーん。


 彼女の閉じた手が開かれ、そこには。


 捨てたはずの式神。


「願い、叶いましたね。じゃ私も、いただきます」

 え?

 アオイの手にした式神が急速に膨れ上がり、透明な大蛇の姿で牙を持たぬ顎を開くと、アオイを頭のてっぺんから咥え込んで丸呑みにした。

「……ご馳走様でした」

 アオイは真空袋にパッキングされたような姿で、式神のように両腕を広げ十字の姿で立ち尽くすと、背後から白装束の女が歩み出て、舌なめずり。

「ラクちんなお願いで助かったわぁ。いつもこうだと、いいのだけれど」

 女は生き人形と化した形代の肩に手を置き、長い先割れ舌を口に収める。


 しゃりーん。


「……もっと沢山、集めなきゃ」



PULP SLINGERS GAIDEN

死鬼神怨土シキガミオンド

EVIL DEAD IN THE NO MAN'S LAND




 金属質の狭隘なコクピット。暗闇に灯るマルチディスプレイ。スパコンに匹敵する演算能力の統合情報処理ユニットが、暗視表示や熱源探知も可能な戦術モニターに、今は様々な地方のニュースや掲示板を垂れ流していた。

 癖だ。いつ何時でも、僅かな隙間時間があれば情報を頭に入れていないと落ち着かない。装甲戦闘車両じみた運転席のシートに腰を沈ませ、紳士服の男・通称「目明しスカル」は虚ろな顔でモニターの間に視線を彷徨わせた。

 ややもすると、途方に暮れるように。

 体高4メートル、30mm機関砲と煙幕発射機と、短距離誘導弾発射器と4面フェイズド・アレイ・レーダーを装備した人型ロボット。偵察索敵型の戦術級ソウルアバター「スローター・ハウンド」。スカルの愛機である。

 だがしかし、今は一歩も動かない。ご自慢のガスタービン機関が繰り出す装甲戦闘車も顔負けの高速ローラーダッシュも、動力源の幻素マテリアルが無くては形無し。無用な文鎮だ。辛うじて電子機器が動いているのが奇跡なほどに。

「……参ったな」

 兆候は、あった。最初はローラーの出足がもたつき、最高速度が伸び悩むようになり、終いには幻素ガスタービン機関が始動すらしなくなった。

「分かってるさ。パルプスリンガーは、ソウルアバターは、創り出す意思が原動力だ。それが無けりゃ、ハウンドの幻界マテリアライゼーションすらできゃしない」

 だが、今は出来る。幻界だけは。故に、ここが分水嶺だ。

「つっても、動かねーもんは仕方ねーんだがよ」

 スカルは紳士服の懐から錠剤シートを取り出すと、トレドミン錠を何錠か押し出し、口に放り込んで噛み砕いた。シートの背後から伸びた水ホースを咥え、ハイドレーション・パックから水を吸い出すと、喉に薬を流し込む。

「……ん? 何だこりゃ」

 スカルはぶつくさ文句を言いながらも、眼前に流れる情報の渦にある種の規則性が見られることに気づき、マルチモニターに視線を往復させた。

「事件、事件、事件……失踪、失踪、失踪……青少年を中心に、行方不明者が加速度的に増加。不可解な衝動的事件の連鎖。どれも田舎ばかりだな」

 スカルは水を吸い込み、信州新報デジタルの記事を画面上に拡大した。

「日付は三日前。中学生男女が背後から真っ直ぐ突っ込んできた車に轢かれ死亡。田んぼに転落し軽傷だった運転手は、急に車のハンドルとブレーキが利かなくなったと供述。貨物車は先週に車検を追えたばかりで、車両状態は極めて良好、事故に繋がる予兆は何らなかったという。運転手は留置場にて済まなかったと遺書を残し、首を括って自殺。中学生二名の死傷事故とほぼ同時刻、死傷した男女と同級生である女子一名が、現場近くにある駄菓子屋店主の目撃を最後に行方不明。警察は関連性を慎重に捜査している……か」

 スカルは別の画面でまとめサイトのSNS引用記事を拡大。

「変なお守り」

 奇妙な質感の……式神? 人型の形代を握る手の写真。投稿した高校生の男子一名は、この画像の投稿を最後に失踪。直前まで一緒に行動していたと思われる生徒二名は、数時間後に路上で撲殺体として発見。時を同じくして郵便局の職員が突如として同僚を襲撃し、局内に保管されていた現金およそ数十万円を持って逃走。職員は数時間後に路上で確保されたが、強奪された多額の現金は未だ行方知れず。職員は何をしたか全く記憶が無いという。

「……何かあるな」

 スカルが呟いた次の瞬間、マルチモニターに無数のノイズが駆け巡った。

「お、おい! 落ちるなら後にしてくれよ! 今いいところなのに!」

 画面に食らいつくように顔を寄せて喚くスカルの声も虚しく、ハウンドの全電源が音も無く途絶。今度こそ機関は完全停止し、幻界が解除された。

 風に吹かれる塵芥の山のように、不活化した幻素が灰色の風となって流れ廃神社の境内にスカルが取り残される。片手に握ったスマホは懐炉のようにチンチンに過熱しており、スカルが手元に目を落とした直後に、パンパンと音を立ててバッテリーが炸裂。中華製の社外品の交換バッテリーを数回ほど入れ替え、五年間は騙し騙し使い続けた旧式スマートフォンの最期だった。

「うおあっちぃ!?」

 危険を感じてスマホを手放したスカルの手から、血が滴り落ちる。

「……良かった、指はまだ5本ともついてるな。これが召し上げられた時は今度こそパルプスリンガー廃業だぞ」

 スカルはそう独り言ち、血の滲む人差し指を咥えて天を仰いだ。

 抜けるような青空に、大蛇を思わせる細長い雲がのたうっていた。


【死鬼神怨土/エヴィル・デッド・イン・ザ・ノー・マンズ・ランド(序)パルプスリンガーズ二次創作 #pplsgr  おわり】


筆者よりおことわり

 当物語は、原作・遊行剣禅氏の作品「パルプスリンガーズ」の二次創作となっております。設定は原則的に遊行氏の作品に準じておりますが、細かい用語や設定の誤り、世界観の解釈の相違などが含まれる場合があります。

 原作との解釈違いが生じる可能性がありますが、パラレルワールドということでご納得くださいますよう、悪しからずご了承くださいませ。

 2024年3月吉日 素浪汰 狩人 slaughtercult

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