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きっと、ずっと、さみしかったんだなって。

自分は不幸だっていう話を、したいときがある。

その話を聞いてくれる人は、私に幸福をもたらしてくれる人であるのに、それに甘えて、もっと自分を見てくれ、心配してくれと、懇願しているのである。

本当はそんな風に思ってほしくないのに、
そんな人には一番幸せになってもらいたいのに。

子どものわがままみたいで、自分でやっていて嫌になる。

自分に自信がある人は、自立している人はそんなこと言わないよって、そういうことも分かっている。
私は自立なんかしていない。
自分に自信もない。

最近親に不信感を抱くようになってから、急にどん底のような気持ちになる時が増えた。

信頼していたのにな。
今まで私に言った言葉や行動のどこまで本当だったのか、
たどってもたどっても…ちょっとたどり着けそうになかった。
諦めて、わからなかったことにしておいた方が良いのかもしれない。


でも、親と離れて暮らすようになって、人のやさしさに触れる機会が多くあった。

私と会ったら嬉しそうに出迎えてくれて、
そうかそうかと、たくさん話を聞いてくれて、
大丈夫?と心配してくれて、
成果があったら私よりも喜んでくれて、
お礼なんていらないと、本気で言ってくれる人が、一人二人ではなく、何人もいたのである。

そして、学費や生活費を自分で稼いで、バイト漬けで家に帰れない日もある苦学生だった人が彼女になってくれた。
「あなたが困ったら私のお金、全部使ってもいいから。」
そんなにないけど、と苦笑いしながら付け加えつつも、さらりと言ってくれた。
お金の大切さを一番身に染みて分かっているはずなのに、それを人のために全部使っていいと言えるほどの超人的な感覚を私は理解できなかった。
でも、それくらい愛されているということ、愛されていいんだということ、感謝してもしきれないことは理解できた。


そんな私も、親に感謝していることはたくさんある。
その中の一つに、「自分を一個人として見て接してくれる人に対して、心の底から感謝できる」というのがある。
感謝の閾値が低いのである。

このことは、小さな幸せを見逃さずに、日頃の当たり前にもたくさん感謝できることにつながる。
実家にいたとき、感謝されたことがなかったわけではなかったが、
父の異常な「やってやった精神」をずっと見てきたせいで、何となく「感謝」と言うものの輪郭がはっきりとしていなかった。
純粋にしたいと思ってしたことにも、感謝を求めている自分がどこかにいる気がして、気持ちが悪かった。

でも、外で出会った人たちは、そんなことを知らない。
私に対して、純粋な気持ちで感謝を伝えてくれる。
私に対してしてくれたことに、異常なほどの感謝を求めない。
そんな人たちに私は、心の底からありがとうと、何度言っても足りなくて、たまに涙が出そうになってしまう。


高級なものが欲しいんじゃない。
お金が欲しいんじゃない。
私のことを、時間をかけて見てほしかったんだ。

感謝の輪を、つないでいてほしかったんだ。
言葉でも行動でもいい。

その輪をつなぎとめる努力を必死にしてきたつもりだったけど、そんな私の心配よりも、父の機嫌を取るのを優先していたね。
その努力は、なかったんだ。
だって輪も、そもそもなかったんだもんね。

でもね、両手が擦り切れるようにズタズタになっているんだ。
地面には、力強く踏ん張った跡が、線になっていくつも残っていた。
腕も根元から、ちぎれかかってる。
そこに輪なんてなかったはずなのに。

私は何と、戦っていたんだろう。


今は、歌を練習している。
スナックカラオケに行った時、上司が歌を褒めてくれたのが、本当に嬉しかったのだ。
歌にいい思い出はあまりないけど、歌うことは好きだし、うまく歌えたらもっと楽しいんじゃないかって、ずっと思っていた。

今日もまた、ひとりでカラオケに行ってくる。
感情をこめて、精一杯歌うのが好きだ。
カッコつけちゃったりもして、爽快な気分になる。

画面に流れてくる文字をかみしめる。
人のことを想って歌うと、マイクにぶつかる言葉すべてに深みが出るような気がする。
たかが上司の一言、でも、その気持ちに応えたい。
次に前で歌う機会があったときに、喜ぶ顔が見たい。


自分のことを一個人として見てくれる人に、感謝している。
それが続くよう、精一杯頑張ろう。
自分から輪を作っていこう。

私はもう、さみしくなんかない。
今まで、そしてこれから出会う人にも心から感謝して、
たくましくしなやかに、いきてゆける。
きっと、ずっと。



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