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ヨコハマ・ラプソディ 12

十二.城ケ島 

迎えた城ケ島へのデート当日。この日も暑く、朝から抜けるような青空だった。
出かける前に見た、寮のロビーにあるテレビでの天気予報も、山沿いを除き雨の降る心配はないと言っていた。
横浜駅、京浜急行の改札口前で待ち合わせた俺たちだったが、俺にはまだ複雑な感情が残っていた。
志織は相変わらずの、無邪気な愛らしい笑顔を俺に見せてくれた。だが俺はその時、上手く笑えていただろうか。
志織の服装は、白系の爽やかな印象のワンピースだった。それと彼女がかぶる、淡いピンク色のつば広の帽子が可愛かった。
でも、俺の視線は逢った直後からずっと、志織の唇を捉えていた。
まったく。ホントしょうもないやつ。

乗り込んだ京浜急行の電車の中で、志織が神妙な面持ちで俺に話しかけてきた。
「私ね、お父さんとお母さんと話し合って、やっぱり大学に行くことに決めた」
「おお、そうか! うん、その方がいいと思う」
「でもね、どっちかってというと、お父さんに強く説得されたに近いんだけどね」
ともあれ、俺はひとつ安心した。
「それから、志望校はこれまでの私立じゃなくって、国公立に変える。それも、家から通える範囲以内になると思う。場合によっては学部も文学部以外に変えるかもしれない。けれどね文学部以外でも、中には外国文学科や国文学科がある大学もいくつかあるの」
なんにせよ、俺は志織に「とにかく頑張れ」と声をかけた。志織も「うん、頑張る」と答えはしたが、いまいち笑顔に力がないと感じたのは、あながち俺の気のせいでもなかったと思う。
話題はまた『めぞん一刻』の話になったりもしたが、俺も志織もずっと、あの日の夜のことについて、ひと言も口に出すことはなかった。

京急三崎口駅を降り、乗り換えた京浜急行バスの車内で出発を待っていた時、また江の島の時とそっくりな子供連れの母子が乗り込んできた時は、ちょっとドキッとしたが、思わず俺が見た志織の顔には笑みが見えた。彼女も気付いていたらしいが、やはり今回はなにも聞こえなかったようだ。俺はホッと胸をなでおろした。
満員に近いバスの最後部の座席には、ちょっとした上目遣いで微笑む志織と苦笑いの俺が、くっつき合って仲良く座っていた。

城ケ島のバス停に着き、京急バスを降りてアスファルトに足を着けた途端、強烈な日差しと風に乗った微かな潮の香りが俺たちを出迎えた。
近くにはいくつかの食堂や土産物屋があり、バスから降りた乗客たちが早速吸い寄せられるように、店の前に群がっていく。俺と志織は、まず城ケ島灯台の方へと手を繋いで向かった。
白く小さな灯台の中は見学できなかったが、付近は高台になっていて、灯台そばからの眺めが最高に素晴らしかった。
「すごーい。私、ずっと神奈川に住んでたのに、城ケ島に来たのって今日が初めてなんだけど、こんなにきれいな海が見れたんだ」
「うん。今日もいい天気だし、ほんと最高の景色だよな」
相模湾の水は青く、果てしなく広がる洋上には、いくつかの入道雲が遠くに立ち昇っている。これぞ夏の海だ。なにより俺のすぐそばに志織がいた。
俺がずっと憧れていた情景がそこにあった。どんなに素晴らしい景色であっても、やはりそこに志織がいてこそだ。もし志織がいなければ、これほどの感動を味わうことができただろうか。
海の青さが目に鮮やかでずっと見ていたかったが、早々に俺たちは西崎の磯と呼ばれる岩礁地帯へと下りていった。何人かの子供たちが海に入って遊んでいて、はしゃぐ賑やかな声が聞こえてくる。
岩礁帯は広く、上から見ていた時以上に開放感があった。辺り一面、うす茶色と黒みがかった岩の層が傾きながら重なっている。岩礁は段差も大きく思ったより歩きにくい。でも志織の靴は、ちゃんとしたスニーカーだったのでなんら問題はなかった。
日本列島からはまだ遠く離れた台風の影響はほとんどなく、波は比較的穏やかに見えていた。それでも岩礁帯の先端へ歩いていくと、時折「ドーン」という音と共に激しい波しぶきが上がって、冷たいしぶきが俺たちに降りかかる。
「キャー!」
その度に志織の可愛い悲鳴が聞こえた。
岩の上は、太陽の直射日光と岩礁からの強い照り返しで、めまいがしそうだ。でも佐賀で育った俺にとって、こういう暑さは嫌いではない。むしろ大好きなほうだ。
「志織。足元に気を付けろよ」と言いながら、俺は西崎の磯から志織の手を引き、二人で馬の背洞門までゆっくり岩礁帯と浜辺を歩いていった。砂浜と思っていたところをよく見てみると、そこにあったのは砂粒というより、小さく丸くなった石と大量の貝殻の小さな白い欠片だった。

それにしても志織は元気だった。「疲れた?」と聞いても「ううん。ちっとも!」と言いながら、勢いよく段差を登ったり、または飛び下りたりして岩の上を歩き回っている。
彼女も海辺の岩礁帯は好きみたいで、所々にある浅瀬や潮だまりを覗き込み、小さな生き物を見つけては楽しそうにはしゃいでいた。

「ねえ、見て! カニがいた! カニ!」
「どれどれ。あ、ホント。かなりでかいな」
「ねえ、捕まえてみて」
「よっしゃ、まかせろ。こういうのは子供の頃から、結構得意なんだよ」
「本当? だいじょうぶ~?」
「あっ、逃げられちった」
「もう、下手くそ~」

「ねえ、これなあに? この青いの」
「ああ、ウミウシだろ」
「へーっ、これがウミウシか。気持ちわるー」

「信也さん! 捕まえたーっ、ほらあ、見て! ヤドカリ!」
「おー。この貝殻、きれいだな」
「ねーっ。宝石みたーい。可愛いーっ」

捕まえたヤドカリを、嬉しそうに岩の上を走らせるところなんかを見ていると、ホント、まだまだ子供なんだけどねえ。
でも、やはり志織には、今の太陽の下ではしゃいでいるほうがよく似合う。夏の日差しの中で、弾けるように笑う志織の姿は、まさに太陽の女神だ。
今回は江の島の時のようなことも起こらなかったし、この先も楽しく過ごせそうだと思った俺は、他の観光客の目も気にせず、志織と一緒にちょいとはしゃいでみた。
アーチ状をした、いかにもスリリングといった馬の背洞門の上はかなり好奇心をそそられたけど、「危険ですから歩かないでください」と案内板に書かれていたので、さすがに俺も足を踏み入れたりはしなかった。
俺は靴と靴下を脱いで浅瀬に入って足裏の感触を楽しんだり、岩礁帯の端の岩から岩へ飛び移ったりして遊んだ。調子に乗っていたら、一度岩場で滑って海に落っこちそうになって、慌てて岩にしがみついた。
「うおーっ! 焦ったー」
「キャハハハハハ!」
俺の様子を見て手を叩いて大笑いする志織の姿に、やはり城ケ島を選んだのは正解だったな、とちょっと嬉しくなった。

馬の背洞門から先は高台に向かって長い階段が続くのだが、キラキラと光る海の水面を見ながら俺たちは手を繋いで階段を登り、大汗をかきながらさらに東の方へと歩いていった。
俺はこの日、できるだけ志織の手を握るようにしていた。少しでも、彼女の心の不安を和らげることができるように。もちろん、そんな単純な話ではないことはわかっている。でも俺にできることは、志織と手を繋ぐぐらいしか思いつかなかった。

城ケ島の東の端にあるもうひとつの灯台、安房埼灯台へ向かう途中にあった広い駐車場で、俺たちはひとまずトイレ休憩を取ることにした。
先に俺がトイレから出て、その先の広々としたところで大きく背伸びをしていた時、俺は意外な人物に声をかけられた。
「信也君! 久しぶりー! 元気?」

振り向いた俺の目に飛び込んできたのは、俺が東京に来る直前まで付き合っていた、元同級生の岡村美奈子(おかむらみなこ)の姿だった。
美奈子は俺が志織と出会う以前、俺がきちんと付き合ったことのある唯一の女性であり、同時に、俺にとって初めての女性でもある。
あれは、東北地方にある同じ国立大学の二次試験を受けるために、現地で別々のホテルに宿泊した時のこと。その二日目、試験終了後の出来事だった。
いずれにせよ、やっとすべての受験を終えた解放感が二人をそうさせたのだと思う。親の目の届かない、佐賀から遠く離れたところまで来た開放感も、少しは背中を押したのかも知れない。
俺が泊まったホテル内のレストランで、二人で一緒に夕食を取った時、どちらも試験の出来に手応えを感じて浮かれていた俺たちは、つい調子に乗ってビールを飲んだ。もちろん二人とも実質的に初めてのアルコールである。
軽くコップ一杯程度でやめておけばよかったものの、美奈子の大人ぶる悪い癖がここで出てしまった。彼女は明らかに無理をして勢いよく最初の一杯を飲み干すと、また自分のコップにビールを注いだ。俺も美奈子に負けじと、苦い液体を何度も口に運んだ。そうやって結局、二人でビール瓶三本を開けてしまった。三本目はさすがに全部は飲めなかったが。
俺たちは二人とも思いっきり酔っていた。おまけに、すこぶる上機嫌だった。
そうでもなければ、あれだけ奥手だった俺が美奈子を自分の部屋に誘うことも、美奈子が俺に付いてくることも、恐らくなかったはずだ。
 
俺たちが受けた大学の、美奈子の合格と俺の不合格が判明するのは、それから約十日後のことだった。思い描いていた美奈子との甘い大学生活は、幻となって消えた。
物凄くショックだったが、いずれにせよ現実は受け止めなくてはいけない。俺はすでに合格していたいくつかの私立大学のうち、最も学費の安かった法文大学へ進学することになった。
遠く離れた別々の大学に行くことが決まった俺と美奈子が、いずれ別れることになるのは、どっちみち時間の問題でしかない。もちろん彼女のことが嫌いになった訳ではなかったし、俺を必死に慰め励ましてくれた美奈子にはすごく感謝している。嫉妬がなかったと言えば噓になるかもしれないが、彼女の努力を身近に見て知っていたから、俺は美奈子の合格を素直に喜んだ。
でも、二人のためには後腐れなくきちんと別れたほうがいいと、俺は散々悩んだ挙句、そう判断した。
別れは俺から美奈子に切り出した。場所はやはり彼女の部屋だった。
「遠距離恋愛」という言葉も言ってくれた美奈子だったが、遠く離れ離れになっても恋愛を続けることは現実的ではないと、俺は否定した。彼女も最後は同意してくれた。
美奈子は途中からずっと泣いていた。彼女の涙を見たのはそれが初めてだった。俺は美奈子の泣き顔を見るのがつらくて、「ごめん」とひと言口にしただけで彼女の部屋を出ていってしまった。
最後に「さよなら」を言わずに別れたことが、今でも、俺が後悔している部分のひとつだ。
それからはお互い、一度も連絡を取ったことはない。でも、こうして久しぶりに元気そうな美奈子の顔を見てみると、なんだか複雑な気分だ。
合わせる顔がなかったような、でも会えてホッとしているような。会いたくなかったような、でも少しだけ会えてうれしいような。
約二年半ぶりに会った美奈子は、当時はほとんどショートカットだった髪を長く伸ばし、高校時代とは見違えるほど大人びた顔をしていた。
見れば目元には薄く化粧も入っているし、唇にはピンク色の口紅。左手でさらりと髪をかきあげた時の彼女の耳たぶには、小さくキラリと光るものが見えた。

「美奈子。なんでお前がここにおると?」
「夏休みだし。ちょっとロングツーリングをね」
美奈子は青と白色のライダースーツに身を包んでいた。
「はあ。ロングツーリングねぇ」
「大学一年の時に、仲良くなった女の子に誘われて一緒に自動二輪の免許を取ったの。それから二人で中古のバイクを乗り回し始めたら、私のほうが夢中になっちゃって。これでもずいぶん色んなとこへ行ったのよ。日本海を見に新潟から金沢まで海沿いを走ったり、房総半島を周ったり。去年の夏休みには、北海道の宗谷岬まで行ったんだから。で、今は伊豆半島の南端、石廊崎目指してんの」
嬉しそうに俺の顔を見て話す美奈子の言葉には、佐賀の方言の欠片もなかった。俺に対するわだかまりもないように思えた。
すでにそこには、かつての冷めた、あるいは独特の憂いを感じさせる、無理に大人ぶっていた、俺が知っていた美奈子はどこにも存在しなかった。
ただ、爽やかで明るい、きれいな本物の大人の女性が、俺の目の前でにこやかに微笑んでいるだけだった。
「ふ~ん。まさかお前がねぇ。変われば変わるものだな。あれ今、一人?」
「違うよ。彼氏と一緒」
美奈子が親指で指さした先には、サングラスをかけ、青いライダースーツを着た二十代後半ぐらいの男がいた。三十メートルほど先にある黒い大型のバイクのそばに立ち、こちらを向きながら煙草を吹かしている。
(なんだ? いっちょ前にグラサンなんかかけやがって。男のバイクの横にある、白っぽいちょっと大きめのバイクが美奈子のバイクか? 四百ccぐらいあるんじゃないのか?)
「信也君は? ねぇ、さっきの女の人が、今の信也君の彼女?」
「ん? お前見てたのか?」
「うん、少しだけ。可愛い子ね。高校生? それにしても信也君、ずいぶんと大人っぽくなったね。さっきの女の子とも、結構上手くいってるって感じ。というより、二人の仲も相当いいところまで進んでいるんじゃない?」
「ん? ちょっと待て。少し見ただけで、なんでそれがお前にわかるんだよ?」
「わかるわよ、それぐらい。だって私たち、別に赤の他人って訳じゃないし。それにしても信也君、昔と違って自分自身に対して、ずいぶん自信持ってるように見えるよ。もうあの頃の気が弱い無口な、悩める文学少年って感じじゃないもん」
「そんなもん、大きなお世話なんだよ。第一、気が弱いは余計じゃ」
「アハハ! でも自信があるように見えるのは本当よ。うん。また会えてよかった。元気そうで安心したわ。……じゃあ行くね」
「ああ、じゃあな。気を付けてツーリング続けろよ」
「うん、ありがとう。じゃあね、バイバイ」と、美奈子は手を振り笑顔で俺に別れを告げると、足早に彼氏のところへ戻っていった。
二人は笑いながら二言三言、言葉を交わすと、男が美奈子の肩を抱きながら、俺たちが今来た方向へと歩いていく。
(はっ! グラサン野郎がカッコつけやがって。だいたい美奈子のやつもなんなんだよ、変なこと言いやがって。自信なんてそんなもん、いったい今の俺のどこにあるっていうんだよ? こちとら毎日、寮自や志織のことで悩んでばかりいるというのに……。あっ、そうだ)

慌てて美奈子からトイレの方に目を移すと、出口の先に志織が立っていた。でもこっちに来ない。
俺は志織のそばまで足早に歩いて近づき、「ああ、待たせてごめん。さっきのは昔の知り合い。久しぶりに会ってな。さあ、行こうか」と明るく声をかけた。
だが、志織は動かない。やや俯き加減のまま、ただじっと、その場に立っている。志織の表情は、帽子の広いつばに隠されて窺い知ることができない。
「どうしたの?」
「……」
「行こう」ともう一度声をかけ、俺は志織の手を取り、軽く引っ張った。
最初、ちょっとだけ抵抗された。でもそのあとは、おとなしくついてきてくれた。でも、相変わらず黙ったままだ。

それから少しだけ安房埼灯台に向かって歩いたあと、俺たちは立ち止まった。途端に強い日差しと蒸し暑さを感じる。俺は軽くため息をついたあと、志織に声をかけた。

「ひょっとして、さっきの女の人のこと、気にしてんの?」
「……」
「あれはただの同級生だよ。高校の時の」
「うそ……」
「うそじゃないって」
「ただの、同級生、じゃない」
(うっ、志織、鋭いな。それとも……、まさか『声』が聞こえたとか?)
「なんでそう思うの?」
「……」
「ひょっとして……、『声』?」
「そんなんじゃない!」
(しまった!)
志織を怒らせてしまった。それに俺は今までずっと「声」の話は極力しないようにしてきたのに。
「ごめん……」(けれど、なんで志織にばれたんだろう?)
「お願い。隠し事はしないで」
「志織……」

そういえば、志織はなにかと隠し事を嫌っていた。それには恐らく彼女に聞こえる「声」のことが関係しているのではないか、と俺には思えた。
もしかしたら以前、志織になんらかの隠し事をしていた人がいて、その人についての「声」を聞いてしまったことで、深く傷ついたことがあったのかもしれない。
俺たちが出会った頃、志織が「声」のことをすぐに俺に打ち明けてくれたのも、自分も隠し事はしたくなかったからなのだろうか。

志織はこれまでにも色々な物事に対し、鋭い感や視点を俺に見せてきた。
以前、喫茶店でアイスではなくホットコーヒーを頼んだだけで、あるいは海老チャーハンではなく海老そばを注文しただけで、俺がお腹の調子が悪いと即座に見抜いたこともある。
志織はさっきの俺と美奈子との何気ないやり取りの中に、なにかあの子にとって、不穏なモノを嗅ぎ取ったのかもしれない。
それに仮にも、かつて自分の彼女だった美奈子だ。今の彼氏との仲睦まじい様子を見て、無意識のうちに、俺がなにか妙な言動を示していた可能性が、ないとは言い切れない。
志織の気分転換どころか、ただでさえ父親の仕事と受験のことで不安な気持ちを抱えている志織に対し、理由はともあれ、恐らく俺は彼女に余計な不安を与えてしまった。美奈子と会ったことは突発的事故とも言えなくはないが、本当に自分が情けなくなった。

俺たちは立ち止まっていたところから歩いてすぐ近くの、海が見えるベンチに並んで座った。幸い近くには誰もいない。
降り注ぐ夏の直射日光は強いが、ここは海風が涼しい。何羽かの海鳥が飛んでいるのも見える。
俺はベンチで海を見ながら、志織に話しかけた。

「確かにあの子とは、高校時代に付き合ってた。正直、キスもした」
「……。それだけ?」
「一度だけ、寝た」
「……」
「でも、もうとっくにきっぱりと別れたし、未練なんかこれっぽっちもないよ。それは信じてくれ」
すると志織の口から、か細い声が漏れた。
「私だって……」

「志織。お前は俺にとって、今まで出逢った人の中で誰よりも一番大事な人だ。お前とのことは本当に大切にしたいんだ。だから、ゆっくり行こう。俺たちのペースで。できるだけ無理をしないで。俺たちが焦る必要なんて、これっぽっちもないんだから」
「……」
志織が、俺の背中に右手を回し、そっと抱きついてきた。
俺も志織を左手でしっかりと抱きしめ、二人でそのまま、ずっと海を眺めていた。

真夏の暑く日差しの強い、けど、爽やかな海からの風が吹く、二人だけの時間だった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。