ダークウェブについて私が知っている二、三の事柄

■pedobear記号学(序に代えて)

ところで皆さんは"pedobear"をご存知でしょうか。"pedobear"の元ネタは「クマー」というAA(アスキーアート)で、主に「2ちゃんねる」において所謂「釣り」の文脈とともに使用されていました。ところが、この愛らしい熊のAAが、海外の画像掲示板"4chan"に輸出され、独自の文脈を帯びるようになります。当初は児童ポルノ等の規約違反に該当する画像が削除された痕跡として「クマー」のイラストが使用されていましたが、やがてペドフィリーそのものと関連付けられるようになります。英語圏ではアスキーアートをうまく入力できない、という環境的差異からAAの代わりにイラストが用いられていましたが、そのことが既成の画像とイラストを合成させたいわゆる糞コラを大量に生み出し、しかもそれらがクマーの小児性愛趣味を匂わせるものであったため、英語圏のインターネットではクマーのイラストといえば"pedobear"という風になりました。

ここまではもちろんインターネットで消費される「ネタ的」なミーム文化でしかありませんでしたが、この"pedobear"がメディア上で取り上げられるに至ると、さらに文脈を三転させ、ペドファイルのアイコンと同一視されるようになります。例えば、2010年にカリフォルニアのサンルイスオビスポ郡保安局が、pedobearの着ぐるみを着た男性や、車に貼られたpedobearのステッカーを挙げた上で、街に潜む邪悪なペドファイル達の例として住民たちに注意喚起を行ったという、笑うに笑えない事例はその象徴的帰結でしょう。欧米における一般大衆のペドファイルに対するパラノイア的な恐怖が加わることで、pedobearはペドファイルの存在を指し示す根拠=イコンとして再解釈されることになりました。

つまり、"pedobear"は、2ちゃんねる→4chan→一般メディア、と異なる領域を浮遊していくごとに、含意される意味内容がその都度再解釈され変容していくということなのですが、この記事の主眼は"pedobear"を巡る記号学ではないので、これ以上の詳述は避けます。

さて、ここからが本題なのですが、そんな"pedobear"が、まさしくそういった市民たちのパラノイア的陰謀論の正しさを(恐ろしいことに!)証明するかのように、インターネットの深層において、ペドファイル達のイコンとして用いられていた例があります(もちろんこれもメディアにおける"pedobear"解釈に対するカウンターとしての逆用なので、"pedobear"の意味は今や四転しています)。

■"PedoEmpire"小史、または「言論の自由」にとって児童ポルノとは何か

今はなき"PedoEmpire"が、ダークウェブ(他にも「ダークネット」等の呼称がありますが、ここでは基本的にTorブラウザのみでアクセスできるonionWEB群を指します)に現れたのは2013年初頭だったと言われます。"PedoEmpire"は、ホスティングサーバや画像アップローダー、(後述する)児童ポルノフォーラム等を含めた一種のペドファイル総合サイトで、トップページには例えばパーカーのフードを被り口から血を滴らせた"pedobear"のイラストが添えられおり、そのイラストをクリックすることで各サイトに飛べるようになっていました。中でも、フォーラムサイトである"Hurt 2 The Core"は、その内容のエクストリームさで後世のダークウェブ史に悪名と共に名を刻むであろう伝説的なサイトでした。

なぜ、"Hurt 2 The Core"がそれほど伝説的だったのか。それは、このフォーラムサイトが、いわゆるHurtCore表現を含む児童ポルノの投稿を積極的に容認していたからです。HurtCoreとは、一言で言うと被写体に対する暴力的な行為(例えばレイプ)を含む表現のことです。また、しばしば被写体が嫌がっているような顔を見せるだけでもHurtCoreに括られることもありますが、というのも、欧米圏におけるペドファイル・フォーラムでは、基本的に「 "just love, don't hurt" paradigm」と呼ばれる規範が共有されており、HurtCore的な行為や思想は彼ら成員たちの間でも忌み嫌われる傾向にあるからです(周知ではないかもしれませんが、いわゆるペドファイルの間でも様々な階層や派閥があり、HurtCore的な嗜好の持ち主は明確に差別され排斥されます。他にも派閥としては、例えば未成年者との性的接触の禁をストイックに守り通す道徳的保守派(Conservative)などが存在します)。

それでは、なぜこのようなHurtCore表現を容認するフォーラムサイトが突如登場したのか。そこには、"Freedom of speech"という命題がにわかに関係してきます。"Freedom of speech"は、日本語に直せば「言論の自由」や「表現の自由」に該当するでしょうが、欧米における"Freedom of speech"は、あらゆる権力にプロテストするカウンターカルチャー、または最小政府の理論を奉じるリバタリアニズムや経済的市場原理主義の文脈とも相互に連動し合っており、ここではすべてを尽くすことは到底できません。

とりあえず、ここではインターネットに焦点を絞りますが、例えばかつてダークウェブに"Silk Road"という違法薬物売買サイトが存在していました。『ディープ・ウェブ』というドキュメンタリーによれば、"Silk Road"の管理人は、政府による法規制やコントロールに対するプロテストの意志が明確にあり、思想的にはリバタリアンだったといいます(さらには、個人間で薬物が安全に取引できるようになれば、麻薬戦争は無くなり、世界は今よりも平和になるだろうというグランドビジョンがあった)。"Silk Road"の掲示板には志を同じくする者が集まり、自由主義や市場哲学に関する議論が活発に行われていた。つまり、単なる犯罪幇助や金儲けではなく、「権力からの自由」という明確な理念があり、そのために(権力の及ばない)ダークウェブという場所が必要とされた、という基本構造があります。

他にも、ハクティビズムの文脈で言えば、アノニマスという4chan発のハッカー集団がいます。彼らは、政府や権力によるインターネット規制すべてに反対する、いわばインターネットにおける"Freedom of speech"原理主義と言え、その理念を妨害する存在は手当たり次第ハッキングやDDoS攻撃を仕掛け潰していくという悪名高い存在に成り上がっていきました。他にもアノニマスから分派したラルズセックや、セキュリティ&暗号化技術によってあらゆる中央集権に抵抗するサイファーパンク(ビットコインも一説では彼らが発案したことになっています)など、同種の様々な流れが存在しますが、やはりここでは詳述を避けます。

なぜわざわざアノニマスの話を出したかというと、実は意外な形で先ほどの"PedoEmpire"とリンクしてくるからです。まずは順番に話を追うことにします。

時は2011年10月まで遡ります。4chanを根城にしていたアノニマスたちは、当時ダークウェブに存在していた児童ポルノサイト"Lolita City"(2010年に設立され約1万5000人の会員がいました)に対する大規模な攻撃("Operation Darknet")を開始しました。アノニマスは"Lolita City"のメンバーリストを晒し上げ、さらに度重なるDDoS攻撃によって"Lolita City"のサーバーを一時期的にダウンさせました(ちなみに、アノニマスは"Freedom of speech"の信奉者であると先ほど言いましたが、しかし児童ポルノは例外であったようです)。

その頃、これらの様子を陰から眺めていた一人の18歳の若者がいました。彼もまた4chanの住人であり、アノニマスの運動にも人一倍関心がありました。彼の名前をMatthew David Grahamといい、後にLuxというハンドルネームで"PedoEmpire"を立ち上げ、ダークウェブ界に激震を走らせることになります。

Matthew Grahamはオーストラリアのメルボルン郊外に生まれ育った、いたって普通の少年でした。しかし、15歳あたりから塞ぎ込むようになり、高校3年のときにはスキゾイドパーソナリティ障害や社会不安障害、鬱病などの精神疾患を病み、医者からゾロフトを処方されていたといいます。その後、なんとかラ・トローブ大学に進学しナノテクノロジーを専攻するも、周りと馴染めずすぐにドロップアウト。さらに引きこもりがちになった彼は、実家の自室でウェブ設計やサイトハッキング、ウェブセキュリティなどの勉強にのめり込むようになります。ちょうどこの頃、4chanで先ほどのアノニマスの"Operation Darknet"をリアルタイムで目撃することになる。このとき、Grahamは初めてTorネットワークの存在と、そこに蠢く無数の児童ポルノサイトの存在を知ったとされます。

彼の当初の関心は、実は児童ポルノではなくダークウェブにおけるセキュリティ性でした。事実、彼はダークウェブに存在する児童ポルノフォーラムをいくつか探ってみて、それらのセキュリティが思いのほか甘いことに驚いたといいます。意外にも、Grahamをダークウェブの児童ポルノフォーラムに導いたのは小児性愛的好奇心ではなかった、少なくとも当初は(実際、Grahamはそれ以前は児童ポルノを見たことがなかったと法廷で証言しています)。彼がまず行ったことは、それらサイトのフォーラムに赴きウェブセキュリティに関する助言を提言することでした。このことにより、彼=Luxはペドフォーラム上での知名度を徐々に上げていきます。

もう一つ、彼がダークウェブのペドフォーラムを巡っていて気づいたことは、いわゆるHurtCoreコンテンツの不在でした。それが彼には理解ができず不満でもあった。自ら"strong believer in free speech"、すなわち「言論の自由」の熱烈な信奉者を自称していた彼は、文字通りの究極の"Freedom of speech"を体現した児童ポルノフォーラムを立ち上げようと動き出します。そして2013年、ダークウェブ史上最初にHurtCoreを全面的に容認した児童ポルノフォーラムである"Hurt 2 The Core"が誕生しました。

ここで急いで確認しておきたいのは、Lux(もしくはGraham)は別にHurtCoreの愛好家でも何でもなかった、ということです。それどころか、児童ポルノにすら、それまではさほど関心がなかった(彼自身はアセクシャルであったと証言しているようです)。彼のオブセッションのおそらく根底にあったのは、"Freedom of speech"の命題であった。

■日本と欧米におけるインターネット観の差異

アノニマスとLuxが、同じ4chanという一つの土壌から生まれたのはなんとも皮肉であり興味深くもあるようです。片方はダークウェブの児童ポルノサイトを攻撃し、もう片方はダークウェブ史上最も悪名高い児童ポルノフォーラムを設立し、PedoEmpireの皇帝として君臨することになった。両者を隔てるのは、"Freedom of speech"に例外=限界を設けるべきか否か、という薄皮一枚(?)の差異でした。

そして、この4chanも元を辿ればやはり日本の「ふたば☆ちゃんねる」という匿名画像掲示板であるという事実も、私達に何かしらの示唆を与えてくれるのでしょうか。ここら辺り、最初に紹介した"pedobear"ともにわかに関係してきますが、日本と海外のインターネット文化がどのように影響しあっているか、という文化の相互浸透性というファクターはもっと重要視されてもいいのではないかと思っています(例えば多くの日本人は、「クマー」のAAが2ちゃんねる→4chan→メディアという紆余曲折の旅を経た末にダークウェブの児童ポルノフォーラムのアイコンに結実する、といった史実を知らないし、別に知る必要もないと思っている)。日本の匿名インターネット文化が海外において4chanという形で輸出され、そこでアノニマスという匿名的なハッキング集団が"Freedom of speech"を掲げ、または一人の若者が究極の"Freedom of speech"の帝国をダークウェブに設立する……。

ところで、それではなぜ日本の匿名インターネットでは同じような動向が起こらなかったのか、という別の問いを立てることができるかもしれません。このことは、やはり先ほども言ったように欧米における様々な文化や思想(例えばリバタリアニズムや新自由主義云々)とも関わってくるので一概に言えないのですが、ここでもインターネットに限って考えていきます。

ここで議論の補助線として紹介しておきたいのは、ばるぼら&さやわか氏による共著『僕たちのインターネット史』です。本書は、インターネットを巡るディスクールに着目するというフーコー的なアプローチによって、インターネット言説史とでも呼ぶべき領域の確立を目指した快著です。やはり内容の詳述は避けますが、やや乱暴にアウトラインの一部を要約すれば、アメリカから日本にインターネットを巡る思想が輸入される過程において、その当の思想の部分がサブカルチャーの一種として変容消費されてしまった、という風になるかと思います。それでは、そのインターネットを巡る思想性とは何か。それも様々あるのですが、一つ通底しているのは、インターネットとは何より国家に対してプロテストするためのツールである、という中心教義です。さらに言えば、その中心教義は、60~70年代におけるヒッピー文化を含めた広い意味での西海岸思想をルーツとしている。西海岸思想とは、

ばるぼら ひらたく言えば、個人の自由が何よりも大事で、国家の役割は最小限でいい、いっそ国家はなくてもいい、くらいに考えてる自由至上主義(リバタリアニズム)のこと。アナーキーな個人主義、そしてコンピュータ・テクノロジーと自由市場への信頼をもとにした、アメリカ西海岸発祥のユートピア思想のようなものです。それが如実に表れているのが1996年に発表された「サイバースペース独立宣言」。国家からサイバースペースを独立させよう、というステイトメントでした。「サイバースペース独立宣言」は90年代に発表されたものですが、それまでの西海岸思想の特徴が凝縮されて表現されています。ハッカーたちの反国家的な性格が強く出た文章です。(『僕たちのインターネット史』p.21)

言ってしまえば、Torネットワークもまったく同じ思想性の下に開発されていて、要は強力な暗号化&セキュリティ技術による完全匿名性の実現によって、国家や権力による監視や干渉から個人のプライバシーを守ろうというのが基本コンセプトとしてある(それがひいては言論や表現の自由の提唱にも繋がってくる、というのは先ほどもお話しました)。ダークウェブは往々にしてネガティブなイメージで語られがちですが(ダークという語感も関係している気がしますが)、インターネットのユートピア的理想(もちろんそれ自体の当否は別として)を少なくとも一面においては体現している、と言えるかもしれません。

ところが、以上のようなカウンター的、西海岸的なインターネット思想が、日本にはほとんど入ってこなかった、あるいは入ってきたとしても、サブカル&アングラカルチャーと癒合する形で消費されてしまった、と両氏は言います。もっと具体的に言えば、90年代当時に日本のアングラサブカルの一主流を担っていた「悪趣味系」や「鬼畜系」がインターネットと合流した。例えば、当時データハウスから刊行されていた雑誌『危ない28号』第一巻の特集は「ハッキング」ですが、第二巻以降の特集は「兵器」、「危険物」、「安楽死~自殺~」等々、およそインターネットとは関係なさそうな内容ばかりです。ちなみに『危ない28号』の前身にあたる『危ない1号』の初代編集長は青山正明で、彼はドラッグや児童ポルノへの造詣が深く、いわゆる鬼畜系文化の草分け的存在でした(付け加えておくと、青山正明自身は思想への関心も深かった。ニューエイジや神秘主義思想に傾倒していたところに時代的限界があったとはいえ。)。他にも、やはりデータハウスが出していた、殺人や違法薬物についての本である『悪のマニュアル』のコンピュータ版として『コンピュータ悪のマニュアル』が出たり、あるいはwarez、掲示板荒らし、違法ツールの使用法等々と結びつきながら、日本のインターネットは、いわゆる『ネットランナー』的と言ってもいいかもしれないガラパゴス的カルチャーを胚胎させていきます。

以上のようなインターネット文化における日本と欧米との根本的差異、カウンター的な思想抜きのサブカル化、という見立ては私達の議論にとっても有用に思われます。というのも、このような日本におけるアングラサブカル的インターネット観というのは、実は日本語圏のダークウェブにおいても顕著に見られる、と思うからです。そのもっと最適な例は「onionちゃんねる」でしょう。「onionちゃんねる」は2004年に「2ちゃんねる」の代替として開設された匿名掲示板で、ダークウェブにおける日本人コミュニティとしては最大規模のものであると言えるでしょう。その内のひとつ「エロいのとアングラ板」は、その名の通り、ありとあらゆるアングラネタとポルノに満ちていました。例えば、クラッキング、違法薬物、児童ポルノ、個人情報、某弁護士ネタ等々、これらが渾然一体となった坩堝のような状態が一時期のエロアン板でした。

これら日本のダークウェブに慣れてしまうと、海外のいわゆる児童ポルノフォーラムなどを覗くと、いささかソフィスティケートされ過ぎていて、アングラで猥雑な空間を予想していた向きは少々拍子抜けするかもしれません。ダークウェブ上の児童ポルノフォーラムは、身元は隠されているとはいえハンドルネームによるコミュニケーションが基本であり、掲示板ではセキュリティに関する知見や情報の共有や、小児性愛者の権利向上のためにはどうすればいいか、といった思想や意見、小児性愛者特有の悩みの交換などが活発に行われています(なかには"Pedo Support Community 5.1"のような小児性愛者同士の意見や思想の交換に特化したフォーラムも存在します)。

日本のダークウェブにはこのような児童ポルノフォーラムは(「ふるさと on Tor」などの一部の例外を除き)存在しません。例えば、2013年頃に開設された「まじかる☆おにおん」は、児童ポルノ投稿のためのサイトであり、ユーザー同士の意見交換を想定したUI設計には最初からなっていません。

*付記しておくと、日本の児童ポルノの歴史自体が上述したような「悪趣味系」サブカルとともに発展していった、という仮説(その意味で青山正明はやはり象徴的存在でしょう)を立てたいのですが、本論とは外れるので詳述は別の機会に譲るとして、例えば奥村十悟による東南アジア系IVシリーズ『ラスピニアス』には、いわゆるクーロン黒沢系のアングラサブカルの匂いが濃厚にある云々。

■児童ポルノクラウドファンディングサイトはなぜ失敗したか

もう一つの日本のダークウェブの特徴としては、セキュリティ意識の(相対的)低さが挙げられるかと思います。例えば「まじかる☆おにおん」は、2015年に会員が逮捕されたのをきっかけに閉鎖しますが、逮捕者の身元判明の原因がユーザー側にあったのかサイト側にあったのかは不明ですが、一説にはビットコインの使用が原因だったのではないか、と言われています。「まじかる☆おにおん」は開設当初は無料でしたが、2014年にポイント制を導入しビットコインを払うことでコンテンツのダウンロードができるシステムになっていました。ビットコインは一般に匿名的な通貨制度とされていますが、その暗号化システムに関しては疑問視されることも多く、ダークウェブを使用する上でセキュリティホールになりかねないと、基本的に海外の児童ポルノフォーラムのユーザー達からは忌避される傾向にあるようです(最近ではビットコインの匿名性を強化したとされるDASHコイン(旧名ダークコイン)なるものも登場しましたが)。

一例として、児童ポルノクラウドファンディングサイトとして2014年10月に突如出現した"Pedo funding"のケースを採り上げてみましょう。まず、そもそも児童ポルノクラウドファンディングサイトの目的とは何か。例えば、ドラッグや銃器の場合は、基本はギブ&テイクであり金銭での取引が一般でありそれが比較的容易に可能です。それに対して、児童ポルノはマテリアルではなく情報の一種なので、一度ダークウェブ上に出回ると無限に複製が可能になってしまいます。つまり、児童ポルノコンテンツの売り手にはあまりベネフィットがない。この問題を解決しようとしたのが"Pedo funding"です。まずコンテンツの売り手は一定の目標額をコンテンツに設定し、それに対して複数のユーザーがビットコインによって寄付をし、目標額に達するとコンテンツが公開される。最終的に売り手は目標額のうち22%の手数料を引いた金額を受け取れます。これが"Pedo funding"の採用したクラウドファンディングシステムでした。ところが、結果的にコンテンツの売り手も買い手も一人も現れず、コンテンツが一つも投下されないまま、"Pedo funding"は2ヶ月足らずで閉鎖してしまいます。管理人による、以下のような怨嗟に満ちた捨て台詞とともに。

I spent over 100 hours coding this site, I spent over $300 hosting it, and I spent over $1000 of my own bitcoins contributing to videos because I wanted this site to become successful and I wanted you to all be able to see these videos. And how do you reward me for my generosity? By spitting in my face. You accused me of being a cop, you accused me of being a scammer. You made up fake rumors about bitcoins being unsafe to scare people away from my site. All because you are self-entitled brats who wanted your CP for free instead of having to pay producers a fair price.

実際の文章はこの倍以上続きますが割愛するとして、文末には、このサイトの真価がお前達にもわかるようになったときにまた戻ってくる、そのときにお前達は感謝とともにひれ伏すだろう、といった趣旨のことが書かれており、実際に後日「お前達に最後のチャンスを与える」という趣旨の文章とともに一時復活しますが、やはり誰にも相手にされなかったのでそのままサイトは消滅しました。

なぜ、"Pedo funding"は失敗したのか。いろいろな要因はあると思いますが(例えば詐欺サイト、もしくは法機関(LEA)のなりすましサイトと疑われた等々)、やはりそのうちの一つに、ビットコインのセキュリティ的脆弱性が危険視された、というのがあります。

もちろん別に"Pedo funding"に限らずとも、英語圏のダークウェブにもビットコインを取引に用いた児童ポルノサイトは数多くあります。例えば、"OnionDir"というユーザーなら誰でもリンクを追加できるリンクディレクトリサイトを眺めてみると、「私は25歳の女で、11歳の長女と8歳の次女の三人で暮らしていますが、お金に困っています。チャットを通じてどんなリクエストにも答えますので、私達のエッチな動画を買いませんか?(場合によっては出会えます)」といったサイトがそれこそ雨後の筍のごとく見つかります。

しかしというかもちろんというか、ペドフォーラムの住人たちはこういったサイトを相手にしません。ほとんどが詐欺サイト(scammer)である、というのもありますが、やはりセキュリティ面に信頼性が置けないからでしょう。以上のことから、海外ダークウェブにおける小児性愛者たちのセキュリティ意識の高さが伺えるのですが、もしかしたら、彼らには児童ポルノを金銭でやり取りすること自体への抵抗もあるのかもしれません。すなわち、そこにあるのは相互扶助や「シェア」の精神であり、これらもやはり西海岸思想特有のものであることは言うまでもありません。

それに対して、ともすれば日本人のユーザーにはこのセキュリティ意識がすっぽりと抜け落ちがちなのですが、その要因の根底にはやはり、ダークウェブとはダークすなわちアングラ、つまり何でも好き放題できる無法のアングラ空間であるという観念が先行し、ダークウェブにそもそも内在していたはずの(前述した)カウンター的、ユートピア的思想が看取されずアングラ性だけが消費されてしまう、という日本的構造が横たわっているのではないでしょうか(もちろん、ダークウェブがいかに「危険な空間」であるかを声高に煽り立てるだけの国内メディアの報道も、この日本的構造を裏返したものに過ぎないことは言うまでもありません)。

■児童ポルノと「言論の自由」は手をとって(地獄に)行く

最後に一度だけ地上に浮上してクリアネットを俯瞰してみましょう。

4chanにはもはや"Freedom of speech"が存在しないとして、4chanの管理体制に不満を抱いた Fredrick Brennanは、2013年に"free-speech-friendly"を謳った画像掲示板サイト"8chan"を開設します。結果的に、8chanは「ゲーマーズゲート」事件の中心地となり、数々の女性差別的言説を量産することになりました(同時に、/hebe/などの児童ポルノライクな画像が投稿される板も多く作られました)。また、2016年の大統領選挙戦時には、/pol/板がヒラリー陣営のネガティブキャンペーンを大々的に展開し、同時に様々なフェイクニュースや陰謀論が飛び交いました。mic.comの記事によれば、8chanは「オルタナ右翼、ネオナチ、反ユダヤ主義者、白人至上主義者の拠点」であるとされています(ちなみに別のニュースサイトの記事では「児童ポルノの温床」とも)。

同様に"Freedom of speech"を公約に掲げたサイト、ただしこちらはSNSで、オルタナ右翼版フェイスブックとも言われている"Gab.ai"などもあります。昨今では、特に白人至上主義者的な差別的発言はインターネット上からも放逐される傾向にあり、オルタナ右翼は自分たちの拠点を自ら作り出さなければならなくなった。そのときに一種の理論武装として掲げられるのが"Freedom of speech"なわけです。

もちろん、サイファーパンクやアノニマス、あるいはLuxの思想とオルタナ右翼の思想は根本的に相容れないものでしょう。しかし、やはりどこかで共通する部分もある。それは西海岸思想におけるある種の「呪い」のような部分であるかもしれず……。もともとは西海岸思想の一つであった"Freedom of speech"の理念を極限までドライヴさせた結果、インターネット史上最悪(?)の児童ポルノサイトとオルタナ右翼、そしてドナルド・トランプを生み出した、とすれば、そこにはどのような歴史の皮肉が作用しているのでしょうか。

その意味で、地上を席巻したトランプ現象と地下を震撼させた"PedoEmpire"は、コインの表と裏のような関係、あるいはネットの界面を隔ててお互いを鏡像にように反射させ合っている、とでも言うのでしょうか。

付記:現在、ダークウェブ上でもっとも勢力のある児童ポルノフォーラムである"Mag■c kin■■om"(通称MK)のユーザー登録者数は2017年9月現在で約87万人であり、"Silk Road"のユーザー登録者数96万人に届きそうな勢いである。

【了】

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■主な参考資料

・記事

"Stupid California Police Warn Parents of Pedobear, the 'Pedophile Mascot' (Updated)" http://gawker.com/5636011/stupid-california-police-warn-parents-of-pedobear-the-pedophile-mascot

"How Lux Got Involved With Child Porn" https://www.deepdotweb.com/2016/02/13/how-lux-got-involved-with-child-porn/

"How Matthew David Graham's 'hurtcore' paedophile habit began on the dark web" http://www.theage.com.au/victoria/how-matthew-david-grahams-hurtcore-paedophile-habit-began-on-the-dark-web-20150908-gjhz43.html

"How 'Lux' became a recluse and found child porn on the darknet" http://www.theage.com.au/victoria/how-lux-became-a-recluse-and-found-child-porn-on-the-darknet-20160204-gmm1nb.html

"Internet’s worst pedophile abruptly shuts down his ‘PedoEmpire’" https://www.dailydot.com/crime/lux-pedoempire-child-porn-shut-down/ 

"While Markets Get Seized: Pedophiles Launch a Crowdfunding Site" https://www.deepdotweb.com/2014/11/09/as-drug-markets-are-seized-pedophiles-launch-a-crowdfunding-site/

"This is what happens when you create an online community without any rules" https://www.washingtonpost.com/news/the-intersect/wp/2015/01/13/this-is-what-happens-when-you-create-an-online-community-without-any-rules/

"Mic Discovered Who Created Trump's Anti-Semitic Hillary Meme" https://mic.com/articles/147711/donald-trump-s-star-of-david-hillary-clinton-meme-was-created-by-white-supremacists#.4Godva3rB

"The Internet of Hate" https://slate.com/technology/2017/08/the-alt-right-wants-to-build-its-own-internet.html

・HiddenWiki

http://gxamjbnu7uknahng.onion/wiki/index.php/Pedo_Funding

http://gxamjbnu7uknahng.onion/wiki/index.php/Lolita_City

http://gxamjbnu7uknahng.onion/wiki/index.php/Hurt_2_The_Core

・映像

『アノニマス ~“ハッカー”たちの生態~』

『ディープ・ウェブ』

『仮想通貨 ビットコイン』

・書籍or雑誌

『僕たちのインターネット史』

『ラジオライフ2017年1月号』所収「ダークウェブ裏入門」

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