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土曜ソリトンSide-B : あれから20年⑩

その10:坂本龍一ワールド・ツアー - part3

無事国内ツアーを終えた一行は、香港・ヨーロッパの旅へと飛んだ。

日本からずっと一緒にやってきた坂本龍一バンドのメンバーは、イギリス人のバイオリニスト エバートン・ネルソン、オランダ系ニューヨーカーのベーシスト クリス・ミン・ドーキー、NY生まれのボーカリスト ヴィヴィアン・セサム、ブラジル系ニューヨーカーのパーカッショニスト バルティーニョ・アナスターショ、そして日本人DJ&キーボーディストの森俊彦(ajapai)、と僕。共通語は英語と音楽。

かつてトッド・ラングレンのスタジオでレコーディングしたときは、2度とも常に通訳が帯同していたので、ほとんど英語は話さなかったし、話せなかった。坂本さんのツアーも国内にいる間は、あまり英語の輪には参加できなかったのだが、国内ツアーの後は通訳の同行はなく、メンバーと英語で話さなければいけない時間が圧倒的に増えた。音楽的なコミュニケーションはもちろん、ちょっとした食事やお茶の時間の雑談も、理解しようと必死で聴きとっていた。初めの頃は頭痛がした(笑)いちいち脳内で翻訳していては間に合わないことを、身体が覚えた。ツアーも終盤に差し掛かった頃には、take,get,do, have、などの限られたボキャブラリーで伝える術が少しずつわかってきたと思う。

香港・イギリス・ドイツ・ベルギー・イタリア・フランス、全13公演。エピソードは思い出せばキリがない。
後にずっとオフィシャルサイトのトップを飾ったロンドン・ハイドパークで撮った鳥の写真を撮ったのもこの時(このページ冒頭のカット)。二段ベッドの寝台バスで旅したヨーロッパ。寝ぼけて起き上がると必ず頭をぶつける寝台の天井の低さ。その枕元にあったブルース・スプリングスティーンのライブのパンフレット(幾つものバンドが、この車でツアーしたんだと知る)。ライブが終わるとすぐ会場でシャワーを浴びて、バスに乗り込む生活。終演後はスタッフもバンドメンバーもシャワーに駆けこむので、早めに浴びないとタンクのお湯がなくなって水しか出なくなる(当時の)ヨーロッパのシャワー事情。バスの入口でひっつかんだサンドイッチを食べて寝台に潜り込むと、目が覚めたら次の国に着いている慌ただしさ。ユーロのない時代に、事前に両替しておいた各国のお金が、一夜にして使えなくなってしまう瞬間。イタリア・フィレンツェのサーカステントのような会場。川岸で散歩していたおばあちゃんたちは、まだ健在だろうか。イタリア・トリノで会場を出ようとしたトラックの荷台のフックが外れていて、ピアノが上り坂の搬出口にずり落ちてしまった事件(調律して事なきを得た)。最終日パリの楽屋で初めて中学生だった坂本美雨ちゃんに会ったこと。アンコール前、パリっ子の止まない「Y.M.O. !」の絶叫。エトセトラ、etc…

かつて小山田君がコーネリアスの海外ツアーについて「いろんな国には行ったけど会場とその周りしか知らないから、国をザッピングして見て回るような感覚」と語っていたがまさにその通り。その後も僕はTHE BOOMの宮沢和史君のソロ・プロジェクトで世界各国を回る旅に出て(その時のメンバーが後にGANGA ZUMBAに発展する)、ポルトガル・スペイン・イギリス・ドイツ・ポーランド・ブルガリア・ロシア・キューバ・メキシコ・ホンジュラス・ニカラグア・ブラジル・アルゼンチンと延べ13カ国で演奏した。振り返れば、ツアーとレコーディングで4回旅したブラジルと、トッドや坂本さんとのレコーディングで長期滞在したアメリカ以外の大半の国は、「ザッピング」しただけだ。

幸宏さんの「ワールドツアーに出られる機会なんてそうそうないんだから、絶対経験しておいた方がいい」という進言。大変だったけれど、今になって本当に身に沁みてやり遂げられて良かったと感じる。あの時感じた海外の空気、ツアーの楽しさとタフネス、今でもはっきり焼き付いているいろいろな街で観た美しい風景、トラブルを乗り越えていく機転、海外のミュージシャンと一緒に一つの音を奏でる瞬間、音楽が国境を越えていく感覚、それらすべてが、今の僕を支えている一生モノの宝だ。

ソリトンside-Bの坂本龍一さんゲストの回。その充実したトークとエンディングの「夢の中で会えるでしょう」は大きな反響を呼んだ。その背景には、限られた番組の時間内では語り尽くせない、こんな物語があったのだ。

(続く)

↑ ※ツアー最終日、パリのホテルで(自撮り)

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※矢野さんと細野さんゲストの回・ダイジェスト映像




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