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新聞・テレビへの親近感と違和感

おはようございます!
 
電車で紙の新聞を読む方がいました。
 
その女性は通勤途中で、
日経新聞を広げていました。
 
いまどき珍しいと思いましたが、
紙面をちらちら見ると、
とても分かりやすいと思いました。
 
日本の新聞の紙面構成は
芸術的に配置されています。
 
芸術的というと大げさですが、
アメリカの新聞などは、
1面には主な記事が縦に並べられていて、
一番下までくると途中で切れて、
続きは〇ページに飛ぶと書いてあります。
 
日本の新聞では、
記事が別のページに
切られることがないばかりか、
記事の形がI字型、L字型と様々で、
見出しの大きさも色々です。
 
紙面構成をする方がいて、
その方のセンスで
紙面構成がされてきたそうです。
 
従って、この紙面構成をする機能を、
コンピューターで置き換えるのが
とても大変だったと聞いたことがあります。
 
私が見やすいなと感じたのは、
その紙面構成に慣れていたからでしょう。
 
読んでほしいニュースは大きく、
そうでもないニュースは小さく
印刷されています。
 
読むというより、
目に飛び込んでくる感じです。
 

 
ただ、
紙面に乗せるニュースを選ぶだけでなく、
その中でもこれを読めと
アピールしている紙面を、
何百万人が読むというのは、
画一的だと言えば画一的です。
 
世の中の見方は、
百人いれば百通りの見方があります。
それを、ひとつの見方にして、
何百万人が同じものを見るというのは、
世間の常識をつくる上ではよいですが、
気味の悪さを感じます。
 
その意味では、
テレビも気味の悪さは同じです。
 
今日もよろしくお願いします。
 
安島

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