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もしキエフで戦闘になれば、何が起こると予想されるのか?

ウクライナでロシア軍の部隊は進撃を続けており、最近では首都のキエフに迫りつつあることが報じられています。もし両国が外交で何ら合意に達することができなければ、遅かれ早かれキエフで大規模な市街戦が発生することは避けられなくなるでしょう。

この記事では、キエフの市街戦がどのような展開になるのかを考えるため、3つの可能性を取り上げたいと思います。戦略と戦術の観点から市街地におけるロシア軍の攻撃を2つのパターンで考察し、その上でウクライナ軍の防御を考えます。

1 市街地への進入を可能な限り避ける場合

戦術家の目で市街地を観察する場合、その都市の立地、都市圏の広さ、河川や起伏などの地形、建築物の構造や密度、道路や鉄道などの交通路の特性、住民の分布や密度などに注目しますが、特に重要なのが建築物の構造や密度です。

キエフのような一国の首都である市街地は、頑丈な建物の密度が高く、防御部隊は建物から建物に移動しながら身を隠すことができます。それぞれの建物の特性によりますが、鉄筋が入ったコンクリートの建築物は部隊を砲爆撃から守る掩蔽の効果が期待できます。陸上戦の人的損失のほとんどは砲爆撃で発生するので、建物を利用できることは防御部隊にとって非常に重要な意味を持っています。

そのため、攻撃部隊は市街戦で防御部隊より基本的に不利な立場に立たされています。陸上作戦の原則としては、市街地を攻撃することは可能な限り避けるべきであると考えられており、市街地を攻撃する場合は、その都市を攻略することがどうしても必要である場合に限られます。ただ、キエフのような首都を奪取することは、ロシアにとってウクライナ政府の継戦意志を挫く効果が期待できると考えられるでしょう。

都市を攻略するとしても、ロシア軍は部隊を直ちに市街地に進入させることは避けるかもしれません。つまり、その市街地を取り囲むように部隊を配備して封鎖状態を作り出し、キエフを孤立させるに留めます。このような攻め方を戦術の用語で攻囲といいます。戦術の用語には似た用語に包囲がありますが、これは敵の部隊の正面と側面を同時に攻める攻撃機動の方法を指す用語であるため、厳密には攻囲とは異なります。

攻囲では、市街地を取り囲むように部隊を配備し、遠距離から砲爆撃を加えることを続けます。市街地に部隊を進入させませんが、夜間に戦闘斥候を送り込み、偵察や捜索を行うことはあり得るでしょう。攻囲における砲爆撃の狙いは敵の部隊に損害を与えるためというよりも、市街地に留まったすべての人々の活動を攪乱し、時間をかけて衰弱させることです。

時間がかかるという欠点があるものの、攻囲は外部から来援が期待できない部隊を確実に降伏へと追いつめていくことができる戦術です。無差別的な砲爆撃が繰り返され、また糧食や薬品の不足が深刻化すれば、非戦闘員である住民から多くの犠牲者が出る懸念があることも指摘しておきます。

2 市街地に大軍で押し寄せてくる場合

攻囲では時間がかかりすぎる場合、次のロシア軍の選択肢は市街地に部隊を送り込むことです。この場合、市街地で防御部隊が占拠している建物を一つずつ攻略しながら前進しなければなりません。これは多くの兵力を必要とする作戦であり、圧倒的な戦闘力で一挙に実施する必要があります。

ロシア軍は部隊を市街地に前進させる際には火力を集中的に使用するはずです。守備隊が潜んでいると思われる建物を手当たり次第に破壊し尽くそうとするでしょうし、そのためには砲爆撃で市街地の各所で火災が同時多発するでしょう。注意すべきは遠距離からでも視認できる大型の施設、特に高層の建築物であり、これは戦闘の初期から砲爆撃の目標となりやすいという特性があります。

ロシア軍の攻撃目標はキエフの中心部にある大統領官邸と推定されるので、そこに向かう経路に沿って大部隊が前進すると思われます。キエフがドニエプル川によって東西両岸に市街地が区分されていることを考慮すると、ロシア軍のキエフに対する主攻撃は西側から加えるでしょう。もし東側から主力を前進させるならば、ロシア軍の部隊がウクライナ大統領府の施設にたどり着くためには、ドニエプル川を渡河しなければなりません。

戦闘がその段階に達したならば、ウクライナ軍はキエフのすべての橋を落とし、進撃を阻もうとするでしょうから、ロシア軍は舟艇を使って敵前渡河することを強いられることになります。このような危険を冒すぐらいであれば、ロシア軍は西側から攻撃を加える可能性が高いと思います。

ロシア軍が西から攻撃を加えられると想定するならば、キエフの中心部から西に延びる幹線道路(Peremohy Avenue)が最優先で確保すべき経路である可能性が高いと私は推測しています。3月8日の時点でロシア軍の部隊はこの道路の一部に到達しています。

この幹線道路はキエフに西側から入って、中心部に至るまで一直線に伸びており、射撃時に必要な視界、射界が良好であるという特性があります。戦車を含めた多数の軍用車両が前進するために必要な幅員もあります。大統領官邸までの最短経路でもあり、ロシア軍はこの経路に沿って攻撃することが想定できます。

もちろん、市街地における攻撃を成功させるためには、防御部隊を可能な限り多数の地点に分離させるように誘致することも必要です。実際には東西南北、あらゆる方向から攻撃を実施し、ウクライナ軍の防御部隊の戦闘力を広く分散させようとするでしょう。しかし、市街戦で速やかに勝利を収めるためには、機動路を確保して迅速に部隊を前進させることが重要であるため、先に述べた幹線道路の支配をめぐっては激戦が繰り広げられると思います。

3 市街地を盾に持久防御する場合

市街戦の特性は、既存の建物を利用して、防御部隊が立て籠ることが可能なことです。そのため、ウクライナ軍は可能な行動としては、市街戦でロシア軍の部隊に大きな損失を与えつつ、持久しようとするでしょう。持久戦はロシア軍が撤退するまで続くと思われますが、無論これは簡単な作戦ではなく、ウクライナ軍が西側から大規模な軍事援助を受けることができなければ絶対に不可能な作戦だと思います。

まず、市街地で陣地を構築するためには、膨大な工事が必要です。まず、地雷や爆薬を設置し、車両や歩兵の移動を妨げる障害を構成し、敵の部隊に効率的に火力を発揮するために陣地を構築する必要があります。弾薬の集積も十分に行わなければなりません。守備隊を市街戦に慣らす訓練も重要です。市街戦では小銃手であれ、機関銃手であれ、それぞれの戦闘員が独自に判断して戦闘行動をとれなければなりません。市街地で射撃と運動を連携させる要領や、屋内で敵を掃討する方法、地下鉄などで戦う術を身に着ける必要があります。

しかし、キエフの防御態勢を構築する上で最も懸念すべきは、住民の保護でしょう。戦禍を逃れてキエフの周辺から多数の非戦闘員が市街地に避難してきています。彼らの身の安全をどのように確保すればよいのか、ウクライナ軍も頭を悩ませているに違いありません。彼らをどこに収容するのか、どのように組織するのか、必要な物資をどのように配給するのかを計画し、健康管理や安全管理にも留意しなければなりません。住民を保護するために食料品や医薬品の備蓄は有限なので、供給が途絶えれば新生児、高齢者を中心に死者が増加するはずです。それまでにロシアで経済制裁の影響が広がるかもしれませんが、プーチン政権がいつ戦争を思いとどまるのかは予断を許しません。

戦争が始まってから、ウクライナ軍は各地で善戦していますが、ロシアはウクライナに対して軍事的に優勢であることに変わりはありません。キエフでウクライナ軍がロシア軍に持久戦を続けるためには、ウクライナを外国が助けなければならず、あらゆる弾薬、燃料、糧食が外部から供給されなければなりません。

アメリカを中心とする西側諸国はロシアと戦争状態に突入する事態を避けているため、キエフの市街戦が始まった後で、攻囲の中にいるウクライナ軍にどれだけの軍事援助ができるのかははっきりしません。市街地に立て籠る戦闘員と非戦闘員の生存を支えることができるだけの補給品が毎日のように必要となりますが、その際には輸送手段が制約となるでしょう。

まとめ

キエフの戦いはウクライナが建国されて以来、最も困難な戦闘になるでしょう。ロシア軍はまず攻囲を仕掛けた上で降伏を呼びかけるはずですが、これまでにもゼレンスキー政権はキエフに留まる意向を繰り返し表明しており、脱出するつもりはないと明言してきました。ロシア軍は作戦の準備が整うまでは攻囲を続けるかもしれませんが、いずれ勝敗をつけるために組織的な攻撃に踏み切るだろうと思います。そこから先の戦いの展開はウクライナ軍の防御次第であり、海外の軍事援助をキエフに到達させることができるかどうかが戦闘の結果を左右するでしょう。

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