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藤原伊織「テロリストのパラソル」読書感想文

はじめての藤原伊織の、最初の1冊となる。
ミステリー小説となる。

8ページ目には、爆発事件が起きる。
1993年の新宿中央公園、50名の死傷者がでたという設定だ。

重要参考人とされたのは、アル中のバーテン。
元、東大全共闘の指名手配犯。

多数の死者の中には、かつての友人と恋人が含まれていた。
少ない手がかりから、警察から身をかわしながら、犯人を突き止める、といったあらすじか。

新聞の記事が、読んだきっかけだった。
作家の伊兼源太郎が、この本を読んで衝撃を受けて作家になろうと決めた、という。

とはいっても、伊兼源太郎は知らないけど、そこまでいうのだったら読んでみたいと読書ノートに記入していた。


忠告できる大人になりたい

文章は、ハードボイルドタッチというのか。
登場人物が、それぞれ “ 忠告 ” をしたりされたりする。

「ひとつ忠告してやろう」
「ひとつ忠告していいか」
「それは忠告か?」
「俺は忠告をしない主義だ」
「あんたの忠告は正しかった」
「俺は忠告したはずだ」

お互いに “ 忠告合戦 ” が繰り返される。
どのくらい忠告がでてくるのか、10まで数えたがやめた。

わるい癖で「みんな忠告しすぎでしょ?」と気になってしまうと、以降は、その度に「でたぁ、忠告だぁ」と思わずのけぞってしまう。

ハードボイルドを読み慣れてないのだった。
でも、ここぞというときには、こんな忠告ができる男になりたいとも思える読書だった。

文庫|1998年発刊|386ページ|講談社

初出:1995年

熱さが伝わるほど諸行無常を感じた

文章のタッチは好みだし、忠告も新鮮だけど、素直に「シブい」としみじみはしづらい。
いいオヤジの主人公が、20年以上も前の過去を引きずり過ぎちゃって、なんとも煮え切らない。

しかも、あの時代の全共闘独特の、熱い気持ちはわかるけど、言ってることがよくわからないのが、こっちの読んでいる気持ちをアゲさせない。

おおよその経緯はわかるが、大騒ぎした割には滞りなく社会が進んでいった結果は知っているから、闘争が熱く書かれれば書かれるほど、諸行無常の心境になってしまう。

いっちゃわるいけど、後のオウム真理教事件を眺めるに近いカルト団体を眺めているような、冷めた気持ちが先行して、そこだけは入り込めなかった。

ちょっと物足りなかった点

推理していくのはおもしろい。
が、テロリストにしては、ストイックさがなかった。
というか、そこまでは書き込まれてはない。

しがらみと愛憎のほうに重量がありすぎて、犯行の動機のほうに軽さが見えている。

作家がこねくりまわしただけの物足りなさを感じたが、これは、檻の中で読んでいるからと思われる。

大好きな桐野夏生の「天使に見捨てられた夜」とも比べてしまって、想像を膨らませたのもいけない。

両作とも、時代が1990年代前半の新宿。
こっちのアル中のバーと、あっちの村野ミロの事務所は、靖国通りを挟んで300メートル、いや、直線で200メートルほどの近さ。

ついでにいえば、両作ともハードボイルドと銘打ってある。
それでいて、こっちは酒臭い風呂にも入ってないオヤジで、あっちは頑張っちゃっている女探偵。

そりゃ、あっちのほうがおもしろい、と余計なことを考えながらの読書に陥ってしまった。

なんにしても、藤原伊織は著作が多数ある。
また読みたい。

ネタバレ登場人物

島村圭介(本名:菊池俊彦)

元、東大全共闘。
運動から離れてからは、ボクサーとして順調に戦績をあげていく。
が、1971年に、爆発事件の共犯容疑で指名手配されて逃走。

すでに事件は時効となっているが、島村圭介という偽名で、職と住所を変えながら身を隠すようにして過ごす。

22年後、新宿厚生年金会館の近くで「五兵衛」という小さなバーを営んでいる。
酒のほかは、ホットドックがあるだけ。

重度のアル中でもある。
その日、新宿中央公園の芝生で酒を飲んでいたときに、爆発事件に出くわす。

もちろん事件とは全く関係なかったが、指紋がついたウィスキーの瓶を残してきたことから、重要参考人となるのを予測して逃走。

報道により、死亡者のなかには、行方不明になったままの友人の桑野と、22年前の恋人の優子が含まれていることから何かがあると感じる。
いくつかの手がかりから、単独で犯人を追っていく。

桑野誠(別名:アルフォンソ・カネーラ)

島村の友人でもあり、東大全共闘の同志でもある。
1971年に爆弾を製造。

捨てにいこうと島村の車で運んでいる途中で、ブレーキ故障をして暴走した車ごと爆発させてしまう。
自身は無事だったが、警察官1名を死亡させる。

直後、フランスのパリ大学に留学。
事件の捜査が進み指名手配されるが、以降は行方不明となる。

が、桑野は南米に渡っていた。
ゲリラ活動を経て、麻薬カルテルの幹部となる。

日本へのコカインの密売と、マネーロンダリングのために、日系人のアルフォンソ・カネーラとして帰国。
東証二部上場の “ ファルテック ” を買収し、専務に就く。

新宿の爆発事件の死亡者として名前が発表されたが、これは偽装であった。

松下優子(旧姓:園堂)

新宿の爆発事件で死亡する。

島村とは全共闘の同志であり、3ヵ月の同棲があった。
のち、外務省の官僚と結婚。
領事館に赴任した夫と共にニューヨークで暮す。
が、夫は交通事故死して帰国する。

ニューヨーク在住のころから短歌をやっており、帰国後も当時の短歌仲間と集まりを持ち、歌集を発行する。
歌集のタイトルは、メモリー・オブ・セントラルパーク。

島村は、新宿中央公園が集まりの場所だったと気がつく。
歌集を入手して、短歌も調べて推測を重ねる。

浅井志郎

元警察官。
が、暴力団との交際が発覚して依願退職。

現在は、歌舞伎町に所在する興和商事の社長を務める。
実態は、新興の暴力団である。

島村のボクサー時代を知っている。
また、島村が関わっている22年前の爆発事件で死亡した警察官の妻と再婚しているという因縁がある。
が、島村には好感を持ち、協力者となる。

忠告するのが大好きである。
島村も負けじと忠告をする。

望月幹

22年前の爆破事件で死亡した警察官の妻の弟。
浅井の義弟にもなる。

表向きは浅井に従うチンピラ。
裏ではファルテック社の企画部長。

桑野には1億円の現金を積まれて、心変わりして、コカインの密売のために動いていたのであった。

西尾

宗教の勧誘する茶髪の若者。
爆発事件の前に島村を勧誘している。
その直後に爆発に巻き込まれて軽傷を負う。

勧誘のチラシの文面から、正体はコカインの売人だと島村は見抜く。

辰村豊

新宿西口のダンボール村の若手ホームレス。
島村の身を隠すための協力をする。

のち、ひき逃げされて死亡。
詳細は不明。

ニューヨークに住んでいたことがあり、記念にと1ドル札を持っていた。
その1ドル札は、コカイン吸入のためだと島村は見抜く。
西尾からコカインを入手したことも突き止め、爆発事件との繋がりを掴む。

松下塔子

松下優子の娘。
1972年生まれ、事件当時21歳。

島村のバーに訪れて、以降、行動を共にする。
「ノーテンキ」が口癖である。

松下優子の短歌のペンネームが、アルファベットのアナグラムによる “ 工藤詠音 ” だと見抜く。

いきなりネタバレあらすじ - 島村の手記風

推測の理由

ファルテックの専務室にいたのは、はやり桑野だった。
アルフォンソ・カネーラとして、日本に帰ってきていた。

となると、新宿の爆発事件の犯人も桑野だろう。
そう推測していたのは、ニューヨークでの優子の短歌を目にしてからだった。

桑野に向かって、その歌を諳んじた。

「殺むるときもかくなすらむかテロリスト蒼きパラソルくるくる回すよ」
「ふうん・・・」
「・・・」
「なぜ、その歌なんだい?」
「いくつかあるなかで、この歌だけが異質だった」
「・・・」

このときの優子の周囲には、テロリストと呼ばれる人物がいたのではないのか?

俺が知る限りで、海外で一般市民の生活をおくる優子に、そんな人物が登場する可能性はひとつしかない。

ついでにいえば、優子と桑野は、そんな過去まで話しあう関係にもなっていたのだ。

桑野からは、つぶやきがあっただけだった。
22年ぶりに会った笑顔も消えた。

長い沈黙もあった。
やがて静かに、その短歌の暑い夏の日が明かされた。

その日傘を買ったのは、ニューヨークの五番街。
アイスクリームを食べて、彼女は手がべとべとになる。
代わりに日傘を持った桑野は、それを竹とんぼみたいにしてクルクル回して飛ばす。
そうして一緒に通りを歩いて、彼女は笑っていたという。

爆弾の動機

そのあと、彼女の夫は交通事故死する。
桑野が殺したと明かしてきた。

「ぼくは人殺しについては、いまはプロなんだ」
「・・・」
「もう何も感じない」
「・・・」

殺した理由は単純。
彼女を独占したくなったから。
それだけ。

「彼女は、そのことを知っていたのか?」
「知っていたのかもしれない。口には出さなかったが」
「・・・」
「さっきの歌からすると、当然、そうなるだろうな」
「その優子をなぜ殺した?」

彼女が会っていたのは、ただのノスタルジア。
いつも会話は、60年代の末に戻っていって、俺の話になる。
それに彼女も気がついて、さよならを言ってきた。

「彼女に絶望したからさ」
「・・・」
「もっといえば、理由はお前にある」
「・・・」

22年前に、あの爆弾をつくったのも、嫉妬への対抗だったかも。
結局は、弱い人間だった。
破壊だけを目的とする道具は、弱い者のためにある。
そんな考えもできる。

取り戻せないものは破壊する。
そんな人間になってしまったんだ。

中央公園での爆発の直前。
わざと現場に姿を見せると、彼女はそばに置かれていたトランクに目をやって意図を察した。
その瞬間に、リモコンのスイッチを押した。

・・・ 桑野は一気に話した。

ラスト5ページほど

少しばかり、騒ぎすぎたようだった。
警察のマークもあってのことだったし、浅井が途中で入室してきたし、銃声もあった。

浅井とは、いくつか話しながら、エレベーターで下りた。
ビルに駆け込んでくる警官の一群が見える。

それからは、警官たちの怒号に囲まれる。
手首の手錠が食い込んできた。

ビルの前には、パトカーが10台近くとまっていた。
後部座席に押し込まれて、若い刑事が両脇にすわる。
パトカーは動きはじめた。

優子の短歌を思い浮かべていた。
桑野と優子が、平和な夏の通りを歩いていく。
日傘をくるくる回している桑野が笑っている。

「なにを考えているんだ」
「・・・きょう、友だちをひとりなくした」

刑事の問いに、少しの間があってから、つぶやきのように漏れる自分の声を聞いた。
窓の外に一瞬、コスモスの白い花がみえた気がした。
だが、それはすぐに視界から去って消えた。

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