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いつだって登山は急に開始される。

親からお前もそばを食べに行くかという打診を受ける。
そんな提案ならもはや尋ねる必要すらない。無論、行くに決まっている。

しかし、よくよく聞いてみると、どうやらそばを食う前に軽く登山をするという話だ。
30分ほどで登れる低山で、楽勝だと父は言う。

2、3秒の逡巡の末、そばの吸引力に負け、行くことに決める。吸われる側のくせになかなかの吸引力を持っている。


太い人には珍しく、そばはかなり好きな食べ物だ。ミニうどんかそばかの選択肢に迫られた時はほぼ100%そばを選ぶ。

嘘のような話だが、ラーメンよりもそばが好きだ。特に夏に食べるすだちそばをかなり愛している。

一夏に一鰻、一すだちそば、一本格ジャム系がかかったふわふわかき氷を食べたいと春頃から考え始める。


向かうのはそばのまち、兵庫県出石。
私が県庁に勤めていた時の王子と呼ばれるモデル体型でアルパカ顔の友人が育ったまちだ。

「但馬の小京都」とも呼ばれる城下町の風情漂う街並みがいい。そばを食べるのは登山後だが、すでにそば屋を何軒も目視完了。その一角を抜け、観光用の駐車場に車を停める。


今日目指すのは有子山城跡。
歴史には超絶疎く、全くわからないが、山頂に石垣が残っているらしい。

「ただの散歩だよ、散歩」と楽観主義の父は言う。その楽観主義が災いして、パーム油やナツメヤシ由来のエスニカルシャンプーを何本も掴まされた過去を持つ男の言葉を信じた私が愚かだった。

晴天の下、穏やかに流れる人工川。

穏やかな小川が流れ、神社の境内に続く伏見稲荷的な鳥居の群れをくぐりぬけていく。入り口はいかにも大衆に開かれた優しい雰囲気を醸している。

私たちの入山を歓迎する鳥居群。油断させられた。

しかし、登山道に足を踏み入れた瞬間、空気が一変する。

「熊がまぁまぁ出ます」という看板を見て、何か音を鳴らしておかないとと思う。
あまりうるさいのはせっかくの森林浴の阻害になるので、穏やかかつ強そうな関取 花に決めた。

いきなり急坂階段である。これが結構果てしなく続く。

100近い体重の割りに滞空時間が異様に長く、動作にこなれ感があるという評価を集める私だが、一段一段自分の質量で足裏に電流が走る。

毎段足裏がつりそうだ。急に開催された本格登山に足腰が驚いている。


登山は呑気な人や楽観的な人によって急に開催される。

入社1年目のことを思い出す。
同期の呑気じじいとアウトドア好きという点で意気投合し、ハイキングに行くことになった。

蓋を開けてみれば、過酷登山だった。
いくつもルートがある初心者にも人気の山なのに、上から数えた方が早い高難度ルートだった。

呑気な人、楽観的な人と会う時はあらかじめトレッキングシューズを履き、ウィダーインゼリーを持っておいた方がいい。

なんとか贅肉を輸送し、頂上に至る。


頂上からの風景。開放的。

登りきると同時にもう10年くらい愛用しているアークテリクスのマカ2から、これまたお気に入りのマタドールのポケットブランケットを取り出す。(アフィリエイトも何もやってないよ)

こいつを山頂に広げ、寝転がる。
クマンバチの羽音を拝借し、少し瞑想。

すぐに自分のパーソナルスペースを作りたがる。

景色を眺めながら、何やらドライフルーツが練り込まれたパンや、オレンジや、トッポや、ばかうけを食べる。

結局登山は食い物がうまくなるから、まぁまぁ好きだ。


下山。ようやっとそばが食える。

いい佇まい。期待が高まる。

親に連れられて向かったのは「近又」。
なんだかんだ出石には年1回くらい来ているが、おそらくはじめての店だ。

14時前に行ったが、何人か並んでおり、食べログで調べたらこのあたりの評価1位だった。

出石そばは皿そばスタイル。
小皿に盛られたそばに薬味を加えつつ、最終的にはとろろや卵を入れていっぱいいっぱい食べる。

とりあえず1人前、5皿ずつ注文する。

いくらでもいける。いつまでも食いたい。

1皿目は塩で。うまい。細めのそばが軽やかだ。
2皿目はねぎ少量。3皿目はわさびと食べ進めていく。5皿なんてものはまず足りない。

やはりうまい。
20皿追加する。私が10皿、親が5皿ずつ追加だ。

隣に一人で来ているおじさんが30皿食べて、なにやら称号的な絵馬みたいなものをもらっている。僕も欲しい...。

しかし、15皿で結構ちょうどよくなってしまう。たぶん30皿はいけるが、親というものは総じて食べ過ぎにうるさい。

またメシ友達と行った時に挑戦しよう。


出石のランドマーク、辰鼓楼。ナイス風情。

最後にまちを少しぶらつく。
男には珍しく、ほとんどの店を覗いて歩く習性がある。

ぐっと惹かれるフォント。行ってみたい。

食い物系はもちろん、植物屋や陶器屋、気づいた時にはおばあさんが編んだコースターみたいなものをしげしげと眺めていた。

ママがこれが旨いんだわさとお土産に権兵衛餅を買う。

私は和菓子屋の洋菓子的なのに惹かれがちで、シンプルにワッフルと書かれたカスタード入りのものを今食べる用に買う。ママにも同じものを。

ワッフル。潔い。

親父はプリンを食うと言い出し、買い与えたが、スプーン入っておらず持ち帰る。

カラフル鯉。魚がいるとそれだけで機嫌良くなる私。

特に変わったことは起こらないが、それでいい。
なかなか良い一日だった。

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