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〝二者択一と脅迫〟~巻き返し狙うトランプ氏の戦略とは?

■何が争点なのか? 2つのデモから見えるもの

写真 トランプ支持 カーパレード

「Four more years! Four more years! =あと4年!あと4年!」

ニューヨーク州でも期日前投票が始まった週末、マンハッタンの目抜き通り、五番街にあるトランプタワー前で支持者が〝カー・パレード〟を行った。「トランプ2020」と記された旗をなびかせた数十台の車列。窓を開けて、大声で叫ぶ人々。歩道にも多くの支持者が集まり、歓声を上げた。ちなみに、ほとんどの人はマスクをしていない。
タワー前の路上には、「BLACK LIVES MATTER」と黄色でペイントされているが、支持者たちはこれを覆い隠すように「トランプ 法と秩序」の文字が描かれた巨大な横断幕を広げ、そのまま五番街を行進した。

写真 トランプタワー前横断幕

その行進の先頭を走ったのが、大型パネルを載せた車。トランプタワー前に停まると、ひときわ盛り上がった。

写真 ボクシング全体

写真 トランプボクシング

顔がトランプ氏になっているボクサー。こうした劇画に、トランプ氏はなぜか似合う。リング上でダウンしている男のヘッドバンドには「ANTIFA=アンティファ」の文字。トランプ氏や保守派が繰り返し、左翼の反ファシスト活動を非難する際に使っている。隣には「世紀の戦い」として「法と秩序vs無政府状態」とある。民主党のバイデン前副大統領を、人種差別への抗議デモで起きた、略奪や放火などを支持する候補と見立てている。これはトランプ陣営が設定したい重要な「争点」の一つだ。

写真 トランプタワー前に立つ女性


パレードが来る1時間以上も前から、五番街を通過する車に向けて小さなボードを掲げていた白人の女性がいた。日本のジャーナリストだと声を掛けると、「コンニチハ」と返ってきた。トランプ支持者には珍しくマスクもしている。なぜ、トランプ氏を支持するのかを尋ねると、匿名を条件に詳しく説明してくれた。

「トランプ大統領は、本当によくやっているわ。人種差別主義者と言われるけれど、黒人やヒスパニック系の失業率は、過去最低になったのよ。オバマ政権は、8年間で何もやってない。経済も、トランプ大統領は、中国との交渉で、実際に農家に金を与えているのです。人工中絶の問題も大切。いまは妊娠6ヶ月で中絶することもあるっていうわ。トランプ大統領は、プロライフ(=胎児の生命、権利を尊重)の立場で素晴らしい」

女性の話は多岐にわたったが、そのほとんどが、トランプ氏の演説内容と似通っていた。遊説を繰り返し聞き、刷り込まれているのだろうか。彼女が重要だと考えている争点は「経済」「人工中絶問題」などだった。

ニューヨークは、「デモの街」とも言っていい。「抗議デモは、社会的正義のために死活的に重要だ」(NY自由人権協会)と位置づけられる。このトランプデモの前の週末には〝反トランプ〟の抗議デモに立ち会った。
パリのエトワール凱旋門をモデルにしたという、ワシントン・スクエア・アーチ。マンハッタンにある公園の一角に立つ。その前の広場を埋め尽くすように、多くの女性らが集まっていた。先日死去した、ルース・ベイダー・ギンズバーグ最高裁判事の後任に指名された、保守派であるエイミー・バレット氏の承認に反対し、大統領選挙で〝反トランプ〟の投票を促すというものだった。この集団は、広場を出て、4キロほど先のウォール街まで行進を続けた。

写真 ウーメンズマーチ1

「私の選択!私の選択!」「後戻りするな!」「トランプ氏はレイシスト!」

男女平等やマイノリティーの地位向上に努めてきたギンズバーグ最高裁判事だが後任の判事には、保守派のバレット氏が承認された。9人の最高裁判事のうち、思想的な色分けで見ると保守派が6人、リベラル派が3人という構成となった。最高裁判事は終身制であるため、リベラル側には今後数十年にわたり保守派の支配が続くという懸念がある。次の大統領が誰になるかよりも「米国の未来」に大きな影響があるという指摘すらある。

写真 ウーメンズマーチ 故ギンズバーグ氏ボード

このほか、デモでは、人工中絶禁止への反対や人種差別問題を訴える声が上がった。このデモから見えた争点は、「最高裁判事承認」「人種差別」「人工中絶問題」などだ。

最新の世論調査によると、有権者が重視する争点は、支持政党によって順位は異なるものの全体では、①経済 ②医療 ③最高裁判事承認 ④新型コロナ ⑤外交 ⑥人工中絶となっている。(「ピュー・リサーチ・センター」10月調べ)


■TV討論会 トランプ氏の「成果」とは?

写真 第2回TV討論会①全体

何を争点にして、投票するのか?有権者が自らにとって重要なテーマを選び、候補者の主張や報道などから判断材料を集める。そのうえで、どちらの候補者に未来を託せるかを決めるということだろう。
その判断材料という意味で、最も重要な機会が、最後のTV討論会だった。なぜ最も重要なのか?米国のメディアは、保守派とリベラル派の二極化が進む。共和党支持者の主なニュースの情報源は保守的な論調が強いFOXニュースなどで、一方の民主党支持者は逆にリベラルな立場からの報道が目立つCNN、MSNBCなどに依存しているという調査がある。主なテレビ局としては、3大ネットワークに加えて、24時間ニュースが3チャンネルあり、多くの新聞やネットニュースもあるが、市民の接する情報は自らの党派性に合うものに偏っているとされる。
さらにTwitterやFacebookなどのSNSでも、自分が共感、共鳴する情報ばかりに囲まれる〝フィルターバブル〟の弊害も指摘される。例えば、主にCNNやMSNBCを視聴する人は、トランプ大統領の遊説をまとまった形で聴く機会はほとんど無い。逆もまた然りだ。こうしたメディア環境からも、双方の主張を同時に聴く討論会の役割は、これまで以上に増していると言っていいだろう。
ただ、前回の第1回討論会は史上「最悪」とされ、前回のnote(『〝史上最悪〟のTV討論会~本当の問題点とは?』)に記したように、特にトランプ氏の発言や振る舞いに大きな問題があったが、今回はやや様相が異なった。
大統領討論会委員会は各テーマの冒頭、候補者の持ち時間である2分間、相手候補のマイクを切るというルール変更に踏み切った。前回の批判を受けて、両者ともに比較的冷静な議論となった。特にトランプ大統領は、司会者からの質問に礼儀正しく「ありがとう」と言い、また発言を制止されると自ら押し黙ることもあった。前回があまりに酷かっただけに、こうした対応もできるのか、と好印象を与えた可能性もある。
だが、それ以上に一定の効果があったと見られるのは、トランプ氏が討論のなかで、巧みに設定した米国の将来に対する、AかBかの〝二者択一〟だ。これまでも、遊説で繰り返してきたものも多いが、バイデン支持者や無党派層、まだ投票先を決めていない人々に届く機会となった。トランプ氏の討論のなかから、抜き出してみたい。

写真 第2回TV討論会②トランプ1

【新型コロナ】
●トランプ氏
「私たちは、国を開けなければならない。閉じたままにしておけない。大規模な経済がある、大規模な国なのだ。人々は仕事を失っている。自殺している人もいる。かつてないほど、うつ病やアルコール、薬物依存も起きている。虐待、大変な虐待もある。我々は国を開けなければならない。彼(バイデン氏)は国を閉めたがっている」

ここで、設定された二者択一は、<A:経済再開 or B:都市封鎖>という問いだ。
しかも、Bには「失業、自殺、うつ病、薬物依存、虐待が増える」という〝脅迫〟を紐付けている。「ニューヨークはゴーストタウンだ。レストランは潰れている」という言葉も付け加えた。バイデン氏は、「安全に再開すべき」と主張しており<無責任な再開 or   安全な再開>が正しい問いだが、トランプ氏の設定は、脅迫が伴っているために、強い印象を与える。

【医療保険制度】
●トランプ氏
「私はオバマケアを終わらせたい。新しく美しい医療保険を作りたい」「私がやりたいのは、はるかに優れた医療保険だ。はるかに優れた」「バイデン氏がやりたいのは、社会主義的な薬事、医療制度だ。彼は、皆さんのメディケアを破壊しようとしている。社会保障を破壊している。この国全体が落ち込むことになる」

このテーマでは、<A:新しく優れた制度 or   B:現在の制度>という問いだ。米国では、オバマケアなど現在の医療保険制度に不満を持っている人も多い。さらにバイデン氏によって、現在の制度が破壊され、国全体が落ち込むという脅迫も織り込んでいる。
だが、トランプ氏はこれまでもオバマケアに代わる具体的な制度案を示してはこなかった。<A:未知なる制度 or  B:現在の制度改革>という選択だろう。

【経済・税】
●トランプ氏
「我々は減税や規制緩和を続ける」「来年は、米国市場も、最も素晴らしい経済の年になるだろう。我々は皆さんの税を削減するが、彼ら(バイデン氏ら)は税を上げる。分かりやすくないか?この選挙は、〝トランプ超回復〟か〝バイデン不況〟かの選択だ」

大統領選は、毎回「経済」が最重要争点となる。今回は新型コロナと表裏の関係にあるが、トランプ氏が得意とするテーマである。ここでも提示したのは<A:減税 or  B:増税> <A:景気回復 or B:不況>という極めて分かりやすい二者択一。市民にとって「増税」も「不況」も脅迫そのものである。

【人種差別問題】
●トランプ氏
「ドナルド・トランプよりも、黒人社会のために実行した人はいない。アブラハム・リンカーンを除いては。刑事司法制度の改正もした」「刑務所改革もした。オポチュニティ・ゾーンも作った。黒人の大学についても考慮してきた」「黒人の失業率は史上最低を更新した」

トランプ大統領にとって、人種差別問題は新型コロナと並んで、米国の危機を招いた責任を指摘される問題だ。全米で広がった人種差別に反対するBLM運動が高まった際、差別問題には正面から向き合わず、抗議デモに乗じて起きた「混乱」に焦点を当て、火に油を注ぐような行動を取った。
だが、トランプ氏は、この問題に「実績」を強調する形で反論を試みている。トランプ氏が挙げた「オポチュニティ・ゾーン」は、資産売却で得た利益を、指定された低所得地域に再投資した人を税制上の優遇する制度だ。トランプ支持者たちも、こうした実績を高く評価する。そのうえで、トランプ氏は繰り返しバイデン氏を次のように攻める。

●トランプ氏
「オバマ・バイデンはやらなかった。しようともしていなかったとも思う」
「なぜ、4年前にやらなかった?なぜ、4年前にやらなかったんだ?副大統領の時に、なぜやらなかった?やろうとしている、とばかり話し続けている。やろうとしている、やろうとしていると。でも、ほんの少し前に、何もやらなかった」「わかっているだろう、ジョー。君のせいで、私は出馬した。バラク・オバマのせいで、君たちの仕事がダメだったから出馬したのだ。君たちが、いい仕事をしたと思ったら、出なかったよ。決して出なかった」

トランプ大統領は、効果的な〝二者択一〟を示したと言える。それは、<A:実行するトランプ or B:何もしなかったバイデン>である。医療保険問題でも「(バイデン氏が上院議員を務めている)47年間、彼は何もしなかった」と批判した。遊説でも「バイデンの47年よりも、私は47ヶ月で、多くのことを成し遂げた」と繰り返している。確かに、初の黒人大統領であるオバマ氏の政権下でも、こうした人種差別が放置されてきたからこそ、今回火が噴いたのではないか、という指摘にも理がある。これはわかりやすいイメージ戦略だろう。
さらに、トランプ氏は、米メディアの一部が報じた、バイデン氏の次男・ハンター氏がウクライナで汚職事件の捜査対象となっていた会社の役員に就任し、多額の報酬を受け取っていた疑惑について追及。「彼は、腐敗した政治家だ」と主張した。バイデン氏は疑惑を否定したが、これも長く上院議員を務め、副大統領にもなったバイデン氏を古いエリート政治家として、そして自らは既得権益を壊す「アウトサイダー」に位置づけるという、もう一つの二者択一を示したと言える。つまり<A:しがらみ無きアウトサイダー or B:腐敗した政治家たち> である。
2016年は、不動産業界から転身した「チャレンジャー」故に、この構図が効いたのだろう。今回も自分は現職の大統領にも関わらず、政治家47ヶ月の新参者というポジションを取るのは巧妙と言える。また、「何もしないオバマ時代に戻る」という〝脅迫〟も埋め込まれている。

写真 第2回TV討論会④バイデン語り

一方のバイデン氏は、トランプ氏のような〝選択〟を示さなかった。だが、最後に明確に<A:トランプの米国 or B:バイデンの米国>を示して見せた。

●バイデン氏
「私は希望を与えます。〝作り話より科学〟を、〝恐怖より希望〟を選び、前に進んでいきます」「経済を成長させ、構造的な人種差別にも取り組みます。クリーンエネルギーで数百万もの雇用を創出し、経済の原動力にします」「今回の投票で問われているのは、この国の品性です。良識、名誉、尊敬。尊厳を持って人に接すること、チャンスを公平に与えること、こういった、皆さんがこの4年間、得られなかったものを得られるよう約束します」


■〝二者択一〟の押しつけに有権者は?

トランプ大統領は、この他にも、各地で展開する遊説やTwitterで、<A:アメリカ第一 or B:中国の繁栄> <A:警察擁護 or B:警察解体> <A:銃の所持 or B:銃規制>などといった二者択一を示している。有権者が、投票する判断として、この二者択一の思考に陥った場合、<A=トランプ大統領>を選ばざるを得ない問いになっている。Bには、誰もが望まない選択肢を、脅迫とともに示すことで、Aを選ぶように促す戦略だ。バイデン氏と選択肢Bは、決して同一ではない。レッテル貼りや脅迫も多い。しかし、トランプ氏の巧みな演説はそう思い込ませる。しかもAは、トランプ支持層の保守派や宗教右派、白人労働者などに響く選択肢にもなっている。この〝二者択一〟の戦略は、トランプ氏の巻き返しに向けて投票行動に大きな効果をもたらすだろうか。

ただ、トランプ氏にとって大きな陥穽もありそうだ。それは新型コロナ対応をめぐる<A:経済再開 or B:都市封鎖>。確かに失業、倒産、うつ病、アルコール依存などが溢れる「都市封鎖」は誰もが望まない選択肢だろう。経済が回らなければ、暮らしはままならない。「経済再開」という選択肢は正しく映る。ただ22万人が死亡し、880万人が感染したという、世界最悪の感染拡大を米国は経験している。実は8月から9月下旬頃までは、第2波が徐々に収束しつつあり、大統領選の争点としての、新型コロナの注目度が薄れつつあった。ところが、選挙日が近づくにつれて、感染者数は急増し1日7万人を超えている。

写真 米国の感染マップ NYT紙

ニューヨークタイムズ紙によれば、感染者は前の2週間と比べて40%も増加した。死者も増えている。医療態勢が逼迫する地域も出てきた。日本における新型コロナの状況とは大きく異なる。感染リスクに慎重さを欠くトランプ政権の「経済再開」を、そのまま受け入れられない共和党支持者も多いだろう。

トランプ氏が設定する、こうした〝二者択一と脅迫〟について、『リスク 科学と恐怖の政治』の著書がある、作家のダン・ガードナー氏に訊いた。「選挙戦で、政治家が有権者に自分が提供するものと、相手候補が提供するものの、選択肢を提示することは通常のことで、その対比を限りなく強くすることも、良くあること」と前置きしたうえで、こう解説した。

「トランプ氏が違うのは、その選択肢が、〝陽当たりのよい楽園〟と〝世界の終わり〟の違いに聞こえるように、乱暴に誇張された言葉を使ったり、完全な捏造をしたりしていることです。トランプ氏は、全くの恥知らず故に、こうしたことができてしまうのです。大統領在任中、また前の職歴の期間でも証拠があるのですが、トランプ氏が恥を感じることができない、ということが示唆されています。その結果、ウソが暴かれても、彼は心理的に苦しみません。彼にとって、それはどうでもいいことなのです。したがって、どんな時でも、自分の目的に役立つことなら、ほぼ自由に言うことができます。どんなに恥知らずだと考えようとも、私はひどいと思いますが、ある人を公職に就くのに不適格にします。これは、恐怖の政治における有効な武器なのです」

 「恐怖の政治」での武器―。そして、ガードナー氏は結果を案じた。

「この武器が、4年前、トランプ大統領をホワイトハウスに導きました。そして、今回も、彼を、そこに留まらせるかもしれません」

写真 ニューヨーク市の期日前投票 (1)

ニューヨークでも期日前投票が始まっている。初日に投票所に向かうと、長蛇の列ができていた。選挙スタッフの説明では、数時間待ちだという。ニューヨーク州は、バイデン氏の圧倒的な勝利が予想されているが、それでも、数時間かけて投票をしようという姿に、自らの一票への人々の熱意を感じた。
有権者は、政治家が繰り出す甘言にも脅迫にも騙されてはならない。押し付けられた〝二者択一〟にも陥ってはならない。自分の暮らしと社会の未来を誰に託すのか、判断材料を集めて冷静に判断をする。そうした民主主義を支える投票行動が、今の米国で問われている。


萩原 顔写真サイズ小 (1)

ニューヨーク支局長 萩原豊

社会部・「報道特集」・「筑紫哲也NEWS23」・ロンドン支局長・社会部デスク・「NEWS23」編集長・外信部デスクなどを経て現職。アフリカなど海外40ヵ国以上を取材。


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