植木天洋

小説やイラストレーションの作品を日々制作中です。

植木天洋

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マガジン

  • なななななな、なななな。

    ままならぬ感情や個性を持て余す歯車たち。 ないならないで手持ち無沙汰、あったらあったで持て余す。 激しく、時に凪ぐ“感情”について描いた掌編、短編集。

  • 360度ひねくれている。

    ひねくれすぎて一周まわる。 遅れて患った厨二病、口癖は「普通になりたい!」 夢、妄想、現実、ホラー、オカルト、手に負えないモノたちをひねくれて一周まわる解釈をする、ナンセンス・ショートポエム・ワールド開幕。

  • 嗚呼、恐い怖い 2020

    怖いはなし、恐いはなし 嗚呼、恐い怖い コワイはなし、読んでいかんか 嗚呼、恐い怖い コワイはなし、見ていかんか 嗚呼、恐い怖い コワイはなし、やっていかんか

  • 虫のみる夢

  • 吉原歌麿 - 花散里 -

    吉原に 花と散るかな 花散里 市太郎:駆け出しの浮世絵師 花散里:吉原一の花魁 蔦屋重三郞:版元の主人  障子の戸を閉めて数歩歩く。その後おもむろに立ち止まった市太郎はぼんやりと突き当たりの壁を見つめ、長い溜息をついた。その後ろ姿に、先程の威勢はもうない。  「お上手か。確かに、上手にはなったが……」

最近の記事

黒い羽根

 黒い羽根が落ちていた。艶々としていて濡れているようにも見える。足早に皆が通りすぎている合間にも踏まれそうだが、手を伸ばした時は奇跡的に綺麗なままだった。指の先で羽根を拾った。烏の羽根のようだった。  羽根を片手に空を見上げてみるが鳥はいない。もちろん烏もいない。いつ落ちたのだろうか。羽根をポケットに入れると、再び歩き出した。  駅の階段を上がると、乾燥した風が吹き込んでくる。鼻先が一気に冷えて、くしゃみが出た。喉元のマフラーをかき合わせて、急ぎ足に階段を駆け上がる。  風

    • パステル

       パステルがどんどん溜まっていく。目をつぶろうとすると、水っぽい音がしてパステルで塗りつぶされていく。色とともにどんどん溜まっていく。とめられない。どぼどぼという音が鈍く頭に響いて、目の前が塗りつぶされていくのだ。 「起きて」  可愛らしい声がする。愛しくて、懐かしい声。けれど、パステルはどんどん溜まっていく。声が呼ぶほど、パステルは塗られていくのだ。伸ばした手が届かず、吐く息がぶくぶくと音をたてて体が沈んでいく。息が苦しい。パステルでどんどん塗りつぶされていく。  起きて。

      • 都市伝説のホスト -零-

        1  新宿歌舞伎町、眠らない町。街灯と電子看板の明かりに煌々と照らされた路地には、たとえ真夜中を過ぎても多くの人がいる。  しかし少し奥まった路地に入ると突然薄暗くなり、人気がなくなる。メイン通りほどの賑やかさはない。雑居ビルの中にはそれでも無数の細かい店やスナックはあるが、どこかわびしい風情が漂う。  そんなうらぶれた通りに不似合いなスーツの優男が通りかかった。  上品に形よくセットされた髪、スーツは鈍く銀色に光って仕立てがいい。指にはダイヤの埋め込まれた銀の指輪、大きく

        • Glosbe

          「お母さん。僕は旅に出るよ」  そう言った僕を、母はいつもと変わらない目線で僕を観ていた。藍染めの布を縫製しながら「あら、そう」その一言。頼りにならない父親は焼きがまがある山荘に閉じこもっている。僕について、何も考えていないのだろう。母はは少しスタンスは違うが、僕のいう子ことにNOは言わない。昔からそうだ。  高校生になったばりの息子があてのないたびにでるというのに心配しない親がいるだろうか。母親はいつかそうなると思っていたわよ、といった顔で僕を送り出す。いざというときのため

        黒い羽根

        マガジン

        • なななななな、なななな。
          22本
        • 360度ひねくれている。
          3本
        • 嗚呼、恐い怖い 2020
          12本
        • 虫のみる夢
          7本
        • 吉原歌麿 - 花散里 -
          2本
        • 新八吉原細見
          2本

        記事

          the (River) Styx

           起きるのが億劫だった。やることはたくさんあるのに、何も思い出せない。ただぐったりとベッドに横たわって、目を開けることもできない。  今日は何日だろう。何曜日だろう。何時だろう。どうでもいい、もう少し眠りたい。 「起きろ」  男の声がする。僕は目を腕で覆って、その指示を無視した。そうするしかなかった。僕に起き上がる力などないのだから。 「起きろ」  また男の声が指図する。僕は無視を決め込む。それが僕のスタイルだ。そもそもどうして一人暮らしの僕の部屋に男がいるんだ。男の声は低く

          the (River) Styx

          SAYAKO

           山口紗矢子。彼女の名前を思い出したのはずいぶん久しぶりだった。強烈な個性を放っていた彼女はその釣り上がった目でじいっと僕と見つめて、煙草を吸っていた。紅く塗られた唇から紫煙がゆるゆると漏れて出る。それは彼女がまるで仙女のように見せたが、やはりするどい目つきでそれが幻想だと思い知らされるのだ。  僕は喫茶店でぼんやりと本を眺めながら、昔彼女が座っていたソファを意識した。彼女は今でも座っているかのようだ。ウェイトレスがすっとやってきておかわりのコーヒーをついでくれる。ここはおか

          人を殺したかしら

           みんなは私の顔を見て、ひどく驚いた、というか、面白いオモチャでも見つけたような顔をした。女の子たちはあっという間に私を取り囲んで、口々に「似てるよねえ」「スゴーい」「そっくりぃ」と繰り返し言っている。女の子たちの間で何がやりとりされているのかわからなくて、私は少し腹を立てたりもした。  やがて女の子たちのボスみたいな子が「あなたにそっくりな人がいるから、あわせたい」と言い出して、今まで以上にザワザワと女の子たちが騒いだ。  私にはぜんぜん意味がわからなかった。「そっくりな人

          人を殺したかしら

          スプラッシュ

           今日も全くかからなかった。竿はピクリとも動かず、小さく見えるウキが波にあわせてプカプカと揺れている。 「はぁー、なにもかからない……」  堤防の向こうを見ると、同じように竿を突き出した数人の男たちがいる。そちらはどうだろうかと目を凝らしてみたけれど、釣れているのかどうかはよくわからない。  海は澄んでいて綺麗だが、底が見えるほどではない。堤防のそばの浅い箇所には小さな雑魚がうろうろしている。  諦めようかどうか迷いつつも餌をつけなおして、再び竿を振る。オモリは放物線をえがい

          スプラッシュ

          Cinderella shoes

           はじめて行くファッションビルは好きだ。何もかもが新しくて、店舗のスタッフも初々しくて、やる気に満ちている。  新品のペンキや什器の匂い好きだ。  〈できたて〉という感じがするからだ。  目新しいショップが並んで、見ているだけで飽きない。 「靴が欲しい」  フロア二階にわたって広がる真新しいシューズショップで足をとめた。  布、ゴム、皮、エナメル、プラスティック、色々な素材の匂いがする。シューズショップ特有の匂いだ。  今いるのはメンズフロアなので、ゴムや布の匂いが強い。棚に

          Cinderella shoes

          ショッキング・ピンク

          ショッキング・ピンクの髪を逆立てた隣人は不老処置も施さず今では珍しい老人という姿だ。  つまり皺がより、皮膚は弛み、シミがあちこちにある。  しかし彼女は誰よりもパワーとエネルギーに満ちあふれ、何より音楽を愛していた。  しかもパンクロックだ。  今は誰もきかない、攻撃的で激しい音楽だ。  息子と孫は素朴で「いい人たち」といった風だが、彼女だけは違った。  感情が高まるとドラムを一心不乱に叩き、叩き、リズムにのり頭を振るのだ。  こんなエピソードがある。  彼女のルームにシー

          ショッキング・ピンク

          レモン

          「レモンってどう思う?」  不意打ち。ちょうどそう考えていた時に彼女に言われて、僕は牡蠣の殻を掴んだ手をとめた。 「レモン?」 「ええ、レモンよ」  彼女はそう言って、レモンを搾って、生牡蠣をちゅるりと吸い込んだ。そして恍惚の表情でゆっくりと咀嚼する。 「レモンよ」  牡蠣をじっくりと味わって飲み込んでから、彼女が改めて言った。  僕は牡蠣をすすって舌の上で転がしながら、鼻から抜ける潮の香りを楽しんだ。一方で、彼女の質問の意図を探る。  彼女はちょっとした爆弾のようなもので、

          猫とローストビーフ

           秋になり、夜が肌寒くなってきた頃だった。  ちょうどローストビーフの仕込みをしている時に、猫が訪れた。  キッチンにある窓から、部屋の中を覗き込んでいる。  何をしているのだろうと見ていると、何をするでもなく座っている。少しだけ眠そうだ。  鉄のフライパンに牛脂を溶かして、室温に戻して、塩と黒胡椒をふった牛もも肉の表面を一分ずつ丁寧に焼いていた。その匂いにつられてやってきたのだろうか。  不思議に思いながら、仕込みを続ける。肉の表面をまんべんなく焼いたら、二重にアルミホイル

          猫とローストビーフ

          トンネル ―国境(くにざかい)であること―

           私は長い間列車に揺られることになった。  飛行機で向かう方が早い気がするが、目的地は空港からとても離れていて、結局電車とそう変わらない――下手するとそれ以上の――時間がかかる可能性もある。  半分仕事、半分私的な旅行気分で、駅弁など選んで購入し、席についてから穏やかな気持ちで車窓を眺めていた。  景色は全体的に山吹色で、枯れた畑や米を収穫した枯れ草の後が延々と続いていた。  気まぐれのように大きな農家のものらしい家が立っていて、決まっているかのように大きな屋根付きの車庫があ

          トンネル ―国境(くにざかい)であること―

          桐生のこと

           葬式に出た。  クラスメイトだった桐生つかさの葬式だ。  参列した生徒はみんな全員制服を着て、黒いリボンを胸につけている。  親族らしい中年の男女があちこちにかたまり、ヒソヒソと細い声で話し合っている。  話の内容に興味はないけど、葬式に来て何をそんなに喋ることがあるのだろうと思う。  クラスメイトの女子はすすり泣いている奴もいて、ハンカチをくしゃくしゃに握りしめている。  その女子を慰めるように、数人の女子が肩を撫でたり背中を擦ったりしている。  男子はといえば、所在なさ

          桐生のこと

          彼女という痣

           その子には痣(あざ)があった。  顔の左半分を覆うように、青い大きな痣。  生まれつきのものだろうか、それは誰も彼女に聞いたことはなかった。  痣に興味をもって調べてみたら、それは太田(おおた)母斑(ぼはん)というものだということがわかった。  顔面にできる母斑で、メラノサイトが皮膚の深い場所にできるせいで、青痣のように見えるものらしい。  でも僕はあえて〝痣〟と呼ぶことにする。その方が彼女にぴったりなように思えたからだ。  そんな痣がある彼女は、彫りの深いとてもきれいな顔

          彼女という痣

          満月と傷と猫

           満月の夜だった。  夜は好きだ。  静かだし、人は少ないし、空気も綺麗な気がする。  子供の頃、田舎の祖父母の家にいった時のような星空は見えないけど、満月はまん丸くて明るい。  電灯がない道だってほんのりと銀色に輝いているように思える。  満月になると犯罪率が上がる、なんて噂も聞いたことがある。  どこまで信用できるかよくわからないけど、まん丸の輝く月を見ていたら、なんとなくそんな気持ちになるのはわかる気がする。   たす…… かすかに誰かの声が聞こえたような気がし

          満月と傷と猫