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ハノイからホーチミンへ、ベトナム南北縦断の鉄道浪漫旅【DAY23-26】|働きながら世界一周

今回の世界一周旅行で、ベトナムは元々行く予定になかった。

ただ、急遽日本に帰る日程が早まり、次に行く予定だった中国のビザの関係で再入国はできない事情もあり、帰国後の旅程に中国をずらしてベトナムに寄って帰ることにした。

ベトナムといえば、新宿に好きなフォー屋さんがあってよく通っていた。高専のときのクラスメイトはベトナムの国を代表する秀才の留学生だった。最近は経済発展もすごくて、日系企業も多く拠点を持っていたり、アパレルの生産拠点になっていたりもする。

何かと近いこともあって、「いつでも行けるしな」という気持ちで、今回あえて行かなくても良いかなと思っていた。だけど、せっかく行ったら何をやりたいか、と考えたときに、ベトナム鉄道に乗ってみたいと思った。世界の車窓からのファンでもある私からすると、ベトナム鉄道のレトロ感はたまらなかったし、電車から見るベトナムの風景がどんなものなのかも気になった。

ハノイからホーチミンまで、どれくらい時間がかかるのか調べてみると、32〜37時間。1日半。いや実質ほぼ2日に近い。

仕事や時間の制約もあり、その時間ずっと電車に乗り続けることは難しかったので、ハノイからダナンまで夜行バスで移動し、ダナンからホーチミンまではベトナム鉄道に乗ることにした。

ということで、5日間のベトナムの旅を書いていく。


1.失敗続きのハノイ2日間

19時過ぎくらいにハノイの空港に到着し、あらかじめホテルの方にお願いしていた送迎車のドライバーを探す。事前の連絡では、私の名前を書いたボードを持って、到着口で待ってます、とのことだったが、全くそのような人は見つからない。

10分ほど探しまくった結果、空港を出た先に、airpodsで音楽を聴きながら、やる気なさそうにボードを掲げている細身の男性を見つけた。話が違うような気もしたが、とりあえず見つけられてひと安心。

ハノイはとにかく交通量がすごくて、車と大量のバイクが行き交い、お互いにクラクションを鳴らしまくるカオスで賑やかな街だった。ネパールでも思ったけど、何かと海外の人たちはクラクションを鳴らしまくる。

高速から高層ビルが見えたり、街中に入ると、路上のテーブルでご飯を食べたりお酒を飲んだりする人たちもいて、みんな楽しそうだった。

ホテルは質素なシティホテルだったが、オーナーと見られるフロントの方はとても愛想がよく、歓迎してくれた。部屋もアップグレードしておいたよ、と言われた(実際はお湯の出が悪かったりクーラーがつかなかったり、色々あったけど)。

泊まったホテル

このハノイ滞在の2日間、お金に関する失敗を色々やらかした。
そもそも空港で、50万ドン札(約3,000円)を2枚おろしたのが間違いだった。

1日目、お腹がすいてホテル近くのコンビニでおにぎりと飲み物を買ったのだが、50万ドン札を出すと、嫌な顔をされる。それでもお釣りを渡してもらって、ホテルに帰ってお金を確認すると、お釣りがおかしい。なぜか先ほど50万ドンあったのに、4万5000ドンくらいしか残っていない。店員さんが桁を間違えたのか。そんなことあり得るのか。悪意があって、単純にお金を奪われたのか。コンビニに言いに行こうか。
自分でも何が起きているかわからなかった。
さんざん悩んで、結局言いに行っても証明できるものはないし、失敗学び料だと思って諦めることにした。

それにしても、やっぱり大きいお札は嫌われるんだな。日本で1万円札が嫌われるのと一緒だけど、日本ではお釣りを間違えられるなんてほとんどない。

次の日の朝、ホテルの近くのバインミーを食べに行こうと思っていたが、屋台に近いような現地のお店だったので、おそらく50万ドン札は拒否されるだろうと、わざわざ1度カフェによってから、お店に行った。
練乳入りの甘いベトナムコーヒーは美味しかったし、お店もオシャレで素敵だったけど、50万ドン札を出したらやっぱり嫌な顔をされた。

ベトナムコーヒーを飲む
コーヒー屋さんからの景色

バインミーも無事に買えて、周辺を散歩し、ベトナム軍事歴史博物館を外から眺めて(本当は行きたかったけど行けなかった)、かつてベトナム王朝があったタンロン遺跡を遠くから眺めて、ホテルに戻ることにした。

街中を線路が通る
ベトナム軍事歴史博物館
タンロン遺跡

10時から打合せの予定で、時間を優先してタクシーに乗ることにした。タンロン遺跡の前にちょうど車が停まっていて、ラッキーと思い乗り込んだ。
妙にお金がかかっていそうな内装。よく喋る運転手。メーターはない。
怪しいとその時点で思うべきだったのだけど、いわゆるお金をぼったくるで有名な白タクだった。車で5分くらいの距離で、絶対に10万ドンせずに乗れたはずだけど、25万ドンを請求されて、しかもおそらくお釣りもちょろまかされた。
ベトナムに来たばかりで、通貨のレート変換が頭の中でごっちゃになってしまっていた私は、何が正しくて何が間違っているのか、判断する頭もコミュニケーション能力もなく、無力だった。

気づいたら1万円近く、ハノイに来てお金を消費していた。

しまいには、ATMでお金をおろそうとしたところ、挿入したクレジットカードがATMから出てこなくなった。

最初は訳がわからず、いろんなボタンを押したり、銀行のコールセンターにATMから電話しようとした。ただ、そもそもATMのコールセンター用の受話器は壊れていて繋がらなかったし、何をしても私のクレジットカードはATMから出てこなかった。

気づいたら、ATMの前には、お金をおろそうとする外国人観光客の列ができていた。一旦ATMを離れよう。
そうして、他の人がお金をおろす様子を見ていたのだが、問題なくATMを使えている。一連の現象の要因がわからず、藁にもすがる思いでネットで調べてみると、「ベトナムのATMで、カードが吸い込まれて出てこないことがたまにある」との書き込みやブログが。なるほど、、先人の方々の体験談は本当の貴重だ。しかも、銀行に行っても、カードを返してもらえないことが多い、と。

結果、私は吸い込まれたクレジットカードを諦めることにした。ちょうど日本に帰るタイミングだったし、再発行すれば問題ない、と冷静に前を向こうとした。正直いろんな失敗続きでもう自分のことを嫌いになりかけていたが、前を向くしかなかった。

こんなにトラブルが起き続ける街は嫌いだ!バイクも多すぎて街が歩きにくい!等の文句が頭の中を駆け巡った。でもそれは自分の失敗を自責する気持ちを外部に向けているだけであって、そういう理由で本来の街の魅力を楽しめないのは勿体無い。

その後仕事をするために行ったカフェのコーヒーは美味しかったし、路上席で食べた200円くらいのトマト酸辣麺(米麺)も最高だったし、
紫の百日紅が咲き乱れ、スコールのような大雨が降ったあとのハノイの街は美しかった。

トマト酸辣麺のような。お肉と揚げが入っている


お店に並ぶランタンたち
百日紅が咲き乱れる

短い間だったけど、ありがとうハノイ。そんな気持ちで、ホテルに荷物を取りに行き、夜行バスに乗るためのトラベルセンターに向かった。

2.束の間のダナン滞在

トラベルセンターから、ミニバスに乗る。乗客をいくつかの拠点でピックアップし、夜行バスが出発するバス停へと向かう。ミニバスの中には、1人旅の旅行者が何人かいた。私の席の後ろで、お互い1人旅の欧米人の旅行客が英語で旅話をしていて、私もこれくらい英語が流暢に喋れたらいいのになあと思った。

そしてバス停で夜行バスに乗り換える。寝台列車ならぬ寝台バス。3列シートで、座席が2段ベッドのようになっている。私は上段だった。

バス車内

18時くらいにバスに乗り、ここから朝9時までの長時間移動。バスに揺られながら、車内のトイレの壁に頭をぶつけそうになったりもしたけど、陸路の移動はやっぱり道のりも含め、私は好きだ。真っ暗な車内で、何も見えない外を見ながら静かな夜は過ぎていき、いつの間にか眠っていた。

次の日の10時ごろ、予定より1時間以上遅れてダナンにバスは着いた。その日の15時にはベトナム鉄道に乗る予定だったので、シャワーや洗濯や仕事をまとめてやるために、予めairbnbで部屋をとっておいた。airbnbのオーナーの女性は良い方で、事情を話すと本来14時のチェックインの時間を早めてくれた。

バス停にいたバイクドライバーのおじさんに乗せてもらい、airbnbのゲストハウスに移動。そこから怒涛の作業やミーティングをこなし、お昼ご飯を食べるくらいしか観光らしいことはできなかったけど、リゾート地らしさもあり、ゆっくりとした時が流れる街だった。

airbnbの部屋

3.きっと忘れない、ベトナム鉄道

そしていよいよワクワクのベトナム鉄道。ダナン駅はこじんまりとした駅で、改札を入ると鉄道に乗る老若男女の乗客たちが荷物を抱えベンチで待っていた。電光掲示板のようなものに、列車のNoとホームの番号、出発時刻が書いてあって、私が乗る電車はまだ到着していないようだった。

駅の待合室

15時5分ごろになって、ホームまでの通路が開放され、電車がホームに走ってくる。ベトナム鉄道の車両は基本中国や海外から輸入しているものが殆どで、全体的に古さを感じるけど、それが良い味を出していた。

電車と乗客たち

今回私はせっかくなら、と一等車を予約していた。キャビンと言われる個室には2段ベッドが2セット、合計4つベッドがあって、席が空いていれば一般的には下段のベッドが人気なようだ。私も下段ベッドを予約していて、同じキャビンにはベトナム人のおじいちゃんが一緒だった。

キャビン内

列車は、出発の汽笛のようなものを鳴らして、ゆっくりと進み始めた。

最初は、住宅街や街中を走っていたが、徐々に家が少なくなり、青々とした野原や田んぼのような景色に移り変わってくる。

車窓からみる景色

のどかな自然に、ほのかに赤く染まった夕空を見ながら、電車は進んでいく。たまに悠々と流れる川や蓮の花が咲いた池が見えたりもした。

車窓からの景色

そしていつのまにか空は暗くなり、夜になる。
列車の車内販売で、フライドチキンライスのディナーが販売され、5万ドンでそれを購入した。隣のおじいちゃんは何も食べず、静かに目を瞑っていた。

夜ご飯

電車の中には、コンセントや小さい机もあって、Wifiさえつなげば仕事もできる。私はiPhoneでテザリングをしながら、仕事をしていた。

ちょうどYoutube編集

ここで、最大のピンチが訪れる。iphoneの充電が少なくなっていたので、充電をしようとしたところ、充電できない。何度もケーブルを差し直しても、iphoneを再起動しても、充電できない。私のiphone12はだいぶバッテリーも弱っていたし、水濡れしたあとに充電したりもしてしまっていたので、ついにバッテリーがいかれたのかと最初思った。

「もしiphoneが壊れてしまっていたら」頭の中でif構文とその場合のアクションのプログラムが一気に作られる。たとえば、ホーチミンについて、新たにiphoneを買うとか、iphoneのバッテリーを修理しにいくとか、色々アクションは考えられたけど、どう考えてもめんどうくさいし、何より明日の11時にホーチミン着の予定でそれまで全く仕事ができないのも困る。もう仕事先の人たちにごめんなさいをして、すべてを投げ出すか。
こういう時は一旦落ち着いて時間を置くのが1番かもしれない。「とりあえず寝よう笑」と諦め、一眠りをした。この時点で夜の19時過ぎ。

目が覚めると時刻は0時を過ぎていた。iphoneの充電は残り4%。
ほんの一筋の可能性を信じて、再度ケーブルにさすけど、やっぱり充電できない。iphoneではなく、ケーブルが壊れている可能性も0ではない。でも検証もできない。

こうなってくると、隣のおじいちゃんに、充電器を持っているか、聞いてみようか。見る限り、iphoneは持っていそうだけど、荷物はボストンバッグ1個で、充電器を持っているかわからない。そもそも英語が通じるかもわからない。

そんなこんなで迷っているうちに、列車はどこかの駅に停車をして、おじいちゃんは降りて行った。そしてキャビンの中は、私1人になった。

チャンスを逃してしまった。どうしよう。部屋に1人取り残されたのもあり、急に正体がわからない不安に襲われる。

駅員さんなら、もしかしたらiphoneの充電器を貸してくれるかも、と思い、とりあえずキャビンを出てみることにした。深夜の0時過ぎの列車内は静まり返っていて、しばらくウロウロしていると、細身で少し猫背気味のベトナム人男性が通路を通り過ぎようとした。駅員さんではなさそうだったけど、背水の陣で、「Excuse me」と話しかけてみた。「Do you have iphone charger?」
最初その男性は困った顔をしていた。どうやら私の言っていることがわからないようだ。必死にiphoneを指差して伝えると、何かベトナム語で喋った後に「ついてきて」というジェスチャーをされる。ついていくと、列車の洗面所エリアにあるコンセントにiphoneの充電ケーブルがささっていた。神、、!

そして、私のiphoneをその充電ケーブルに挿してみると、うんともすんとも言わなかったiphoneに充電されている表示がされた。よかった、ケーブルが壊れていただけだったんだ。

どうやら彼のiphoneも充電がないらしく、交代しながら充電をしようと言われた(と思う。正確にはベトナム語でよくわからなかった)。そして彼は、そこでタバコを吸いながら、iphoneをいじっていた。私は自分のiphoneを一旦そこに預け、自分のキャビンに戻ることした。

少しベッドで休んで、1時間後にその場所に行くと、結局私のiphoneの充電ゲージはほぼ先ほどと変わっていなかった。おそらくケーブルの性能があまりよくなく、充電に時間がかかる上に、彼のiphoneを優先的に充電していたらしい。
またベトナム語で何かを言われた。どうやら、しばらく充電したらケーブルを貸すから、座席の場所を教えろと言っているみたい。お互い全く言語がわからないのに、コミュニケーションが成り立っているのがすごい。

自分の座席の場所を伝えて、1時間くらいすると、彼が充電ケーブルを貸しにきてくれた。

無事に充電もできて、仕事をしていると、相変わらず通路の前を彼がウロウロしていた。そして、またベトナム語で何かを言われたのだけど、おそらく私のキャビンの空いているベッドを使っても良いかということだと理解した。

彼は彼で、自分の座席を違う人に占領(?)されて困っていたらしく、だから洗面所にいたり通路をうろうろしていたらしい。私のキャビンには新しい乗客もこなさそうだったので、勝手に快諾をした。彼は「危なくないからね」と前置きをして、荷物とともにやってきた。

私はiphoneが充電できたので、安心して仕事することができて、彼は寝床が確保できて安心して眠ることができた。Win-Winの関係性。快く充電器を貸してくれて本当に感謝しかない。

だんだん空が明るくなり始めた。長い戦いの夜を越えて、朝がきたようだった。充電器の彼はずっと眠っている。
時刻が9時を回ると、焦ったように彼は起きて、友達に電話をしていた。乗り過ごしたのかなと思ったけど、降りる準備をするわけでもなかったから、どうやら違うらしい。

そして、私たちはGoogle翻訳を使って、ぽつぽつと会話をした。
旅行ですか?何日ベトナムにいるのですか?1人ですか?ホーチミンまで行くんですか?寝床を貸してくれて助かりました。こちらこそ充電器を貸してくれて助かりました。あなたは勇気がある女性ですね。ありがとうございます。名前はなんですか?ジャンと言います。

会話をしたいという気持ちがあれば、言葉が通じなくても会話ができるのだと思ったし、今のところベトナムで比較的さんざんな目に遭ってきたのもあり、温かい会話に心がほっとした。距離感も心地よい。

そんなこんなでゆるっとした時間が過ぎ、時刻は11時。もうすぐホーチミン。車内放送はベトナム語だったけど、ホーチミンにつく際に、ジャンが教えてくれた。
別れ際に、「これからの旅路の安全を願っています」とジャンは言ってくれて、私は「(ありがとう)」と伝えて、お別れをした。

約18時間の旅路で色々あったけど、素朴で美しい景色と温かい人との出会いで、忘れられない鉄道旅となった。

4.ホーチミンの夜を堪能

朝から何も食べていなかったので、ホーチミンについて、何かを食べることにした。

鉄道の夕ご飯でフライドチキンライス(ベトナムではコムガーというらしい)が出たのだが、正直チキンも冷えていたし、食べれる肉の部分も少なく、とても美味しい!とは言えなかった。街を歩いていていると、骨付き鳥を揚げたフライドチキンが店の前に並べられているコムガー屋さんがたくさんある。そこで初めて、ベトナムの中でスタンダードな料理なのだと認識した。そして美味しそうなチキンに惹かれ、お店に入ってみた。

相変わらずベトナム語はわからないので、適当にそれっぽいメニューを選ぶ。38,000ドン(250円)くらいだった気がする。炒められたごはんに半身のフライドチキンと野菜、スープがついてくる。フライドチキンは皮がさくさくで、食べ応えがあり、美味しかった。

コムガー、めっちゃ美味しかった

お腹も満たされて、ホテルに向かう前に、充電器を購入し、カフェで仕事をした。日本のコクヨが運営をする文具カフェというところで、電源もWifiもあって、仕事をするのに最適だった。店員さんは全員ベトナムの方だったけど、ちょうど私がいたときは日本人らしき社員の人が、従業員の面接をしていた。

その後Grabでタクシーを呼んでホテルに移動。Grabは1度使い始めたら便利で、予め決められた金額がカード決済されるので、変なぼったくりもなく現金も必要ない。改めて情報や事前調査は大事だと思った。

初めてにして最後のホーチミンの夜。ここ最近は体調もあってあんまりお酒を飲んでなかったけど、無事に移動できた達成感も兼ねて、ベトナムビールを飲もう。

ホテルはホーチミンの繁華街に近く、少し歩くとブイビエン通りという観光客が多く集まる通りもあった。その付近でベトナム料理とビールが楽しめそうなお店を探して、サイゴンビールと、揚げ春巻き、フォーを頼んだ。路上席に座り、サイゴンビールを瓶のまま喉に流し込む。うまい。フォーのスープは出汁が効いていて沁みる味だったし、揚げ春巻きはおつまみにちょうどよかった。

賑やかな通り
フォーと揚げ春巻き、ビールを飲む

少し周辺を散歩してからホテルに戻った。夜21時ごろでも、街中には多くの人がいて、やっぱりベトナムの夜は賑やかだった。相変わらず大量のバイクが街中を走っていて、横断歩道が渡りづらかったりするのはあまり変わらないけど、ホーチミンはハノイより街が整備されている印象を受けた。

街中を走る大量のバイク

次の日、お昼すぎにホテルの近くのバス停から、ホーチミンの空港に向かう。バス料金は5000ドンとかで、日本円だと30円くらい。安い。ちゃんとバスに乗れるか不安だったけど、問題なく乗ることができた。途中、ちょくちょく見える高層ビルを眺めながら空港に向かった。

バスから見えるビルたち

5.ベトナムまとめ

たったの5日間の短すぎるベトナム滞在。観光地や景勝地にはあんまり行けていないし、お金のトラブルも経験したけど、ベトナム鉄道にも乗れたし、現地のグルメも楽しめたし、心温かいベトナム人にも出会えたし、終わりよければ全てよしな旅路となった。

本当に途中ベトナムを嫌いになりかけていたかもしれない。街中は大量のバイクでカオスだし、何かとクラクション鳴らされたりタクシーの勧誘もすごい。さらにお店で大きいお金は使えないし、カードも使えないお店が多いし、現地の人ともうまくコミュニケーションとれない。

でも1度人間は学ぶと、その環境で生きるための手法を身につけることができる。全て対策や心づもりができていれば、怖いことなんて何もないのだ。

また一歩強くなることができたベトナム滞在だった。
次の旅は中国から始まります。

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