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【WE R!感想文】空間の使い方から見えてくる「日向坂=ルネサンス」

 自分が進む道について迷ったとき、その答えを持っているのは過去の自分自身なのかもしれません。ですが、それを教えてくれるのは思いがけない存在だったりします。

日向坂46展「WE R!」の感想文を書きます。個人の感想です。ネタバレを多分に含みますので注意です。


WE R!における年表の役割

 WE R!では壁にグループの歴史を示す年表が貼られており、進路に沿って結成から現在まで時間が進みます。自分が知らない年代については勉強しながら進み、知っている時代についてはある種の答え合わせをしながら進む。そうしているうちにあの年表は全ての情報を網羅しているわけではないことに気がつきます。それどころかグループにとって大事な出来事も省かれていたり、ラジオ番組によって書かれていたり書かれていなかったりなんかもあります。誤解を恐れずに言うと不完全な年表だったのです。ならあの年表はどんな役割を果たしていたのか考えます。

 もし年表の情報価値がWE R!の目玉であるならそれは悪手であるはずが、WE R!では写真の撮影、アップロードまで許可されています。つまり、あの年表に書いてある「情報」や「並べ方」は知的情報としての価値はそこまで期待されておらず、別の役割を果たしていると考えたのです。
 なぜ写真撮影は許可されていても動画・音声の撮影・録音は禁止されていたのか。その疑問に対しては「視覚ではなく聴覚や空間的な広がりで楽しませてくれるんだろうな」と思っていましたが、今となっては甘い考えだったのかもしれません。

WE R!における空間的広がり

 じゃあ年表は一体なぜ情報としての価値を日々すり減らしながら部屋の壁に貼ってあったのか。それについては会場である六本木ミュージアムの建築物自体の特徴と、それに最適化されるように配置され、一つの空間として成立しながらも閉ざされず連続している空間構造に答えがあります。
美術館・博物館建築は

・接室巡回形式(一筆書き型)
・ホール接続形式(中央ホール型)
・廊下接続形式(中央ホール廊下型)

の3形態の巡回形式があり、上から下に建築物の規模が大きくなります。今回のWE R!では小規模な建物だったため1つ目の一筆書き型が採用されていました。また、WE R!だけの特徴ではありませんが部屋ごとに時代に合わせて独自のデザインが施されていながらも順路がハッキリしており、連続した空間をつくることに成功しています。

ここで大きな役割を果たしているのが年表です。あの場所において年表は情報価値の視点では重要視されていませんが、その空間がどの時代の話をしているのか、次にどこに進めばいいのかを示す時計のような役割を果たしていました。これにより空間の中に”時間”を投影することができ、展示の全体像が見えてきます。

メインテーマを示唆する紙飛行機


紙飛行機を見つめるみーぱんとそれを未来に向かって投げる京子さん
紙飛行機は仕切られた空間を横断するように部屋を跨いで飛んでいく

 WE R!では序盤にひらがなけやきの空間が2つあります。章立てで言えば2章までです。そして2章と3章の空間の境目、つまり日向坂46に改名した瞬間に京子さんが紙飛行機を投げます。ここで投げている方向は年表が年を経ていく方向であり、ここでも年表がしっかりと空間の中に時間を埋め込んでくれています。

この紙飛行機はどこに向かって、どんな思いを込めて投げられたのでしょうか。

 3章の題名は「上昇気流の少女たち」。ここで紙飛行機を飛ばすとグループの勢いを表すように空高く舞い上がっていきます。期間は1枚目から4枚目シングルまででした。

 次の4章「頂きのヒル・クライマー」でも紙飛行機は飛び続けています。この章はコロナ禍のはじまりから念願の東京ドーム公演を達成するところまでが対象範囲でした。しかし紙飛行機が着地した様子はありません。つまり、デビューした瞬間に未来に向かって投げられた紙飛行機は東京ドームを目指していた訳ではなかったということです。

アイデンティティ拡散

 ところが5章「未来を見つけに行く人」では紙飛行機の姿が一時的に消え、少し不気味なメンバーの話し声が聞こえるようになります。途切れ途切れで喋るメンバーが入れ替わり、何やらトーンも楽しそうなものではありません。

 ここでは主に東京ドーム後のグループとしての葛藤や、4期生が入ってきたことによる環境の変化に対する思いが語られていました。
特筆すべきは小坂菜緒さんのここ

見つけに見つけた結果分からなくなってしまった。探しに行きすぎてしまった結果迷ってしまった。

という部分。ここをどう受け取るかは様々であると思いますが、私はグループ全体の進む道と「らしさ」「アイデンティティ」に関わる部分だと受け取りました。東京ドームという目標を目指してがむしゃらに頑張ってきたグループでしたが、達成してしまえば自分たちが何者なのか分からなくなってしまった(アイデンティティ拡散的な状態)ということです。そして探そうとすればするほどドツボにハマって抜け出せなくなる。もちろんファンの中ではずっと変わらず持ち続けているイメージやあるべき姿像は存在していましたが、グループの立場やメンバーの立場に立つと同じことを続ける難しさやその不安に悩んだ可能性もあります。「未来を見つけに行く人」という題名の通り、未来を見失っていた期間なのかもしれません。

「イメージの広がり」は「アイデンティティ拡散」的にも読める

第6章 紙飛行機の着地点


ひら砲が紙飛行機をキャッチする
「私たちは……!」

第6章、「日向坂46」で紙飛行機が再登場し、キャッチされます。年表で言えば2019年3月~2023年11月の期間飛んでいたことになります。

突然、過去から紙飛行機が飛んでくる。
「WE R!」。すなわち「私たちは……!」という問い。
私たちはどうなりたいのか、過去の自分から現在の自分が問いかけられる。
その魂を受け取り、未来に向かって走り始める!

アツい。全てを回収しました。

 精神分析学で知られる心理学者のエリクソンの言う「アイデンティティ」の構成要素の一つに「連続性」があります。これは時と場合に関わらず自分が自分であり続けるという一貫性のことを指しており、これを含むアイデンティティが不安定になった状態を「アイデンティティ拡散」と言います。5章の年表にあった「イメージの広がり」はこれを指しているのではないかと思います。

 WE R!において2019年のデビュー時に飛ばされた紙飛行機はずっと日向坂46というグループのアイデンティティを運び、その「連続性」を担っていました。しかし、東京ドーム達成後の2022年4月からはその紙飛行機が消えたのか、見えなくなったのか分かりませんが「アイデンティティ拡散」的な状態に陥ります。

 そこで突然過去からアイデンティティを乗せた紙飛行機が飛んでくるのです。
でもその中身が何なのかは分かりません。もしかしたら「WE R!」「私たちは……!」と問い続けること自体がアイデンティティだったのかもしれません。

日向坂46=ルネサンス

 中学社会や世界史で習った「ルネサンス」は「文芸復興」と訳されていたような記憶があります。これは簡単に言えば中世ヨーロッパにおいて紀元前のギリシア文化やローマ文化を復興させようとする運動でした。

 今回のWE R!に副題をつけるなら「日向坂46=ルネサンス」だと思います。WE R!は一度見失ったデビュー時のアイデンティティをもう一度復興させる過程を空間に時間を埋め込むことで表現した展示でした。

 そして5月8日にリリースされる「君はハニーデュー」はメンバーも口々に「原点回帰」と言っているように、そのアイデンティティをメロディに乗せたような楽曲でした。それだけでなく、原点に立ち返りながらも新たな色を見せてくれている点でかなりルネサンス的であると言えます。

アイデンティティの中身

 これの表現ついて考えながら展示のゴールにたどり着くと、紙飛行機をキャッチした平尾帆夏ちゃんが最後の壁に刺したフラッグに全ての「問い」に対する答えが書いてありました。ひら砲、賢すぎる。ここでは「アイデンティティ」を「らしさ」と言い換えて書かれています。
 野暮なことはしたくないので写真に撮ってはありますがひら砲のフラッグはここには載せないでおきます。ぜひ実際に見てほしい。


個人的な考え

「じゃあその紙飛行機は何なんだって」と言うと、4期生だと思います。アイデンティティが確立された状態で新しいメンバーが入るとアイデンティティの崩壊に繋がりかねません。ですがアイデンティティが確立されていた時期のグループに憧れて、アイデンティティが拡散しているグループに入ってきた4期生達は、そのアイデンティティを外から教えてくれた紙飛行機のような存在でしょう。新参者で先輩メンバーが自分たちの過去を4期生に重ねていたことからも4期生がグループに持ち込んだ大きすぎる手土産の存在がうかがえます。

おわり

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