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HOUGA コミュニケーションプランナー 内田麻菜美 -TDP生のストーリーマガジン【com-plex】 Vol.5-

デザインだけではない、これまでの経験が活きていく。東京デザインプレックス研究所の修了生を追ったストーリーマガジン「com-plex」。

今回ご紹介するのは、ファッションブランド「HOUGA(ホウガ)」のコミュニケーションプランナーとして活躍する内田麻菜美さんです。内田さんはHOUGAでの企画・運営やSNS運用、クリエイティブ制作に携わる一方、フリーランスとしても、ポップアップイベントの企画やクリエイティブディレクション、グラフィックデザインなども手掛けています。今回は、内田さんにHOUGAのコンセプト設計や今後の展望、自身の制作に対する想いなどについて、お話を伺いました。



幼い頃に好きだったものを、大人になってもーー

――「HOUGA」のコンセプトについて教えてください

HOUGAのコンセプトは「Unbirthday Party Dress」です。なんでもない、ただの日常。そんなありふれた日常でも、好き勝手に着たい服を着る。そうした自分の日々の感覚を楽しむことを大切にできる洋服づくりを目指しています。

いまの世の中は、多くの“決まり”にあふれています。なかにはなんの根拠にも基づかず、成立してしまっているものもあります。女性はこうであるべき。男性はこうであるべき。これは母親の役割。それは父親の役割。そうした世の中にある勝手な決まりや枠組みのようなものを一度捨てて、いま、自分は何を感じているのか、自分が心地よいと思う感覚とは何か。

HOUGAでは、言葉にできない感覚を大切にして、それを楽しめるようなブランドでありたい。だから、HOUGAには着方が決まっていない洋服も多いです。

HOUGA コミュニケーションプランナー 内田 麻菜美さん

――いま、着ている洋服もHOUGAの商品ですか?

はい! この洋服もいろんな着方ができるので、そのときの気分で着方を変えています。ほかにも、大人が着たらトップスになり、子どもが着たらワンピースになる。そんな洋服もあります。それは、子ども用の洋服を作っているわけではなく、「だれが着てもいい」。そんな、洋服になります。

感覚は日々変化するものです。「なんか今日の自分、いつもとちがう」。多くの人がそのような感覚を経験したことがあるはず。それは悪いことではなく、むしろとても大切な感覚だと思います。変わっていく感覚を楽しむ。そのときの気分で楽しめる。それはHOUGAでも大事にしている考え方です。

【HOUGA 2023 s/s Collection "MY WILL, OUR WILL"】

――HOUGAはどのように生まれたブランドですか?

HOUGAは、デザイナー石田萌が2019年に立ち上げたブランドになります。当時、広告代理店に勤めていた私は、会社の仕事とは別に、若手のアーティストたちとの展示の企画を手掛けていました。そのときに、デザイナーの彼女に出会いました。当時、HOUGAは彼女がひとりで小さく運営していたブランドでしたが、話を聞いていくうちに「Unbirthday Party Dress」というコンセプトにとても共感をしました。

特に彼女が言った「幼い頃に好きだったものを、大人になっても、ずっと好きでいてもいいよね」という言葉は今でもはっきりと覚えています。「私にもそんな感覚があるな」って。そして、何よりもデザイナーの作り出す、とても自由でまるで生きているかのようなお洋服たちの一ファンでもあり、そこからもっとこんなことやりましょう!などとお話をしていくうちに、HOUGAの運営に参加することになりました。


ブランドコンセプトの言語化

――HOUGAにおける、内田さんの役割はなんでしょうか。

HOUGAでは、ブランドをどのように見せていくか。どのような企画を開催するのか。ブランドのコンセプトを伝えるためには何が必要か。SNSなどを活用した情報発信や広報活動を含めた、ブランディング部分のプロデューサー的な役割を担っています。ただ、最近では自分の肩書を「コミュニケーションプランナー」と捉えるようにしています。洋服を購入するお客さまはもちろん、取引先との仕事もコミュニケーションがあってこそ。その大事なコミュニケーションを形づくる役割になれたらなと思っています。私は人の感覚や感情、想いを言語化する架け橋になりたいと思っているので、コミュニケーションプランナーという肩書はしっくりきています。といっても、肩書に囚われるような仕事にはならないように気をつけています。

――HOUGAでの印象的だった仕事はありますか?

ブランドのコンセプトを設計したことが、もっとも大きな仕事だったと思います。HOUGAと出会った当初から「Unbirthday Party Dress」という言葉はありましたが、それをブランドとしてまだうまく言語化しきれてはいない状態でした。そこでコンセプトについて、デザイナーと時間をかけて何度も何度も(というより日々)話し合いました。もちろん、手元にあるいろんな作業を進めながら、およそ1年間かけて一つひとつの想いを言語化していきました。また、HOUGAではコレクションごとに、デザイナーが1人の主人公を描き、その主人公が抱えている感覚や感情を深掘りしていくことで、着る人が自分の感覚を大切にできて、心地よいと感じる服を作っています。今後も「自分の感覚を大切にする」というブランドの大切にしている部分をぶらさずに持ちながら、変化し続けるブランドであれたらいいなと思っています。


自分が好きな感覚を知るために

――TDPに入学したきっかけを教えてください。

大学卒業後、洋服に関わる仕事がしたいという想いから、百貨店の社員としてファッション業界に入りました。しかし、洋服が売れない現状を目の当たりにして、「好きな洋服をどうにかして救ってあげたい――、自分で動ける力をつけたい」と感じるようになりました。

当時、転職を考えるタイミングで、美大に入学することも検討しました。以前から、美大に入りたいという気持ちもあったので……。でも、今から美大に通っても、自分が何になりたいのかわからないので、もう少し制作に近いところで働きながら、自分でも制作スキルを身につけたいと考えるようになりました。そして調べているうちに、働きながらも通える学校として、TDPにたどり着きました。その後、広告代理店へ転職し、自分でも表現したいという想いが強くなり、TDPのMacDTPデザイン総合コースに通いはじめました。

――TDPでは何を学びましたか?

授業では、グラフィックのスキルだけでなく、デザインの抽象的な概念も学ぶことができました。また、ディレクション実績の豊富な講師の方も在籍していて、今の仕事に活きる多くの学びを得ました。あとは授業以外にも音楽や映画など、ジャンルを問わずいろいろな表現を見る機会が増えたことで、自分の感覚の幅が広がったようにも感じています。入学当初は、ナチュラルで落ち着きのあるグラフィックがいいのか、それとも色彩豊かなグラフィックがいいのか、自分がどのようなグラフィックを作りたいのかがわかりませんでした。しかし、より多くの表現に触れてきたことで、自分が好きなグラフィック、自分が好きな感覚がわかるようになってきました。この“表現に触れる”という過程は、デザインを学ぶ上では欠かせないことだと実感しましたね。


「この人は表現をしたい人なんだ」

浦和パルコ2021ビジュアル(producer : 内田麻菜美)

――TDP修了後、フリーランスとして、どのような仕事を獲得してきましたか?

まだ実績がなかったので、まずは現職でやっていた制作ディレクションのお仕事や、「デザインソフトは使えます!」というところを強みとして、小さなデザインの仕事を引き受けていました。その後は少しずつ感覚をつかみながら、デザインの幅を広げていきました。あとは人のつながりで仕事をいただくことが多かったですね。はじめは広告代理店とのつながりからいただく仕事がほとんどでしたが、いまではHOUGAから生まれる仕事も増えてきました。

フリーランスになってから2年も経っていませんが、はじめは業界も職種も問わずに仕事を引き受けていました。今ではそれらが少しずつ精査されていき、本当にやりたいことが仕事になっていると実感しています。もちろん、仕事をいただけることは本当にありがたいことなので、最初はどんな仕事でも引き受けていました。でも、その生活を続けていると、ふと「私、結局何がやりたいんだっけ」と思ってしまって……。自分がやりたいことは何か。どうしてフリーランスになったのか。それを忘れずにいたことが、いまの環境につながっている気がします。

浦和パルコ2021ビジュアルの制作風景
ファッションブランドの撮影ディレクション風景

――個人的な制作活動は行っていますか?

フィルムカメラでの写真撮影やグラフィック制作など、個人的に表現することは続けていて、年に一度は個展や合同展を実施するようにしています。これは仕事というより、楽しむことが中心ですね。小さな規模での開催ですが、一度自分の名前で個展を開催したことで、「この人は表現をしたい人なんだ」という見方をされるようになりました。すると関わる人の幅や、仕事の幅も広がり、今ではアートに関わる仕事をいただいたり、アーティストとの交流も増えたり、仕事と趣味を行き来しながら、新しい関係を築くことができています。

あとは、SNSに写真やグラフィックを投稿しています。これは作品の発表というより、「自分の感覚を捉えておく」という意味で行っています。自分の感覚は自分にしか見えません。その感覚を自分自身で表現しながら、確認するようにしています。

日々撮影しているフィルム写真


みんなが〈表現者〉であっていい

――ご自身の表現者としての活動の原点は何だと思いますか?

広告代理店でのマーケティングや戦略立案の仕事が忙しく、なかなかクリエイションに近い仕事はできず、その反動で若手アーティストたちとの展示の企画など、利益を考えずにはじめた活動がきっかけだったかもしれません。当時、あまりの仕事の忙しさに、自分の感覚を失ってしまうのが怖いと感じていました。せっかくTDPで勉強したのに、それを活かせる場もありませんでした。そこから「なにか作りたい。なにか表現したい」という想いではじめた活動がきっかけでHOUGAのデザイナーとも知り合い、今の自分があります。あのときの時間はとても大切な時間だったと思いますね。

――現在のご自身の制作活動の軸は何だと思いますか?

私のすべての活動の軸になっているのは、「“みんな”が自分の感覚を大切にする」ことです。以前開催した個展「into the black」では、フィルムカメラで撮影した写真を展示しました。しかし、ただの展示会ではなく「into the black」という名前のとおり、会場を真っ暗にした状態で開催したんです。アンビエントなBGMを流しつつ、床には鏡を貼って、天井から照明を反射させるなど、いくつかの仕組みを施すことで、その世界に溶けだしていくような空間を作りました。いろんな情報がシャットアウトされたとき、いまの自分に残っている感覚とか、感情とか、それらがどんなものなのか、“みんな”がそれぞれに自分の感覚を探せるような場を作れたらと――。

これは自分にもよく言い聞かせていますが、みんなが〈表現者〉であっていいと思います。日記を書くことだって、スマホで写真を撮ることだって、すべてが表現です。そうした表現は自分の心をヘルシーにしてくれ、生きることにもつながると感じています。自分も表現する感覚は忘れないでいたいし、楽しみたい。そして、いろんな人を巻き込みながら、多くの人に自分の感覚を、自分が心地いいと感じる感覚を、見つけてほしいと思います。表現することって、良い意味でそんなにすごいことじゃないですから。

2021年に開催した個展「into the black」


心の豊かさと、自分の感覚を大切にすること

――HOUGAの今後の展望を聞かせてください。

HOUGAがどのようなブランドで、何を考えているのかをきちんと伝えながら、同じ想いを持つ方々を増やしていけたらと思います。最近では、セレクトショップなどにも商品を置いてもらえるようになり、小ロットではありますが生産量も少しずつ増加しています。より多くの方にHOUGAを知っていただけたら嬉しいですね。また、今後は国内に限らず、海外への展開も視野に入れています。今年は2023年秋冬コレクションの発表を予定していて、海外の展示会での発表も検討しています。できる限り、海外のお客さまがHOUGAを知る機会も作っていきたいです。

――ご自身としては今後、何か挑戦したいことはありますか?

個人の活動としては、「Well-being」についての考えを深めるような活動をしていきたいなと思っています!皆が自分の感覚を大切にしながら、よりよく生きるために大切なことは何か、そしてそこに「表現をすること」や「ファッション」は、どう寄与できるのか、など。そんな内容でのZineを作ったり、展示の企画をしたり、いろんな方と考えを交換していきたいです。

そして夢に近い目標ですが、将来的にはデンマークにも自分自身の拠点を作りたいと考えています。以前デンマークに行った際、現地の方々が自由に生きているような、そんな空気感がとても過ごしやすく感じました。それは、国民一人ひとりが「Well-Being(幸福度)」という考え方を大切にしているからだと思います。Well-Beingとは、身体的・精神的・社会的に”持続的に”幸福を感じている状態であることです。幸福に感じる、その心の豊かさは、自分の感覚を大切にすることにつながると思います。その考え方を個人の活動でもHOUGAの活動でも大事にしていきたい。そんな想いからデンマークでの活動を目標にしています。

――最後にTDPへの入学を検討している方にコメントをお願いします。

なんとなくデザインやクリエイティブに興味があるけど、どうしようかと悩んでいる方は多いと思います。私もそのひとりでした。でも進んでみると、道は開けるはずです。具体的なイメージがなかったとしても、デザインの領域に足を踏み込めば、見えてくる世界もあるはず。なのでちょっとでも興味があれば、まずは取り組んでみてはいかがでしょうか。ぜひ、チャレンジしてみてください!

――内田さん、本日はありがとうございました。



今回のインタビューでは、HOUGAのコンセプト設計や今後の展望、自身の制作に対する想いなどを、内田さんに伺いました。
 
HOUGAを活動の中心にしながら、フリーランスとしても、さまざまな活動に取り組む内田さん。自身の制作だけでなく、より多くの人に「感覚」を大切にしてもらいたいという想いに、表現者としての柔軟さを感じ取ることができました。今後の内田さん、そしてHOUGAに期待したいですね。
 
次回も、今まさに現場で活躍しているTDP修了生にお話を伺っていきたいと思います。

◇内田麻菜美さん
 Instagram:https://instagram.com/pajamanami/

◇HOUGA
 Instagram:https://www.instagram.com/_houga_/?hl=ja
 Webサイト:https://houga.jp/
 ONLINE STORE:https://store-houga.jp/

[取材・文]岡部悟志(TDP修了生) [写真]前田智広