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1.豊穣(中川為延)

■セメントの思い出

少年時代を埼玉の長瀞で過ごした。小学校のすぐ前を秩父線が走っている。友人とブランコに乗りながら、石灰を載せた貨物列車の車両に書かれた「トンメセ白父秩」という文字をなぜか「とんせめしろぶちち」とあえて間違った読み方で大声で叫びつつ、なにがおかしいのかみんなで笑ってた。平和な子供時代であった。
武甲山から採掘された石灰を運ぶ、貨物列車。進行方向によって「秩父白セメント」と読めたり、あるいは左右が逆の「トンメセ白父秩」と読めたりする。思えば、セメントとは意外と縁があったようだ。

大学時代、彫刻のクラスで石膏彫刻を学んだ。今でも覚えているのは、四角い石膏の塊を削って、「卵より卵らしい形」をつくるというもの。バスケットボールを半分に切った容器に石膏の粉を入れ、それがひたひたになるように水を入れる。よくかき混ぜると、だんだん熱を帯びて硬くなっていく。牛乳パックの容器に流し込み、まずは立方体の塊をつくる。そして、ひたすらそれを削って卵より卵らしい形に整えていくのだ。

ひたすら削りに削って、丸くしていく。「よし、これで良いだろう」と思って先生のところに持っていくと、光にかざし、手でなでて、「こことここが出っ張ってる。ここは削りすぎ。まだ卵より卵っぽくない」と言って、突き返される。さらに削って、「今度こそ!」と持っていくと、手の感触だけでするっとなでて「まだまだ、もっともっと」と、ダメ出しを受ける。

大きかった石膏の塊が、どんどんどんどん小さくなっていく。卵よりも小さくなってしまったら、また石膏を型に流して立方体をつくるところからやりなおし。目だけでなく、指先でも凹凸を感じるということ。いろいろな道具を使い分けながら、自分の思うような形をつくるということ。執念と集中力。とても多くを学んだ課題だった。

いずれ全員が「卵より卵らしい形」を完成させ、ようやく次の石膏彫刻の課題に進んでいく。型を使った造形や、ワイヤーと金網を使った芯の作り方など。石膏造形はとても面白かった。

■白色セメントの野外彫刻展

昭和26年(1951年)より、日比谷公園で野外彫刻展が開催されるようになった。「白色ボルトランドセメントによる野外創作彫刻展」は、東京都主催/小野田セメント後援で、1951年から1971年まで定期的に開催された。この野外彫刻展の特徴は、小野田セメントがスポンサーになっており、材料に白色ボルトランドセメントを使うということが決められていた。そのため、各作家は小野田セメントより「セメント五○キログラム入り二袋、大理石砕石(一袋二百円相当)二袋、現金五万円」の提供を受け、さらに運搬や設置の費用までも負担してもらったという。まるで、芸術のパトロンのような存在である。

なおかつ、出品作品のうちのいくつかは、小野田セメントが買い上げて、日比谷公園に設置したり、あるいは全国のいろいろな場所へ寄贈を行っている。白セメントが認知され、その価値を広め、より多く使われることによって会社の利益にもつながる。かくして、50年代から70年代にかけて白セメントでつくられた野外彫刻作品はたくさんつくられ、現在も数多く残っている。

そのうちのひとつが、中川為延氏による『豊穣』という彫刻作品である。中川氏は、明治37年(1904年)に広島で生まれた。東京美術学校在学中の昭和4年(1929年)に、『ポーズせる女』を第10回帝展に応募して初入選。以来、生涯において数々の彫刻作品を生み出した。中でも特筆すべきは、早くから白セメントを作品の素材として使っていたこと。昭和25年(1950年)より白色セメント造形美術会の委員となり、小野田セメント協賛の野外彫刻展へ18回にわたって出品した。この『豊穣』は、中川氏が1958年に出品した作品である。
→1963という説もある???
→1953と書かれている資料もある

■『豊穣』


『豊穣』は、3人の女性が頭上の葡萄棚に手を伸ばして収穫をしている作品であると言われている。見ようによっては、女たちが直接葡萄を食べているようにも見える。葡萄と、顔の位置がとても近い。葡萄と女性という構図は、アールヌーボーの作品などでもよく用いられる。

この「白色ボルトランドセメントによる野外創作彫刻展」に出品された作品は、もちろん素材に白セメントが使われている。

面白いのは、この彫刻の上面から直接本物の植物が生えているということ。土と水が溜まり、そこに草の種が落ちたのだろうか。予期せぬハプニングで、これはこれで作品にもうひとつ奥行きを与えて興味深い。

参考資料

1.中川為延 :: 東文研アーカイブデータベース
https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/9044.html
2.都立日比谷公園(Hibiya Park, Tokyo) 園長の採れたて情報
https://twitter.com/ParksHibiya/status/514966561925234688
3.小野田セメント株式会社の芸術支援活動に関する考察:買上寄贈、受託制作、児童造形教育の観点から
https://www.jstage.jst.go.jp/article/crs/17/0/17_63/_pdf/-char/ja
4.公園とセメント彫刻 : 初期野外彫刻の経緯と背景
https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/53219/jjsd41_061.pdf
5.戦後復興期の屋外彫刻設置に関する研究 ~アーバンデザインとしての屋外彫刻の歴史的展開に関する研究Ⅱ~https://www.jsce.or.jp/library/open/proc/maglist2/00897/2010/pdf/B83D.pdf


「日曜アーティスト」を名乗って、くだらないことに本気で取り組みつつ、趣味の創作活動をしています。みんなで遊ぶと楽しいですよね。