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「オランダ」と ゆうれい

街ですれ違った人が、自分と同じ服の時ってドキッとしたり、気まずい思いで足早に去ったりしませんか?

私が今からここに書く体験談もそんな話です。


洋服にまつわる怪談話を語る前に

怪談トレンド・赤いワンピースの女
怪談話を聞いていると「白いワンピース」または「赤いワンピース」姿の人がやたらと出てくる。
これはあの世からの支給品でも、死ぬと好みが偏るわけでもない。

怪談の佳境である幽霊の登場シーンで

深夜、友人からの着信で飛び起きた。
文句を言おうとするが、遮るように慌てた口調でどうやら私に助けを求めている。

「家の前に変な男がずっと立っている、怖くて外に出られない」

そんな事を必死に伝えてくるのだ。
年頃の娘じゃあるまいし、扉を開けて怒鳴ってやれよ、と呆れて返しても「それが、開けると誰もいないんだよ」とおかしなことを言う。

眠くて面倒な私は警察に任せようと「どんな男だよ?」と寝床の上にあぐらをかいた。

「赤い・・上下揃いの服だ」
少し間があって友人は、絞り出すような息混じりの忍んだ声で説明し出した、覗き窓から見ているのだろう。

「首にタオルをかけていて、なんだろうあれは?・・・癖のあるロゴで「YAZAWA」って書いている」

ただの熱心なファン

かなり極端な例だが、そんな説明が入るとどうだろう?
それが事実でも話に集中出来なくなり、アイラブユーオーケイ?に囚われてしまう。

幽霊は基本、死んだ時の格好で現れると言われている。
なのでその定義が正しければ、久しぶりの永ちゃんに血圧が上がりすぎて臨終したYAZAWAスタイルの幽霊も実在する。
だが、怪談話として語る時は、その服装が邪魔になってしまう。

なのでプロの怪談師や作家は不必要な情報を「全員納得のお化けの映えトレンド」に合わせて話に没頭できる工夫を凝らしてくれている。
そのおかげで私達はすんなりと話に引き込まれるのだ。

だが、怪談話には逆に「ファッションが必要な話」というのが存在する。



オランダ

ちょっと2駅だけやし、適当な格好でいいか。
気心の知れた幼馴染の家までだしと、私はコンビニ程度ならセーフな服のまま駅の改札を抜けた。

昼過ぎの車内は空いていて、私は車両の1番後ろ、車掌室の扉にもたれてポケットにスマホを押し込む。
立ってるの私だけやな。
と、ぼんやりと車内を眺めていた。

違和感に気付いたのは、扉が閉まってすぐだった。

ガタン

電車が揺れ、踏ん張った時に視線を感じた。

知り合いでもいるのか?と顔を上げたが、車内の人はみな一様に下を向いてスマホをいじっている。

もう一度視線を落とすとまた感じる。

顔を上げると今度は1人の男性と目が合った。
その人は車両の1番前の優先座席 付近からこちらを見ている。

知らん顔やな?

なのに視線が合っても逸らす気もなく見つめてくる。
こちらも負けじと見つめ返したが、気まずくなって視線を車窓に移した。

まだ見てるな

チラリと見たら、男は、目一杯 顔を突き出してまだ見ている。
じわっと脇に汗が流れた。

私の服装が適当すぎて見られてんのか?
羞恥心を感じた時、1駅目に着いた。
ぞろぞろと乗客が入れ替わり、扉が閉まる。あの人降りただろうか?と期待を込めて顔を上げると、

うそ・・・

男は車両の真ん中の座席に移動して、目一杯 顔を上に突き出してまだ見ていた。

嫌だな。
と思った時、もっと嫌なことに気が付いてしまった。

あの人顔だけしか、ない?

座席の人たちの頭の数と座席の収容人数は合っている。
だがそこに男の体は見当たらない。

集合写真を撮る時みたいに、人の間から顔をのぞかせてこっちを見ているのだ。

心音が上がるのを深呼吸で沈め、少し俯瞰して見てみると、男の顔は走る電車の窓の外から、顔だけで中を覗き込んで私を見ていた。

生きてる人じゃない

私は視線を外した。
幸いもう降りる駅に着く。
男のいる方向と同じ向きの扉が開くが、降りてしまえばどうにかなるだろうと、視線を扉に集中した。

電車がホームに滑り込み、私は扉の前に移動する。
乗車しようと規則的に並んでいる人達の列を見ると少しほっとした。

が、

おかしい

ちょうど私が降りる扉の前に、あの男が並んでいる。

これはよくない

列に並ぶ乗客は、スマホを見ながら下を向いたり、連れとおしゃべりしている中で、男だけが直立不動で私を見ている。
電車が止まると、男の視線がスッと外れ、私の胸元を見た。そして、扉が開いた瞬間、私は目を疑い、足を止めてしまった。

この男、私と同じTシャツ・・・着てる?

私はその日、胸にカタカナで「オランダ」とロゴの入った黒いTシャツを着ていた。

それは文字は金色で、角度によって光り方が変わるタマムシ仕様、そんな癖の強いものを見間違えようがない。
デザイナーと商品企画側が遊び半分でGOを出した様なシャツだが、消費者が最低でもここに2人(うち1人他界)いる奇跡。

呆気に取られた私は後ろの人にぶつかられ、少し遅れて下車する。
男は私を見たまま一歩も動かない。
乗り込む乗客の肩がぶつかっても見向きもしない。
私以外の人は、まるでそこに柱でも立っているかのように男を全く気に留めていないのだ。

私は一目散に人ごみに紛れ、階段を上がって改札を突破した。
道路に出ると早足で周囲を確認しつつ、国道沿いまで一気に出て、腕で顔を隠した。

Tシャツ、だっさ・・・!

ここで笑いが限界突破。

どんな経緯であの幽霊が出てきたのか全くわからない。
だが「ダサいTシャツがたまたまお揃い」だったのを主張したかった気持ちだけ怖いくらいに伝わった、オランダと言う話です。


友人に話したらTシャツは即脱がされて、ビニール袋に入れて酒と塩を揉み込まれて、捨て去られました。
なので現物をお見せすることが出来ず、ちょっと信ぴょう性に欠けますが、ちゃんとそのTシャツはありました。
24、5歳の時に天王寺でふざけて買った時のものです。

あの男の意図はよく分からないが、お揃いのTシャツの私に出会え、少しほっとして成仏できてたらいいなって今は思っています。
孤独感あるよね、ダサいTシャツって。
帰りは友人のハンバーガーって書いたTシャツを着て車で送り届けてもらいました。


補足。
今まで一度も私はこのシャツを着た生きている人に会ったことはありません。

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