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ジュブナイル冒険譚

私が通っていた中学校では、朝自習に予め1クラスに全員分用意された文庫本を、月ごとにローテーションしながら読書する通例があった。
そこには「岳物語」や「少年H」に「さるのこしかけ」など、国語の教科書に掲載されていたものから映画化されたもの、ベストセラーなった名作まで多種多様にあった。

これらをすべて読んで感想文に書きなさいと、担任から言われることは流石になかったが、これまで本を読む習慣がほとんどなかった私にとっては、当初この時間が正直苦痛であった。

一日わずか15分と短いとはいえ、慣れていくまで時間の経過がなによりも長く感じていた。

だが今となっては懐かしい思い出であり、かつて自分は漫画しか読んでおらず、小説とかの文庫本を読むのが苦手だったと、肩の力を抜いて語ることができる。
それも漫画より小説を読む比率が高いと言えるほどに。

もし誰かに、読書する習慣を身に付けるきっかけを作った、あるいは人生に影響を受けた本は何ですか?と訊かれたら、これから紹介する三冊を私は薦めたい。


学校に行かない少年が、地元の横浜から鹿児島の屋久島までヒッチハイクして目指す一人旅を描いた物語で、自ら文庫本に興味関心を示すきっかけを作ったと同時に、私が自立する「入口」へと導いた一冊でもある。

もともとこれが山田洋次監督の「学校Ⅳ」という映画のノベライズ版だということを知らず、逆にこちらが原作だと勘違いしていた。

表紙絵でそれすらまったく読み取れなかったのは、私の情報不足だと痛感しているが、当時の情報源にテレビや雑誌以外に手段にない。
今となっては当たり前に駆け巡るインターネットが、ようやく普及し始めた時代だったからこそ、それは愛嬌ということで。

ノベライズ作品とはいえ、それまで全く本を読んでこなかった私を夢中にさせてくれたからこそ、生涯もう一度読んでおきたい小説だ。
しかし書店はおろか、ほとんどの通販サイトでも置いていない現状で、何かのタイミングで再販してくれないかと願うばかり。


船長や船員たち大人が不在のまま、無人島に漂流した少年達が力を合わせて生活していく物語を描いた小説で、日本のみならず世界中で言わずもがな知る人ぞ知る名作。

その月に読み終えた後も自ら書店に立ち寄って購入し、どれくらい繰り返し読んでいたかを忘れてしまうくらい、青春時代真っ只中だった私の心を熱中させた。
特に随所で描かれている「ブリアン」と「ドニファン」が対立するシーンは、なぜか純粋に心を惹きつけられた。

十数年経った今も、この本は私の手元に置いてある。だいぶ年季が経って表紙のあちこちが擦り切れているが、何十回、何百回も数えきれないくらいひたすら読み返した証拠だ。
大袈裟な話だが、あの時に熱が冷めないままもう一度手に取ったその一冊は、生涯買ってよかった「聖書」に変身しようとしている。


三人の子供たちが一人暮らしする老人を見張るという行動から始まり、やがて深い交流へと姿を変えていく物語を描いた小説。
私にとって、人生において決して避けられない、受け入れなければならないものである「死」という概念に触れるきっかけに出会った一冊だ。
 
これを読んだその年、唯一「おばあちゃん」と呼べる人だった曽祖母が亡くなった。物心がついてから初めて人の死に直面したが、通夜や葬式の場でひとり哀しみに動じなかったことを憶えている。
それは神様かご先祖さまから、予めこれを読んでいずれ来るべき時に備えておきないという、お告げがあったからなのかもしれない。


個人的な見解だが、この三冊に共通するのは「ジュブナイル」と「冒険」だと思っている。少年の頃未体験だったものや憧れを抱いていたものが、やがて大人となって経験へと繋がり、さらなる熱狂へと駆り立てている。

当時学校が用意してきたものとはいえ、これらのきっかけがなければ、私自身今も読書することはおろか、こうして自らの意思でここに書き記すことはなかっただろう。

近年では、自己を見直すために啓発本を中心に読書することが多くなってきたが、それとは別の「原点回帰」という意味をもって、もう一度小説を手に取る機会をどこかで設けたいと思う。

最後までお読みいただきありがとうございました。 またお会いできる日を楽しみにしています!