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隣の部屋に引っ越してきた人が何だか怪しい

アパートの隣の部屋に誰かが引っ越してきたようだ。

私の住むアパートはベランダの向かいがビルになっていて、夜になるとそのビルのガラス越しに自分の住むアパートが映し出されるため、上下左右の隣人の生活光から何となくの部屋の空き状況がわかると言う、何だが事件でも起きそうな仕組みになっている。

誰が用意したでもないその仕組みを存分に活用し、隣の部屋は空き部屋であることを知っていた私であったが、ある日隣の部屋からの明かりを確認してからは、TikTokに合わせてYOASOBIを歌うのを躊躇してしまうこととなる小心者である。

ただ一つ、違和感がある。あの日、隣の部屋からの明かりは確かに確認したのだが、それ以降はなかなか隣の部屋が明かり放つことがない。

普通の人間なら部屋から明かりを放つであろう時間帯も真っ暗で、もしかして隣に引っ越してきたのは電気代も払えなくなった売れない芸人なのか、それともオカルト好きなメンヘラ女子で夜な夜な蝋燭の火で大好きなあの人の人形を燃やしているのか、ましてや闇よりいでし絶望なのか。いずれにせよあまり深くは関わらない方が良さそうだと、ここは冷静に。

そんな小さな悩みと大きな抱き枕を抱えながら暮らしていたある日、指パッチンでも鳴らしたかのようにその違和感が急に解消される。

早めに仕事から帰ったある平日の夕方、音のない部屋で何となく携帯を触っていた時のこと、隣の部屋の扉が開くのと同時に「ありがとうございました。」と言う声がアパートの廊下から聞こえた。

張り込み中の先輩刑事と新人刑事なら、何も語らずに見つめあって頷くようなおかしな状況、考えるよりも先に靴を履き、とりあえず外に出た。

すると、アパートの廊下には華やかな若い女性の姿があった。私が住むアパートは別に綺麗でもない築20年くらいの1K。たまにすれ違う人と言えば、小汚いおじさんか3軍くらいの男子大学生だけで、そもそも若い女性が住んでいるとは思えない。しかもその女性は派手に装飾した自らの爪をえらく気にしながら階段を降りて行く。

この段階ですでに頭の中のミサトさんからは「パターン青」が言い渡されている。明らかに隣の部屋は異常である。

この華やかな若い女性の後を追いかけても話かけられはしないし、何よりそんな私を日本の法が許さない。ここは一旦と思い、自分の部屋に戻りがてら隣の部屋の扉をふと見てみると、「田中」や「佐藤」と表札を立てるべき場所に何やらオシャレな横文字が並んでいる。

部屋に戻り、先ほど隣の部屋の表札に書かれていた名前をネットで検索すると見事にネイル屋がヒットした。すなわち、隣の部屋はネイル屋であり、さっきの女性はネイル屋の客だからこそ自分の爪をえらく可愛がっていたのだ。

ネットに書いてあるネイル屋の住所が自分の住所と全く一緒だなんて、なんだか自分の爪もオシャレになったみたいな気分だ。そもそもそんなことがあるかね。明らかにテナント用ではない、ごく一般的なアパートの一室がネイル屋として扱われているなんて、まるで星新一みたいじゃないか。恐らく表向きはネイル屋といいつつ、実は夜な夜な強盗のために銀行までの地下通路でも掘っているのであろう。

まあとなりの部屋がネイル屋であれば、深夜は誰もいないだろうから騒音問題とかには悩まされないだろうし、小汚い男が集まる店でもないから悪いことではないが、エントランスとかで住人と思って「こんにちは〜」とか挨拶した人が、ネイル屋のお客さんだったみたいなすれ違いコントとか起きかねないよ。向こうもネイル屋に行った時に知らない男に「こんにちは〜」って挨拶されても爪以外のことに興味なんてないだろう。

だからこれからアパートのエントランスですれ違う人が住人か客かを見極めるために、ネイルが綺麗かどうかを必要以上に注視しなければならない。この情報を先に仕入れられているだけでも優勢だと考えるか。


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