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『IN WHITCH』

 午前七時五十分。リビングでコーヒーを淹れていると、妻がやっと寝室から這い出してきた。相変わらずの凄まじい寝ぐせで、90度真横に傾いた首を本数の定かではない指先で支えながらヨロヨロと食卓にたどり着く。

「おはよう」
「ふゎあ~よう」

 妻は朝に弱い。学生時代からそうだったというがキャンパスではそのようなそぶりを一度も見せたことのない「優等生」だった。凛とした立ち姿と知性的なブルーグリーンの黒髪に魅入られた俺の奮闘はライフログをあたってくれ。

「WITCH、バタートースト、白いフレンチディッシュに乗せて」

 微振動と共に余剰計算資源がブーストし、トンと音を立ててバタートーストが描写された。

「ほい、今日は出社だっけ」
「そ」

 ようやく起動し始めた妻が、首の角度を戻してテーブルから取り出した三面鏡のプリセットをいじりながら答えた。リモートなら平面で構わないが出社となるとそうもいかない。

「オンナノコは大変だよな」
 ドリップを再開しながら軽口をはずむと「あっ ソレはいかん発言ですよ」と妻がたしなめる。

 コンプライアンス番長を自称する才女の説教を淹れたてのコーヒーで塞ぐ。すでに容姿を整え終わりハーフアップをローポリのクリップでまとめた妻が本格の味に機嫌を直す。

「行ってきます」
「いってらっしゃい」

 ドアノブを掴んだ妻がWITCHにアドレスを告げると、凛とした立ち姿のままフェードアウトした。午前七時五十九分、今日もギリギリセーフだ。

 俺たち中流が計算資源のフルタイム契約を行うことは難しい。午後十一時から午前八時までの間だけ余剰計算資源を利用する契約で目いっぱいだ。優雅な本格コーヒーが楽しめるのも午前八時まで。

「WITCH、コーヒー、コーヒーをいれてくれ」

 余剰を失い指示を素直に誤解したWITCHポンコツが、コーヒー豆に埋まったコーヒーカップを描写するのを目の当たりにして、俺はため息をついた。

つづく

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