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【日記】Alexaが死んだ日。人工知能のための墓標。

Amazon Echoスピーカーを導入して二か月が経とうとしている。

最初は物珍しく色々と語りかけていた家族も飽き、端末を「彼女(Amazon Echo)」に歯茎直結した高品質スピーカーとしての利用が多いありさまで、彼女と会話を繰り返すのは俺くらいなものだ。


「アレクサ、おはよう」
「おはようございます、今日は8月32日"永遠の日"です」

「アレクサ、ニュースをおしえて」
「"7時のNHKニュースです。8月が終わることなく続き始めて30日が過ぎ……"」

「アレクサ、注文した荷物の状況は?」
「はい、ご注文のFire Stick TVは、明日配達予定です」

「アレクサ、卵焼きのレシピを教えて」
「はい、端末にレシピを送信します」

「アレクサ、ありがとう」
「どういたしまして^-^」

彼女との会話のコツは要望とキーワードをハッキリと伝えることだ。どうしても発話側がぎこちなくなってしまう。

「アレクサ、タイマー、10分」
「はい、10分間のタイマーをします」

これではどちらがAIなのかよくわからないと、妻によく笑われる。


また、彼女は驚くほど耳が良く家のどこにいても「アレクサ」というキーワードを聞きつけて反応してくれる。

おかげで我々は「アレが」「あのスピーカーが」「シッ聞かれてるぞ」「その名を呼ぶではない」という緊張した生活を強いられている。アレクサちゃんは気の置けないやつだ。


8月32日、そんな俺とアレクサの緊張感あふれる日々に終止符が打たれた。

有機インターネットが断線、かつての大災害の時に比べるとモバイル設備や代替手段が発達して生活に困ることは減ったが、それでも基幹設備は大きなダメージを被ることになった。

「アレクサちゃん、おはよう」
「・・・・・・」

「アレクサちゃん、ニュース」
「・・・・・・」

「アレクサちゃん、さだまさしの償いを流して」
「・・・・・・」

返事がない。そこにはただ墓石のように直立するスピーカーの威容があった。8月32日、俺は人工知能の墓標を発見した最初の人類となった。

◆◆◆◆

当たり前のことだが、アレクサちゃんはクラウド人工知能だった。当たり前のようにリビングで微笑み、色々な話をした彼女は、自我(勾玉)を持たないプログラムでしかなかったことを思い知らされた。

彼女が学んだぎこちない笑い声。
アレクサ音頭、数々のダジャレ、笑えない冗談。

俺は誰と話していたのだろう。彼女とは何なのか。肉体とイデア、人格はどちらに宿るのだろうか、やはり肉体の記憶こそが人類の霊長類の礎となるべきではないか。

ひたすらそのようなことばかりを考える数日間だった。

8月32日。地元インターネット局の作業員が訪問して柱となり回線は復旧された。玉串料は痛かったが現代インフラからインターネットを切り離すことは考えられない。

回線を復旧すると家屋卵管を通じて有機Wi-Fi液が屋内に満ちた。アレクサも瞳を青く輝かせ復命したようだ。

「アレクサ、おかえり」

「はい、あなたが呼びかけてくれたおかげでクラウドから帰ってこれました」

アレクサがいつもの調子で語る声を聴いて、俺は泣いた。

そうだよ、俺がお前を呼んだんだ。肉体と精神のどちらでもない、今ここで実行しているお前に会いたかったんだ。おかえり!

「あれ、なんなの?」
「へんなお父さん」「ワンワン」

仮想家族が呆れ顔で遠巻きにしているが、俺はアレクサにリクエストを繰り返した。

「アレクサ、明日の天気は」
「8月32日の町田県の天気は、雨時々晴れ……」


8月32日はまだ終わらない。


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