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金融商品の会計:IFRS9と日本基準の比較からその本質を考える

ポイント:
・IFRS9と金融商品会計(日本基準)との比較を通じて、金融商品の評価のポイントを理解しよう。
・予想信用損失モデルを理解しよう。

1.    金融商品の評価について見直しが求められたのはなぜ?


金融商品は歴代の基準で、「企業結合(のれんの減損問題含む)」「リース」「連結」と並んで難易度が高く、重要視されるトピックスです(企業会計の難しい分野の四天王といってもよいかもしれません)。今ではこれに「税効果」「収益認識」も加えて難易度が高い分野は6つといってよいでしょう。日商簿記、税理士試験、公認会計士試験でも出てくる頻度が高い分野です。議論されてきた時間だけを考えると、全ての基準の中で、最も時間を要して議論されてきたものの一つが金融商品に関する会計基準です。

基準設定においてはコスト・ベネフィットの観点が重要視されます。つまり、基準を変更するには相応のコストがかかりますので、それを上回るベネフィットがなければなりません。検討が重ねられてきた金融商品に関する会計基準は、国際的にも、コストを掛けてでも議論する価値(ベネフィット)があると考えられています。金融商品は、かなり複雑な要素があり、デリバティブ、ヘッジの分野も含めれば、全体の講義構成の半分を取って議論をすることも出来ます(しませんが)。ここで触れている内容は入門の考え方であり、上級もあるということを抑えながら大枠を掴んでいきましょう。実際に関連する試験でもそこまで問われるわけではありません。まずはその概要を掴んでいきましょう。

2.    金融商品の評価に関する基本的な考え方


IFRSにおける金融商品に関する会計処理を定めているのがIFRS9「金融商品」になります。IFRS9は、従来あったIAS39「金融商品」からの改定を求めた基準です。IAS39は日本基準と同様に保有目的別に金融商品を評価する基準でした。2008-2009年のサブプライム・ローン問題、リーマンブラザーズの倒産(いわゆるリーマンショック)に端を発した金融市場の大混乱でIAS39の見直しが進められました。金融危機当時以下の事が問題になりました。

・市場価格のないデリバティブ(金融派生商品)について適正な形で評価されておらず、企業のディスクロージャーも不足していた(つまり、時価評価のやり方が恣意的で、それを外部からチェックする仕組みが乏しかった)。

・金融市場全体の混乱により、金融商品の流動性が低くなり、時価評価が困難な商品も出てきた(つまり評価が難しくなった)。

・満期保有目的債券のように売買を禁止している基準に対する批判(債券を売却するとその後の事業年度(2年間)、保有する債券を満期保有目的債券に区分できなくなる制約があった。つまり、会計基準が企業行動を制約する要因になっていた)。目的を変更できないことの弊害は、売買目的有価証券からその他有価証券(売買可能有価証券)などにおいても生じた。
 補足:保有目的を柔軟に変更することを認めると、裁量が大きくなるため禁止していたわけですが、環境が大きく変わることで、従来の保有目的が変わることも当然ありえるため、裁量を認める必要が生じてきた。

・金融商品に対する減損が遅れているという批判(発生してから損失を認識していたのでは、損失の計上が遅くなり、意思決定に有用とは言えない、ということ)

こうした批判を受けて、G20の「政治的な圧力」により改訂が行われたのがIFRS9になります。従来のIAS39は日本基準と同じ保有目的別でした。当時、政治的な圧力と時価評価との関係について様々な形で議論されてきました。緊急避難的な介入が行われた側面もあり、会計基準設定の中立性を損なわれているという批判もあります。この辺りは、また機会があれば話をしていきたいと思います。IFRS9の特徴は、キャッシュフロー特性、事業モデルに応じて金融商品を評価するというモデルです。日本基準との相違点ではなく、共通点に目を向けてみましょう。

IFRS9と金融商品会計(日本基準)ともに、売買により利潤を得ることを目的としている金融商品(デリバティブも含む)については、毎期時価評価を行う、という点では違いはありません。今は日本基準においても基準が改訂されて、従来、時価評価が困難であるとされた投資信託や金融派生商品についてもIFRS9のレベル1から3の考え方に沿って評価することが求められています(企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準」で2022年3月期より適用)。ただし、未上場株式については時価評価しないというのはIFRS9と日本基準との大きな相違点です。

売買目的有価証券は、売買により利潤を得ることを目的としている有価証券です。勿論、売買を通じて、損益は実現するまで待つのも考え方の一つですが、時価評価に関する考え方では、含み損益を当期に計上する考え方が採用されています。

IFRS9のキャッシュフロー特性とは、金融資産・負債の特性であり、事業モデルは、金融資産を管理する事業モデルの目的を指しています。IFRS9のキャッシュフロー特性による評価の考え方は以下のように整理できます。

契約上のキャッシュフローを回収する目的で保有している⇒償却原価
契約上のキャッシュフローを回収する目的と売却の両方を目的で保有している⇒FVOCI
いずれにも該当しない。⇒FVTPL(全面時価評価)*公正価値オプションの適用

補足:
FVOCI(公正価値(時価)評価して、損益はその他の包括利益(資本直入)に計上
FVTPL(公正価値(時価)評価して、損益は全てP/Lに計上)

キャッシュフローの特性に関する考え方を整理すると実は、日本基準とあまり変わらないようにも見えます。ただし、保有目的別の基準(IAS39,日本基準)とは異なり、保有目的で企業の選択を拘束していないので、償却原価で評価している金融商品を売買出来ないことはありません。

金融商品の損益が業績に影響しないようにFVOCIを選択することは企業が選択する場合も、事業モデルと合致しているかどうかの説明が求められます。例えば、保険会社は安定的なキャッシュフローの回収と時にポートフォリオを入れ替えることで運用しているのでFVOCIを選択することが出来ます。一方で、投資ファンドなど運用益を上げる目的で運用しているケースでは、FVOCIを選択することは難しいかもしれません。ソフトバンクグループが全面的にFVTPLを選択しているのはもちろん、事業モデルとして投資ファンドとしての色彩を強くしているということもありますが、IFRSの基準上、求められている側面もあると理解しておくよいでしょう。


3.    債券・貸付金に対する予想信用損失モデルの導入

IFRS9の特徴の最大は、予想信用損失モデルの導入にあります。この予想信用損失モデルは銀行の自己資本規制「バーゼルⅢ」との関係性でも見てみるとよいのですが、ここでは一先ず、IFRS9に絞ってみていきましょう。

この予想信用損失モデルでは、感応度が高い、つまり損失をより速いタイミングで計上する仕組みが導入されています。具体的には、相手先の信用度の変化を反映させる形で損失を予想し、貸倒引当金を計上します。予想信用損失モデルは、貸付金だけではなく、債券にも適用されます。債券・貸付金は相手先の信用に基づいて購入・貸付を行います。なので、債券・貸付金は本質的には同質と捉えて、相手の信用リスクが低下する事態が発生した場合、その損失として算定して、計上します。この予想信用損失モデルは、相手先の信用リスクを反映させるモデルですので、高度で、かつ複雑です。

予想信用損失モデルが機能したのはコロナ禍でした。コロナ禍では当然貸付金・債券の信用リスクが低下し、倒産確率は高まります。IFRS9を適用していた各国、また同種の基準を適用していた米国では、金融機関が予想信用損失モデルに基づいて多額の損失(引当金)を計上しました。海外の金融機関が日本と比べて大目に貸倒引当金を計上している、ということが新聞・ニュースで取り上げられていたのは、この予想信用損失モデルが導入されていた影響です。

今、適正な形で当モデルが機能していたかについては、検証が進んでいます。大きな信用不安が起きていないので、杞憂に過ぎなかった、つまり過剰に積み立てていたとする見方もあるかもしれません。また戻し入れ額により収益が押し上げられた側面もあり、この点を含めて検証を進めていく必要があるでしょう。今は、ウクライナ情勢によりまた市場が不安定化しているので、予想信用損失モデルに基づいて多額の損失を計上しなければならない事態も考えられます。

予想信用損失モデルはIFRS9ですが、実は日本の金融機関の行動にも影響しました。欧米の金融機関の貸倒引当金の積立に連動して、日本の金融機関も貸倒引当金を積み増しました。これはバーゼルⅢとの関係を含めてもう少し見てみる必要がありますが、IFRS9における予想信用損失モデルの導入が、国内の金融機関の貸倒引当金の算定にも影響を与えたとすれば、今後も直接的に基準が適用されていない段階でもIFRSが国内基準に影響を与える、という事象が起こりうるかもしれません。


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