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ウクライナ戦争を理解する歴史知識7  ウクライナ・ロシア32年間の負のループ  政治・経済・国際関係とも抜け出せず     最後は武力侵攻という暴挙に         ウクライナ戦争に関する私見 分析編 2023年2月1日現在

前回、前々回本欄で、ソ連崩壊・ウクライナ独立後32年の歴史をたどってみた。たいへん複雑である。自分で書いていても、平易にまとめるのに四苦八苦した。

そこで、さらに本編で「分析と解説」を加えることにした。

ロシア・ウクライナの過去32年の歴史を調べていくうちに、いくつかの「パターン」が繰り返されていると私は考えるようになった。そのうち、特徴的な次の3点を抽出してみた。

(1)「経済」「政治」「国際関係」3つの負のループに2国間関係がはまり込み、抜け出せなくなった。
(2)ガス迂回ルートの開通でループが破れた。
(3)「歴史の記憶」と「言語」の問題が2国間の紛争になった。

以下は東京で入手できる事実を分析した情報分析である。エビデンスは事実に基づいているが「分析」は筆者の手による。言葉遣いも平易にしようとして大雑把になっているかもしれない。ご承知おき願いたい。

冒頭写真:2014年3月9日、ウクライナ・クリミア半島を制圧したロシア軍兵士。ロシア政府は軍の展開を否定。兵士たちは国がわかる徽章を外していたため"Little Green Men"(宇宙人)と呼ばれた。Wikipedia Commonsより


(1)ロシア・ウクライナが抜け出せなくなった3つの負のループ


「経済」「政治」「国際関係」の順にループを説明しよう。①②③④⑤
は3項目とも同じである。

A)経済のループ

①ウクライナはロシア産天然ガスにエネルギー源を依存。

②ウクライナ経済は成長せずむしろ縮小。
理由:
ア)オルガル匕による経済の寡頭支配=政府へも影響力=既得権温存。
イ)ワイロ・コネ主義が行政の末端まで浸透。
ウ)自由競争妨害や汚職を取り締まらず=「法の支配」が機能していない。
エ)農製品・鉄鋼・石炭など主要産物がソ連時代のままアップデートされず、現代の国際市場では競争力なし。

③ロシア、国際市場価格に合わせてガス代を値上げ。

④ウクライナはガス代金払えず。滞納。ロシアへの借金(債務)になる。

⑤ロシア、ツケ(ガス債権)支払いを要求。


⑥ウクライナ「経済が停滞して払えない」。紛糾。

⑦結局ロシアはガス代値上げ。

⑧ウクライナの生産コスト上昇&国民生活直撃。

⑨経済疲弊・マイナス成長。

②に戻る

・夢と希望の独立から暗転の32年


1991年の独立当時、ウクライナは人口、経済力ともソ連内で2番目に大きな国だった。ソ連から独立しても自立して国を運営できるという自信があった。

ところが、いざ独立してみると、大きな誤算があった。

ロシアに依存している天然ガス(パイプラインガス)の価格がソ連時代のような「国内価格」ではなく「国際価格」に値上がりした。

自国産品はソ連時代(1970年代)のままアップデートが止まり、ただでさえ国際競争力がない。

エネルギー源が値上がりすると、発電燃料代が上がる。電気代が上がる。すべての工業・農業製品の製造コストが上がる。製品価格にコストが転嫁され値上がりする。

物価が上昇する。国民の生活が苦しくなる。
生産コストが価格に転嫁されるので、ただでさえ国際競争力のない製品がますます割高になる。

国際市場で売れるものがないから、貯金(外貨準備=ドル)が遅々としてたまらない。おカネがないから、国際価格になったガス代が払えない。

ロシアへの借金がかさむ。ロシアも経済が疲弊して余裕がない。値上げしようとする。「はやく払え」とイライラを募らせる。「カネがない」と抵抗するウクライナとの交渉は紛糾する。とうとうブチ切れたロシアがガスを止める。

このループをぐるぐる回る。
この繰り返しなのだ。

負のループを回るうちに、ロシア・ウクライナが相互に敵対心と悪感情を募らせる。そのまま、32年が経過した。私はそんな印象を持つ。


B)政治のループ

①ウクライナはロシア産天然ガスにエネルギー源を依存

②ウクライナ経済は成長せずむしろ縮小
理由:
ア)オルガル匕による経済の寡頭支配=政府へも影響力=既得権温存。
イ)ワイロ・コネ主義が行政の末端まで浸透。
ウ)自由競争妨害や汚職を取り締まらず=「法の支配」が機能していない。
エ)農製品・鉄鋼・石炭など産物に国際競争力なし。

③ガス代金が払えない。滞納。

④ロシアはガス代値上げ。ツケ(ガス債権)支払い要求。

⑤ウクライナ払えない。

⑥交換条件でロシアはウクライナ領内の海軍基地租借。

⑦ウクライナ国民の反露感情高まる

⑧同時にウクライナ経済疲弊。生活苦。

⑨ウクライナ国民の政府への不満高まる。

⑩政治家は経済の立て直しに失敗。

⑪政治家は反露政策で「外敵の脅威」を喧伝。「内政の失敗」から国民の不満を反らせようとする。ポピュリズムへの傾斜。
例:二言語併存を廃止してウクライナ語単独公用語化。

⑫ロシアは敵対心を強める。

⑬ガス代値上げで報復。

④に戻る。

ウクライナ経済は独立後32年を経ても、国民1人あたりGDPがソ連時代の6割以下というヨレヨレ状態である。たいへん残念ながら、歴代のウクライナ政府は経済運営に失敗し続けたと言わざるをえない。

すると最初、国民の不満はウクライナ政府と政治家、大企業経営者など「支配層」に向かう。「政府は何やってるんだ」である。

オリガルヒ支配や官僚の腐敗(ワイロ、コネ主義)もなくならない。ソ連時代の「上級国民」の支配がそのまま続いている。司法による取り締まりもなく野放しである。

経済が成長して国民が豊かになれば多少は政府の失敗も大目に見てもらえる。しかし(A)で見たように、経済成長はウクライナ一国だけではどうにもならない。

これは「ロシアのせい」だけではない。2000年以降、リーマンショックやコロナ・パンデミックのように、世界はカネ・ヒト・モノが国境を越えて移動するの「グローバル化」で一体になっている。

アメリカの住宅ローンの焦げ付きから連鎖式にドミノが倒れ、世界中が巻き込まれる。地球の裏側からコロナウィルスがやって来る。

ウクライナがいかに最善を尽くそうとも、世界のどこからか始まったリスクが突然襲ってくる。

またソ連時代と違って、独立後のウクライナは議会制民主主義の国である。政治家は次の選挙で当選しなくてはならない。

・国内人気取りのために「敵」をつくるのが政治の常


これはウクライナに限らず、古今東西共通の現象だが、内政に失敗した政治家は「外部の敵」を非難し始める。

国民の不満・批判が自らに向かうことを避けるために「脅威」「敵」を設定して「何もかもあいつらが悪いのだ」と責任をなすりつける。

その脅威・敵は外国であることが多い(あるいは国内の少数派グループ)。いくら責任をなすりつけても、国内の票を失うことがないからだ。

ウクライナの場合は、ロシアがその対象になった。

もともと、ウクライナは帝政ロシア時代から「ロシアの支配を離れて地元政府を持ちたい」という「主権国家独立の夢」がある。1920〜30年代の大飢饉・大粛清のような、サンクトペテルブルグ・モスクワを中心とする「ハートランド・ロシア」による大虐殺の「被害の記憶」がある。国民感情が「ロシア憎し」の方向に誘導される素地があった。

人気取りのため、政治家は第二次世界大戦中のウクライナ至上主義過激派パルチザン(UPAと指導者ステパン・バンデラ)を「英雄」として名誉回復したりした。ロシアが「ファシスト」「ナチス協力者」として今も敵視している人物・団体である。

ウクライナの政治家が「まあまあ、これは内政=次の選挙で当選するためだから」と思っていても、情報がグローバル化した世界では、ロシアにも話はすぐに伝わる。かつては同じ国、言語も同じ隣国なので、なおさらである。

ロシアは「ウクライナは我が国を敵視している」と疑う。ウクライナにそのつもりがなくとも、ロシアを刺激する。

ロシアは報復する。対抗上、ウクライナも報復する。

そうやって報復と敵対のループが始まる。

・政治と経済の分離がないロシア・ウクライナ関係


ロシア・ウクライナ関係で特徴的なのは「政治と経済が往々にして混同される」ことだ。

中国とアメリカ・日本、韓国と日本のように、政治的には敵対していても、経済では相互依存が発展し、共存共栄している2国関係は世界には無数にある。「政治と経済の分離」「政経分離」である。「ビジネスは好き嫌いの感情抜き」なのだ。

ところが、ウクライナ・ロシア関係では政治と経済が往々にして等価に扱われる。「政経混同」というか、両国ともに政治と経済をあまり区別しない政治文化と思える。

ガス代金の債権・債務という経済領域の問題と、クリミア半島・セバストポリ軍港の租借という高度な政治問題(安全保障)をバーター取引で片付ける、などはその典型だ。

西側的な国際関係の思考でいえば奇想天外である。例えば1980年代、日本の対米貿易黒字がパンパンに膨らんだからと言って、アメリカは「日本はアメリカに製品を売って儲けているのだから、もう一つ在日米軍基地を増やせ」とは要求していない。



C)国際関係のループ


ウクライナ・ロシア関係を一層ややこしくしているのは、2国間関係に欧米が介入し続けていることだ。

①ウクライナはロシア産天然ガスにエネルギー源を依存。

②ウクライナ経済は成長せずむしろ縮小。
理由:
ア)オルガル匕による経済の寡頭支配=政府へも影響力=既得権温存。
イ)ワイロ・コネ主義が行政の末端まで浸透。
ウ)自由競争妨害や汚職を取り締まらず=「法の支配」が機能していない。
エ)農製品・鉄鋼・石炭など産物に国際競争力なし。

③ガス代金が払えない。滞納。

④ロシアはガス代値上げ。ツケ(ガス債権)取り立て。取引で海軍基地の租借。

⑤EUとアメリカはロシアの脅威拡大と解釈する

⑥ウクライナ支援。脱露入欧路線を歓迎・後押し。EU,NATO入りを歓迎する。

⑦ウクライナ経済が破綻しそうになるとIMFをサイフに融資(ガス代が払えない、リーマンショック、コロナ流行など)。世界銀行や民間銀行も融資。

⑧ウクライナへの欧米の貸金(=利権)増加。

⑨ウクライナ・ロシアの二国間問題が欧米を巻き込んだ国際問題になる

⑩ロシアがウクライナに敵対的・報復的な政策を取ると、欧米は自分たちへの脅威と解釈する。

⑪ウクライナがアメリカ・EUとロシアの対立の場、争点になる。

⑫ロシアの対ウクライナ政策に欧米が介入する。ロシアは対応米警戒心を募らせる。強硬になる。

⑤に戻る。

本欄で重ねて指摘している通り、ロシアは帝政時代から、隣国が敵対化または強大化することを恐れる「外交的伝統」がある。そうなりそうになると、分裂や内戦を誘って、隣国を弱体化しようとする。

ロシア政府は、ウクライナもそうした「潜在的な脅威」として認識している。陸上で国境を接する同国が「EUとNATOに入りたい」と独立後ずっと表明しているからだ。

EUは経済統合圏だが、NATOは軍事同盟、それも集団安全保障である。加盟国が一国でも攻撃されたら、加盟国全員への攻撃とみなして反撃するシステムだ。

ロシア政府、特にプーチン政権が、かつての同盟国だった東欧の旧社会主義国がNATOに加盟したことを「NATOの東方拡大」として敵視しているのは何度も述べた通りだ。

・EU加盟を腐敗・寡頭支配への特効薬として期待


EUへの加盟は、いつまで経ってもヨレヨレのウクライナ経済への特効薬になるとウクライナ国民は期待している。

EU圏との貿易や労働移動の自由を得るためだけではない。EU加盟の条件である「法律・行政組織の整備」を受け入れることを大義名分に、国内の官僚腐敗やオルガル匕を退治できるのではないか。そんな期待もある。

・国民感情はロシア離れに傾斜


また世界有数の陸軍大国であり、ランドパワーであるロシアと陸続きで国境を接するウクライナとしては、自国の安全保障の同盟相手としては「西側=欧米がいい=NATO加盟」という「一択」である。

もちろん「中立」という選択肢もある。第二次ウクライナ戦争前までのフィンランドがそうだった。ロシアと国境を接し、侵略された歴史が何度もある。冷戦期のフィンランド外交の基本は「できるだけソ連を刺激しないこと・間違っても敵対しないこと」だった。

隣国ベラルーシのように、ロシアとの間では加害・被害の記憶が渦巻いていても、現在のところはロシアとの同盟にとどまっている、という例もある。

しかし前述の「ロシアによる被害の歴史記憶」「ウクライナ文化や独立を抑圧された記憶」が根強いウクライナでは、ほっておくと自然に「ロシア離れ」の方向に勾配が働く。「国民感情」が傾くのだ。

・ネット・携帯でポピュリズム時代に突入


2005〜15年の間に、ウクライナではインターネットと携帯電話が普及した。「ネット・ポピュリズム」の時代にウクライナも突入する。「脱露」「反露」から一気に「ウクライナ中心主義」に針が振れた。

ウクライナ国内には「親ロシア」を望む国民もいた。ネット・ポピュリズム時代に突入したのはこちらも同じである。

すると両者の間には、妥協や修復が不可能なほど深い亀裂が走る。分裂が起きる。

「ロシアは隣国が敵対化しようとすると、分裂や内乱を誘って不安定化し、弱体化する」と前に述べた。

クライナ国内の亀裂をロシアは見逃さず利用した。2014年には東部2州(ドネツク、ルハンスク)でロシアが支援する反キエフ・親ロシア勢力が武装蜂起。2022年にはロシアが本格的に軍事介入するに至った。

・国民感情が最善の選択をするとは限らない


断っておくが「国民感情」はあくまで国民の「感情」の選択であって、理性的な判断、最善の選択であるとは限らない。ウクライナに限らず、世界のいかなる2国間関係においても当てはまる。

1930年代にB国民を抑圧・虐殺したA国が、2020年代になってもまた何かB国にやらかすとは限らない。そうならないケースのほうが多い。100年近く経過すると、人間は3世代以上入れ替わる。すると「感情」「認識」は継承されない。まして昨今のようにインターネット・SNSが世界を「単一空間化」すると、人々はお互いを自分と同じ人間として認識し始める。人間は自分と同じ人間の殺戮をためらう。

2020年代のドイツは、1930年代と違って、ユダヤ民族=イスラエルに敵対したり軍事攻撃したりしなくなった。同様に、日本は韓国・中国に(今のところ)軍事侵攻したりしない。

それが2020年代の世界の「常識」だった。「軍事侵攻」「占領」「植民地」など割に合わない。国同士は国境線を動かそうなどとは考えず、それより貿易で共存共栄しよう。

ロシアもその「常識」を理解する国だと国際社会は思っていたのだ。ところがどっこい、ウクライナに軍事侵攻した。ゆえに国際社会は驚愕、パニックした。

(注)本当は2014年にロシアのウクライナへの軍事介入は始まっていたのだが、欧米マスコミがほとんど無視したため(あるいはロシアのプロパガンダ戦が功を奏して)、国際社会はぼんやり見過ごした。

ロシアは、ウクライナの政治家が国民の人気取りのために喧伝した「ロシアは脅威」「ロシア憎し」を、軍事侵攻という形で現実化してしまった。「馬鹿げている」を通り越して最悪の悪手としか言いようがない。

・国際関係は異文化とのぶつかり合い


ここで「国際関係は異文化交流である」という原則に立ち返らなければならない(拙著『世界標準の戦争と平和』参照)。

ロシアの軍事侵攻も、ウクライナの経済運営の失敗やロシア敵視政策も、私たち現代日本人からすると理解するのが難しい。

しかしそれは、ロシアもウクライナも日本人や西側諸国人とは違う文化、違う発想、違う常識、違う歴史の世界に生きているからだ。思考や行動が違って当たり前なのだ。

現代日本人の視点からだけ見て「ロシア人は野蛮で暴力的だから」「ウクライナ人は怠け者だから」などと乱暴な理由付けをすることは、レイシズム(人種蔑視)と紙一重である。

・欧米はウクライナに利権


EU・アメリカ側にすれば、ヨレヨレのウクライナ経済を助けようとIMF・世界銀行はじめ、民間銀行も融資をつぎ込んでいる。

これも立派な「貸金」である。返済不能になってもらっては困る。

経済がヨロヨロして「死亡宣告」(国債のデフォルト)しそうになるたびに「輸血」を繰り返す。そうやって「貸金」が膨らんでいった。

また、ロシアがウクライナとのガス債権の取引で、黒海艦隊基地をキープするのも、欧米は疑心暗鬼で見ている。「軍事大国復活を狙っている」。そう疑う。

(注)対露関係には、欧州と英国・米国では温度差がある。ドイツやフランスはより現実的・実務的であり、離れたイギリスやアメリカは強硬である。

・世界は第2次冷戦に突入

つまりこれは、ウクライナを争点にしたロシア(旧東側)と欧米(旧西側)の対立である。「第2次冷戦」と呼んでもいいだろう。

第2次ウクライナ戦争は「西側vs東側の代理戦争」である。ロシア軍が直接参加、NATOは直接介入を控えている事実を考えると、片側代理である。

第一次冷戦では、朝鮮戦争(1950〜53年)とベトナム戦争(1960〜75年)がやはり片側代理の代理戦争だった。アメリカ軍は参戦し、ソ連軍は直接参戦していない。

ウクライナ戦争は東西の直接参戦が逆になった。

その意味では、世界は第一次・第二次ウクライナ戦争を画期として、1950年ごろの世界に逆戻りしたとも言える。

・イデオロギー対立は去っても地政学的利害衝突は変わらない

「資本主義vs社会主義」というイデオロギー対立(第一次冷戦)はソ連の崩壊で終わったはずなのに、なぜ?

そう考えるのは単純にすぎる。

ロシア・ヨーロッパ・アメリカというアクターたちが抱える地政学的な環境は何も変わっていないのだ。

「イデオロギー」という東側の「上屋」は建て変わった。しかし「地政学条件」という土台の基礎部分は不変のままである。ウクライナは、その東西の地政学的な利害が衝突する、紛争地点、係争地に位置しているのだ(詳しくは下記拙稿を参照のこと)。



(2)ガスパイプライン迂回路開通で戦略環境が激変

さて「経済」「政治」「国際関係」の3つのループの話に戻ろう。

この3つの負のループが破れたのは2011年である。困ったことに、ループが破れて事態は悪い方向へと展開した。

・「ノルドストリーム」開通の衝撃

それはウクライナを迂回してロシアから欧州にガスを送る新パイプライン「ノルドストリーム」の開通である。これが2014年に始まるロシアのウクライナへの武力介入のドアを開いた。私はそう考えている。

Euronewsより

なぜパイプラインが?
迂回路ができれば、良さそうな話に聞こえるのに、なぜ?

国際関係論では、国際関係のルールを書き換えてしまうような変化のことを「Change of Strategic Condition(戦略環境または戦略条件の変化)」という。最近は「ゲーム・チェンジャー」ともいう。ゲームのルールが書き換わる、あるいは競っている競技そのものがサッカーからラグビーに変わる。そんな大変化のことだ。

詳しく見てみよう。

⑩ウクライナを迂回してEUにガスを送る「ノルドストリーム」完成

⑪ウクライナがガス代滞納してもEU向けガスが止まらない。迂回路完成。

⑫ロシアはウクライナに遠慮がなくなる。あるいは交渉材料がなくなる。

⑬ガス代金とのバーター取引をやめて軍事力で海軍基地を奪取=2014年・第一次ウクライナ戦争。

⑭ロシアの軍事侵攻を見て、ウクライナはロシア産をやめEUからガスを買う

⑮ウクライナもロシアに遠慮がなくなる。いっそう反露・ウクライナ文化中心主義に傾斜。

⑯ロシア・ウクライナ間で敵対と報復合戦。

⑰2022年:ロシアがウクライナに軍事侵攻

こうして時系列で並べると、2011年以降、ロシア・ウクライナ関係は
交渉決裂→敵対と報復合戦→部分的な軍事介入→戦争
と、破局的なエスカレーションを起こしている。

・ウクライナルート一本だとウクライナ有利


「ノルドストリーム」以前は、ロシアからヨーロッパに天然ガスを送るパイプラインはウクライナを通っていた。

ウクライナがガス代を滞納してロシアがガスを止めると、その西側にある欧州諸国もガスが止まった。冬季に暖房燃料が止まることは欧州では死活問題である。経済も打撃を受ける。ウクライナ・ロシア間のガス代滞納問題は、欧州を巻き込む。

ロシアにすれば、西側欧州国が怒るので、おいそれと「ウクライナへのガスを止める」という強硬手段に訴えることができなくなった。

またウクライナも、欧州が巻き込まれることで、交渉が有利になった。「払えないんだから、ガス代を値下げしてやれ」と欧州からロシアに圧力=介入がかかるからだ。

たいへん乱暴な言い方をすると、ウクライナは欧州を「人質」に取ることができた。

ガス迂回路ができてウクライナ交渉の立場弱体化

ところが、この「ロシア→ヨーロッパへのガス輸送路」がウクライナを通らないとなると、ウクライナはロシアとのガス代交渉で不利になる。

それまで応援団だったヨーロッパ諸国が「ウクライナがガス代を払えなくても、ウチは関係ありません」と離れてしまったからだ。事実、ウクライナは迂回路ルートの建設に猛反対した。

・欧州とロシアの利害が一致


欧州にすれば「いつまでもガス代支払いでロシアとモメているウクライナをガスルートが通っているのはエネルギー安全保障のリスク」と考える。

ロシアにしても、ウクライナを経由せずにヨーロッパにガスを売る方が、リスクが少なくて商売がラクである。ここでロシアとヨーロッパ(主にドイツ)の利害が一致した。

・CO2削減協定で欧州のロシアシフト・ウクライナ離れ進む

2018年代になって、ノルドストリームの2本目「ノルドストリーム2」が着工。この2本で、10〜15年の移行期間を経て、ウクライナ経由のパイプラインガスは完全に代替できる。

なぜ2本目が必要になったかというと、EU自身が温室効果ガスの大胆な削減を打ち出したCOP 21(『国連気候変動枠組条約第21回締約国会議』)が2015年に開かれ、その決め事である「パリ協定」が20翌年発効したからだ。

COP21の目標達成の手段としてEUが選んだのは
石炭→ 天然ガス→ 再生可能エネルギー
という段階的移行だった。その「つなぎ」の10〜15年にはどうしてもロシアの天然ガスが必要だった。

・ウクライナは欧州に見捨てられて孤立

これをウクライナの視点から見ると、同国を迂回するガス輸送路ができてししまうと、欧州という応援団を失う。孤立する。単独でロシアと対峙しなくてはならない。そんなことを意味する。

欧州が温室効果ガス削減を視野に入れて「ノルドストリーム2」建設へと向かう過程では、欧州はウクライナの利害をほとんど考慮していない。
現実はウクライナに不利な方向(NS2建設)へと向かった。

事実をたどれば「自国のエネルギー安全保障の利害を優先させ、欧州はウクライナを見捨てた」と言えるのではないか。

・ループが破れてロシアは軍事介入へ

ロシアは、ウクライナにますます強硬的になった。

「遠慮」がなくなったのである。

迂回路ができてしまうと、ロシアがウクライナを「ガスを止めるぞ」と恫喝しても、欧州はもう関係がないので知らんぷりをしている。ウクライナに「有事」があってもガスを欧州に売るルートは確保されている。ガス輸出でお金は安定して入ってくる。ウクライナが敵対する姿勢を続けると、次は軍事介入へとロシアの政策はエスカレートした。

ウクライナも、独立後20年にしてやっと、ロシア産ガス依存を減らし始めた。ロシアが欧州に売った天然ガスを、ウクライナが欧州から買い始めたのである。それまでとは反対方向へのガスの「逆輸出」である。

こうしてウクライナもロシアに遠慮がなくなった。

こうして両国は敵対と報復の応酬に入っていく。

マイダン革命でウクライナ大統領が亡命、政権が崩壊した権力の空白を狙って、ロシアがクリミア半島(黒海艦隊基地がある)を奪取したのは2014年。同時に東部2州への軍事介入を始めた。ノルドストリーム開通から3年後である。

2011年のガス迂回路開通がロシア・ウクライナ関係の戦略条件を書き換え、両国の敵対と軍事エスカレーションのドアを開いた。そう考えるのが自然ではないだろうか。

(3)文化と歴史の記憶をめぐる紛争

・歴史の書き換えは不可能である

人類に歴史を書き換えることはできない。書き換えることができるのは「歴史の記憶」であって「歴史」ではない。

別に難しい話ではない。人類は未だタイムマシンを持っていないので、すでに起きてしまった事実、やってしまった事実を過去に遡って変更することはできない。当たり前の話だ。

したがって「現在」の人間が議論できるのは、あくまで「歴史という過去の事実をどう認識するか」という「記憶の領域」だけなのだ。「主観の領域」とも言える。

主観にすぎないので「歴史の記憶」は書き換えが可能である。その記憶が「過去に起きた動かせない事実」に忠実であるとは限らない。むしろ、事実から離れていくことが多い。時間が経つにつれて関心が薄れ、記憶が曖昧になり、世代が変わって「風化」するからだ。

現代日本人にとってわかりやすい例は、福島第1原発事故である。わずか12年前に起きた戦争級クライシスなのに、すでに大多数は関心を失い、記憶が曖昧になっている。

当事者の国籍、立場、職業、生きている時代、社会環境や文化、場合によっては一人ひとり「歴史をどう記憶しているか」は千差万別、また同じ人間でも時間が経てばコロコロ変わる。マスメディアやプロパガンダの影響を強く受ける。

・大飢饉や第二次世界大戦の記憶をめぐって正反対の記憶

ロシアとウクライナの関係でややこしいのは、この歴史の記憶が2国間紛争に発展する点だ。 

本欄でも何度か触れた例では
①1920〜30年代の大飢饉
②第二次世界大戦中のウクライナのナチスドイツとの協力
③ウクライナ蜂起軍と指導者ステパン・バンデラ

にまつわる「記憶」が現在のロシアとウクライナ政府の「公式見解」では正反対である。

詳細は前掲の拙稿を参照してほしい。簡単にまとめると

①大飢饉
ウクライナ:ウクライナ民族を狙った虐殺「ホモロドール」。
ロシア:ソ連内のロシア、ベラルーシ、カザフスタンでも大量の餓死。

②ナチスドイツへの協力
ウクライナ:ナチスに抵抗してソ連軍に参加。またはパルチザンで戦った。
ロシア:ドイツ軍にウクライナ人部隊。ウクライナの地元警察がユダヤ人など民族虐殺に加担。

③パルチザン組織「ウクライナ蜂起軍」(UPA)とステパン・バンデラ
ウクライナ:ナチスにもソ連にも抵抗した民族の英雄。
ロシア:ナチス協力者。ファシスト。反ソ連。裏切り者。戦犯。虐殺者。

こうした歴史の記憶にまつわるロシア・ウクライナの対立が表面化したのは、前述の「経済」「政治」「国際関係」の3つの負のループがぐるぐる回るうちに、両国政府が非難の応酬を繰り返す過程において、である。

つまり、両国が対立する中で「歴史をどう評価し、記憶するか」を政府がそれぞれ「非難のネタ」として利用し、都合のいいように解釈し、記憶を書き換えたというのが現実なのだ。マスコミがよく使う言葉でいえば、両国政府ともに「歴史を政治的に利用した」「歴史を政治問題化した」のである。

繰り返すが、歴史の真実はひとつしかない。しかし、それを知るのは神様しだけである。人間は勝手に都合よくその記憶を書き換えようとする。

・「ウクライナを非ナチ化」と軍事侵攻を正当化するプーチン

ロシアのプーチン大統領は、第二次ウクライナ戦争を正当化するために「ウクライナを非ナチ化する」と主張する。ウクライナ政府を「ファシストが支配している」と非難する。そして東部2州の親ロシア住民が「虐殺されている」のを助けるのだ、という。

プーチン大統領やロシア政府の使う言葉やロジックを観察すると「第二次世界大戦中、ウクライナはナチスドイツに協力するファシストだった」というロシア政府バージョンの「歴史の記憶」から連続していることがわかる。

1941年と2022年を一足飛びにくっつけるとは、ナンボなんでもムチャクチャな、と思う。「ドイツのメルケル首相はナチス」というような話だ。

だが「それが真実に忠実かどうか」はロシア政府にとっては問題ではない。軍事攻撃を正当化できるか、自国民を説得できるかどうかだけが、ロシア政府にとっては重要なのだ。要するに「プロパガンダ」である。

・「民族英雄」も政府プロパガンダの一環


ウクライナ側も、政府の公式見解は、自国政策の正当化のためのプロパガンダであることは免れない。

本欄でも述べたとおり、ウクライナ蜂起軍が民族(ポーランド系、ユダヤ系など)虐殺を繰り広げたのは事実であり、書き換えることはできない。

(注)あえて補足すれば、UPAは多めに見積もっても10万人程度であり、ソ連軍に参加して戦ったウクライナ人450万人に比べればはるかに少ない。

そのロシアが敵視する人物を、わざわざ「民族の英雄」にしたり、キエフの「モスクワ通り」を「バンデラ通り」に改名したりして、ただでさえガス代問題でイライラしているロシアを刺激しなくてもいいのに、と個人的には思う。「やめておく」という選択肢もあった。

ウクライナ国民は拍手喝采して支持率が上がるだろうが、対ロシア政策としては「悪手」としか言いようがない。

が、これも政府の決定であるからには、プロパガンダなのである。「真実であるかどうか」より「政治的な利益があるかどうか」のほうが重要なのだ。

・日本・中国・韓国も歴史の記憶を都合よく書き換えて非難合戦

現代日本人はこのロシア・ウクライナの歴史の記憶をめぐるプロパガンダ合戦を笑うことはできない。

かつて大日本帝国に軍事支配された中国・韓国が、78年を経た今も日本への非難を繰り返すのは、それが自国政府にとって利益があるからだ(例:自国民の人気取り。あるいは『日本の帝国主義支配を打ち破った共産党』=本当は国民党=の正統性の主張のため、など)。

日本側では「嫌韓・反中」を自称する人々が書籍やネットに現れて、日本に都合にいいように書き換えた歴史を主張している。政府閣僚は(やらなくてもいいのに)靖国神社に参拝して、わざわざ中韓を刺激する。

日韓中がそれぞれ都合のいいように歴史を解釈し、書き換え、記憶する。それはすべて「主観による記憶の書き換え」なので「真実」はそもそも価値を持たない。したがって理性的な「歴史の真実」をいくら掘り下げようと、合意はもちろん、解決も妥協もない。議論に結論がない。終わりのないループなのである。

・ウクライナ語・ロシア語の選択も二国間紛争に

同様に言語の問題も、ロシア・ウクライナ二国間の紛争になった。

もともとウクライナはロシア語とウクライナ語が共存するバイリンガル社会だった。流行りの多文化(マルチ・カルチュラル)社会を先取りしていたのだ。

しかし、やはり前述の三つの負のループを循環する間に、ウクライナはどんどん脱露→反露→ウクライナ単独文化へと傾斜していった。

その現れが、教育や放送・出版・行政など公共の場でのロシア語排除・ウクライナ語オンリー政策であり、ソ連時代を賛美することを禁止する法律なのだ。

これはロシアとの敵対の中での「国威発揚」には効果があるかもしれない。

しかし、言語の制限や表現(ソ連時代の賛美)の制限は、国民の自由の制限であることは否定できない。民主主義国としては「悪手」なのである。

・国内政策は必ず国際関係にも影響する

情報のグローバル化時代の国際関係論の鉄則のひとつは「国内政策は必ず他国にも伝わり、国際関係にも影響する」である。

このウクライナの国内言語政策は、ロシアを刺激した。そして「少数民族として抑圧されているロシア系住民を救う」というロシアの軍事介入に口実を与える結果になった。残念としか言いようがない。

本来は、歴史も言語も「文化」の領域に属する。「軍事」や「経済」のような、むき出しの利害や力が衝突する場面は少ないはずだった。

しかし、その歴史や言語を政府が自国の利益に利用する(=政治化する)と、それぞれの国民感情は、後戻りできないほど悪化し敵対する。ウクライナ戦争は、その破滅的な帰結の一例である。31年にわたるウクライナ・ロシア関係の破局から現代日本人が学ぶことがあるとするなら、その点ではないだろうか。

(2023年2月2日、東京にて記す)

<注1>今回も戦争という緊急事態であることと、公共性が高い内容なので、無料で公開することにした。しかし、私はフリー記者であり、サラリーマンではない。記事をお金に変えて生活費と取材経費を賄っている。記事を無料で公開することはそうした「収入」をリスクにさらしての冒険である。もし読了後お金を払う価値があると思われたら、noteのサポート機能または

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<注2>今回もこれまでと同様に「だからといって、ロシアのウクライナへの軍事侵攻を正当化する理由にはまったくならない」という前提で書いた。こんなことは特記するのもバカバカしいほど当たり前のことなのだが、現実にそういうバカな誤解がTwitter上に出てきたので、封じるために断っておく。


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