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朝4時の路地で自殺

朝、それはそれは強い希死念慮が私を起こした。
首を吊ったあの日のような、抗いようのない希死念慮。
心に鋭い針がたくさん刺さったみたい、痛い。痛い。心が痛い。

心に痛覚はないはずなのに、心が酷く痛い。

その日の朝、何をしたのかはあまり覚えてない。
唯一覚えているのが、駅の近くのスタバでソイラテを注文したら、お姉さんに「パンプキンラテもいいですよ、おすすめです。私いつもこれを飲んでいるんです。」と言われて、じゃあ私もそれにしようと思ってパンプキンラテにした。

普通のラテかと思ったが白いクリームがたくさんのっていてびっくりした。
その"美味しいラテ"をお姉さんの横で飲んだ。
クリームをストローですくいながら飲んだ。

美味しいなぁって思った。

そのあと病院に行って生検の結果を聞きに行った。良性の何かだったらしい。それは良かったが、そのあとまだお腹が痛むことを伝えると「うーん、気のせいじゃないですか?こういう薬(精神科の薬)飲んでますしw」

と言われた。精神障害者の主訴は蔑ろにしてもいいルールでもあるのだろうか。精神障害者になってから自分の訴えを取り扱ってもらえないことが増えた。
そんなことを言われながらもお腹はやっぱりズキズキしていて苦しかった。

そのあと夕方の約束の時間まで家にいた。
心が苦しくて苦しくて仕方がなかった。
起き上がるのもしんどくてベッドに倒れたまま時間が経つのを待った。

その最中、今日でもう終わりにしようと思い、飛び降りる時の怖さを紛らわすために、貯めてあった抗うつ薬と抗不安薬と抗精神病薬をお薬のシートから全部出した。

下剤を含めodをすることは慣れているのですぐに持っている薬を全て出せた。

夕方から大切な予定があるのでそれが終わったら飲もう、と思った。

夕方の予定をこなして家に帰るものの、夕方の予定で食べすぎたせいでお薬が飲めなかった。

私はどうしても今日終わりにしなきゃいけなかったのに全然終われなくて焦った。
お薬が入る隙間が胃のどこにもなかったから仕方なくいつも通り眠って明日を迎えようとした、が、その日の私は絶対に今日で終わらせてやると思っていて、なかなか眠りにつかなかった。

死ぬなら、朝の澄んだ空気の中がいいな、

とついこの間朝の空を見ながら思った。

私はお茶とお薬の入ったジップロックを徐に取り出して、あと大切なイヤホンと財布、家の鍵を持った。
最後に、本当はこの日好きなブランドのPOP UPに行くために働いて稼いだお金をバンッと机に叩きつけ、そこから五千円だけ取って勢いよく外に飛び出した。

数日前から下見をしていた高い場所へ向かった。
向かう最中、ジップロックに手を入れ薬を乱雑に掴み取り口に入れて、カフェインの時とおんなじお茶で飲んだ。

私の中の私が「お前なんか早く死んでしまえ。お前なんかいらない。」といってくる。

高いところで恐怖が去るまで待っていた。
息が上がり、汗が出て手が震えた。
絶叫系が世界で1番苦手な私に飛び降りなど無謀だったと思う。
あとこの高さじゃ絶対に死ねないということを悟り、ただもう少しでもodしたならもう最後まで、と思い、持っているお薬を全て飲んで、家に帰って残りのお薬も全て飲んだ。

朝の空がすごく綺麗で、この自殺が成功したらこれが最後の空になるのかなーって写真を撮ろうかなって思った。
こういう空の日に死にたかったから嬉しかった。

空を見ながら街を徘徊した。
私が今から死のうとしているとも知らない、カラオケでオールをした大学生たちが楽しそうに階段から降りてきた。

毎日暖かい家で過ごしているであろう犬が私の横を通り過ぎた。

駅には朝早くからどこかに行く人が並んでいた。

私が最後に見たのはその景色と路上に横たわる私を酔っ払いと勘違いして家に帰らせようとする警察官の足だった。


次に気がついたのは真っ暗な病室で看護師さんに話しかけられている時。

何を話したのかはわからないけれどトイレに行くことになっていた。

トイレに行こうと思い起き上がると幻覚が見えた。私はトイレどころじゃなくなり、幻覚を引っ張ったり引っ掻いたり触ったりした、何度も。

私には幻覚が見えるけれど、看護師さんには何も見えないから私はただただ空を引っ掻いているだけの人に見えていたと思う。

何度も「🍑🐻‍❄️さん、わかる?大丈夫?」
「ここ病院だよ?」「トイレにいくんだよ?」
「わかる??」
と聞かれていた。
その時私は幻覚で見えていた靴の靴紐を結んでいる最中だった。靴は看護師さんが持っていたのに。

幻覚の靴の靴紐を結んでいると、また話しかけられ、本物の靴を見せられた。

本物の靴を履き、すぐ近くのトイレに行った。

帰ってきてベッドに入ると横にいた看護師さんに腕を拘束器に通されて、「お母さんから拘束していいって許可もらってるからね...」と言われて、
ああ拘束されるのか〜、と思った。

次起きたら朝だった。
私が薬を飲んだのが9月2日の朝の4時で、目が覚めたのは9月3日の昼前。
ほぼまるまる1日眠っていたらしい。

起きたら「🍑🐻‍❄️さんここは○○病院だよ。」と言われた。意外と近くに搬送されていたらしい。

「起きたのね。あなた昨日運ばれてきた時は肩を叩いても、何を言っても反応がなかったんだよ。」と言われ驚いた。

確かにCTをとった記憶もないし採血をした記憶もないし、下をオムツにさせられた記憶もないし心電図のテープやパルスオキシメーターが指にくっつけられた記憶もなかった。

起きてからもぼーーっとしていて記憶にない。
看護師さんがなにかしにきて「またくるからねー」と必ず言ってカーテンを閉めて戻ってくることの繰り返しだった。

何度か、腕曲げちゃダメだよ、点滴入っているからとか言われた気がする。

あとトイレに行きたいと言ったら車椅子を使って行くことになっていた。

ちょうど1週間くらい前体調不良で駅で倒れた時も車椅子だったので最近車椅子に乗ることも増えたなと思った。

昼前に起きたから、昼ごはんから食べようと言われて、食事にチャレンジすることになっていた、ものの、自殺しそびれたあとさすがにお腹は空かない。お米を少しだけ食べて寝ていたら、「何が食べられるかな?ジュース??ゼリー?ゼリーだけ置いておくね。」と言われてゼリー以外のものは回収になった。

「ご飯食べなきゃ点滴抜けないから頑張って食べてね。」前の入院でも全くおんなじことを言われた。

自殺企図に失敗したあとバクバクご飯を食べられるメンタルはないのでこの日も全然食べられなかった。

あとでゼリーを食べようと思ったがいつのまにか回収されてしまった。

昼過ぎに看護師さんに
「めっちゃ喉かわくよね?お茶買いにいかない?」と言われて、お茶を買いに行くことになった。その時初めて自分の足でたった。
すごく重くて重くて一歩一歩踏みしめるのが大変だった。
ようやく着いた自販機にはたくさんのジュースやお茶が並んでいて、お茶と水しかない閉鎖病棟とは違って色鮮やかだった。

また病棟内にくつろぐ場所?があって驚いた。

部屋に帰ってお茶を飲んだ。

その後の記憶もあまりなく、寝て起きて寝て起きてって感じだった。

前の病院とは違ってて精神科がない病院だったから精神科の先生と話すことはなく、精神科への紹介状を渡されることに決まった。

看護師さんと適当に話しつつ夜を迎え、明日退院になることにきまった。

夜のご飯も無理やり食べたが食べきれなかった。
前に入院した病院よりご飯が綺麗で美味しくてびっくりした。
本当にご飯がどれもキラキラ輝いていて、病院が違うだけでこんなにも違うんだなって思った。

薬が効いていたので夜も難なく眠れて朝になった。

今回は普通の身体科に救急科の患者として入院しているので場所的には身体科(外科)で他の患者さんもたくさんいてうるさかった。
今まで高度救命センターと精神科しか入院したことがなかったから、うるささにびっくりした。

午後になって退院の時がきた。
精神科への紹介状を持たされたのでこのあとまた閉鎖病棟行きになりそうで怖い。
怖いけど自分でやったことだから仕方がない。
またしても大切な予定が壊れて何もない人になった。
その事実だけでもう死ねる、本当に私は一体いつまで生きながらえるのだろうか、と今日も一人ひとり命の灯火が消えてゆくフォロワーのことを想いながら思った。


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