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歴研部員「橘の君」事件簿【第7話】猫塚にて…虐待の事情 Ⅲ

アキラくんに取り憑いていた“七つ尾の猫”は、さも私のことを知っているかのように話しかけてきた。

「そなたは本当に自分が何者なのか知らないようだね」

私は夢の中で呼ばれたことを思い出した。この七つ尾の猫、改め“ななお”が呼んだと思ったから、猫塚までやって来たのだ。

「あなたでしょう? 私の夢に出てきて『こちらへおいで』って呼んだのは」

「ちょっと何を言っておるかわからんのう。なぜ私がそなたの夢に出なければならんのじゃ」

「え、じゃあ、あの声は誰だったの?」

私は当てが外れて戸惑った。そして“ななお”もなぜか動揺したようだ。

「話がこじれてしまうとまずい。私もいらぬことを言ってお怒りを買いたくはないからのう。これ以上の詮索はせぬことじゃ」

「ちょっと!なによそれ?めちゃ気になるんだけど」

ななおは私から詰められると、話をはぐらかせた。

「それより、アキラくんとやらを放っておいてよいのか」

そうだった。取り憑いていた化け猫が口から出たので、助かったつもりになっていた。まだアキラくんの無事を確認していないではないか。

私はアキラくんの方を振り向いて、近づこうとした。

「ダメだ!近寄るんじゃない!」

万代くんが叫んだ。

憑き物が落ちたはずなのに、アキラくんの様子がおかしい。

もう口が裂けて牙をむき出してはいないものの、まだ目がイッている。

「ななお、あなたのせいじゃないの?」

「まあ、まったく関係ないとはいいきれんが。説明するのはむずかしいのう」

「どういうこと?」

歯切れの悪い返し方をするので、問いただしたところ、ななおは経緯を話し出した。

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アキラくんから酷い仕打ちを受けた子猫は瀕死の状態ながら、猫塚まで這うように辿り着いて息絶えたという。

単に面白がって動物の命を奪おうとする理不尽な遊びだった。子猫は恨みを募らせて、そのことを訴えたい一心で猫塚を目指したのだ。

猫塚に祀られて静かに眠っていた七つ尾の猫が、子猫の怨念によって久々に目を覚ました。

もとはと言えば、佐賀城で起きたお家騒動で息子を殺された母親の怨念が取り憑いて化け猫となったこまも、退治されて無念だったろう。

こまを斬った千布本右衛門の家系は代々、跡継ぎの男子が生まれなくなった。そのためこまの霊を鎮めるために七つ尾の猫を描いた掛け軸を祀ったのが始まりだ。現在は石に彫られた七つ尾の猫が祀られている。

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「私はアキラとかいう少年を懲らしめてやろうと思い、猫塚まで呼び寄せたのじゃ。ところがただの子どもではなかった…」

ななおが核心に触れようとしたところ、またしても万代くんが口を挟んだ。

「すでに霊が取り憑いていたんだね。しかも母親の生き霊が」

「ほう、お前は見えるのかい。そんな力を持っているとはのう」

「ちょっと待って。母親の生き霊ってどういうこと?」

私はななおと万代くんのやりとりを遮った。情報が混乱してしまったからだ。

すると万代くんが分るように整理してくれた。

「猫塚でアキラくんに会った時、動物と女の人が見えるって言っただろう」

「その正体がここでわかったのね…」

私は彼の言葉を聞きながら思わず固唾を呑んだ。

「動物は“七つ尾の猫”で、女の人は“アキラくんの母親”だったんだよ」

「そいういうことじゃ。だから少年には私と母親が取り憑いて“化け物”となっていたのさ」

ななおが子猫の無念を晴らすために取り憑いたのは心情的に分るが、母親の生き霊というのが解せない。

私がよほど腑に落ちない顔をしていたのだろう。万代くんが補足した。

「生きている人の嫉妬や恨みが怨念となって現われるのが生き霊なんだ。本人は自分の生き霊に気づいていないからやっかいなのさ」

「なんでそんなことに…」

私はそれを聞いて悲しみがこみ上げてきた。

「ううう…ごめんなさい…」

するとむせび泣く声が響いた。アキラくんの母親だ、

「まさか、まさか私がアキラを苦しめていた何て…ごめんね…アキラ、ごめんね…」

母親はアキラくんに駆け寄って抱きしめようとした。

「黙れ!」

ところが、アキラくん…いや母親の生き霊が憑いた少年は野太い声でそれを拒絶したのだ。

「まだ目が覚めないのか。そうやって上っ面だけ優しい母親の顔をしても、アキラはちゃんと見抜いてるんだよ」

なんということだ。アキラくんに取り憑いた母親の生き霊が、自分自身の心の闇を暴きはじめた。

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私の母は優しい人だった…普段はね。でもあの男の顔色をうかがってビクビクして生きていた。私がまだ幼い頃、母が再婚した男は私の父親となったが、いつも機嫌が悪くて怒鳴ってばかりいた記憶しかない。男はサラリーマンだったが賭け事が好きで、母も仕事をしており夜遅く帰ってきた。私が寂しくて泣き出すと男は怒鳴って黙らせようとするが、泣き止まないと外につまみ出してドアに鍵をかけた。外で声を上げて泣いているとやがて暗くなり、夜中に仕事から戻った母が家に入れてくれるというのがパターンだ。

「なんで大人しくしてないの。お父さんは仕事で疲れてるんだから、めんどうかけちゃダメだって言ってるでしょ。ちゃんと謝りなさい」

いつもは優しい母が、あの男の機嫌をとるためならば、私にさえ厳しくあたる。男は気に入らないことがあると母に手を上げたり、茶碗を投げつけることもあった。時には私をぶつこともあったが、母は見ぬ振りをしていた。それどころか、男が泣き叫ぶ私を黙らせるように言うと、母が私をぶつようになった。

私が小学生になってほどなくして男は出ていった。母は何も話してくれなかったが、他に女ができたのだろう。私はそんな母から「あんたのせいで、あんたのせいで」と言われながら育った。

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アキラくんに取り憑いた母親の生き霊は、自分の子ども時代を回想すると、目の前にいる自分自身に訴えた。

「あんたは、自分が母親からされたのと同じことをアキラにしているんだよ。自分じゃ優しい母親のつもりだろうけどね。ダンナが機嫌悪いと、カワイイ息子を定規で叩くんだから酷いもんさ」

生き霊から指摘された母親の本体は狐につままれたような顔をしていた。

「酷いなんて思ったことはないわ。私はただアキラをしつけようという一心で…」

「アハハハ。そうだよね。何にも分っちゃいない。だからこうして生き霊になったんだけどね」

生き霊は母親本体に向けて呆れたように指摘した。

「なぜ、なぜアキラに取り憑く必要があるの」

母親が訴えると、生き霊が応じた。

「アキラも父親に対して恨みを晴らしたいに違いないと思ったからさ。そしたら都合がいいことに、取り憑こうとした化け猫が力を貸してくれたんだよ」

私は母親と生き霊のやりとりを聞いて驚いた。

「え?ななお!あなた、生き霊のことをわかっていて…」

するとななおが答えた。

「うむ。アキラが子猫に酷い仕打ちをしたのは、家庭環境に原因があると見たからのう。根本から手を入れねば、次の犠牲が出ると踏んだのじゃ」

それでアキラくんに取り憑いて父親に傷を負わせたというのか。やはりななおも“化け猫”なのだ。怨念による仕返しは怖い。

「アキラ!ごめんなさい!お母さんを赦して」

母親が涙を流して呼びかけたところ真心が通じだのか、アキラくんも今度は拒絶しなかった。

さっきまで別人のような目つきをしていたアキラくんが、お母さんから抱きしめられて正気に戻ったようだ。生き霊も本体に還ったらしい。

もう母親がアキラくんを虐待することはないだろう。そしてアキラくんも動物を虐待することはなくなるはずだ。

「やれやれ、これで子猫の魂も少しは浮かばれるじゃろう」

ななおはそうこぼして姿を消した。

金子さんが事情を察して通報したようだ。サイレンの音が近づいてきた。

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帰りのJRでは二人とも疲れ果ててぐったりしていた。

私から会話を切り出した。

「猫塚詣でのつもりが、とんだハプニングに巻き込まれましたね」

「ボクなんか、君が里中さんに同行を依頼して、その代役が回ってきたんだけどね」

「ですよね…危ない目に遭わせてしまいすみません」

「おいおい、なんか素直に詫びを入れられるとこそばゆいな」

「え、いいじゃないですか。それより、里中部長に何て報告しようかな~」

「ありのまま話せばいいさ。あの人はこれまでそうとう修羅場をくぐってるらしいからね。これくらいじゃびくともしないよ」

「へーそうなんだ。どんな修羅場があったのか聞いてみたいな」

博多駅に着いたのはよる7時頃だった。

「万代さん、今日はありがとうございました」

「ボクの方こそ貴重な経験をさせてもらえたよ。ありがとう」

「じゃあ、失礼します」

「ああ、じゃあまた」

それぞれ筑紫口と博多口から出るので別れた。

私は帰宅するとシャワーを浴びてからコンビニ弁当を食べた。

早めにベッドに入ったが、目が冴えてなかなか眠れない。

ようやく眠りについたと思いきや、またあの声が聞こえてきた。

「こちらへおいで…こちらへおいで…」

「あなたは誰? なぜ私を呼ぶの?」

「こちらへおいで…こちらへおいで…」

夢の中とは思えぬほどハッキリ聞こえた。

「わかったわ。どこに行けばいいのか教えてちょうだい」

そう問いかけたところ、声はしなくなった。

やがて私は眠りに落ちたようだ。目が覚めると朝だった。

「ななおに聞くしかないわね」

その日、私は一人で猫塚に向かった。


「【第8話】」へ続く


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