宇野さんnote

「個人的なノートブック」を書きはじめる

 ふと、思い立って個人的なノートブック(定期購読マガジン)をつくることにした。この機会に改めて自己紹介をすると、僕はサブカルチャーの批評が専門の批評家だ。少し前まではよくテレビのワイドショーや討論番組に出ていたし、3年ほどラジオ番組のパーソナリティもしていたので、そちらで知っている人が多いかもしれない。

そしてもう10年以上「PLANETS」というメディアを主宰して、雑誌やメールマガジン、動画配信など独自の情報発信を続けている。話題になったものでいうと、落合陽一のデビュー作『魔法の世紀』や昨年のベストセラー『デジタルネイチャー』は僕が企画・編集し、PLANETSから出版された本だ。

来年からは「遅いインターネット」をコンセプトにあたらしいウェブマガジンをはじめようと準備を進めている。これまでたくさん本を書いてきたし、自分のメディア(PLANETS)も活発に活動している。それでも(だからこそ)何か、個人的に好きなように書ける場所が欲しくなって、こんなものを立ち上げてしまったのだ。

 僕はもう何年も、SNSにはほとんど宣伝しか書いていない。なぜかというといま、公開のSNSで意見を書くことは、とてもコストの高いことになってしまっているからだ。Twitterという一つのムラを中心に回るいまこの国のインターネットでは、そのムラの空気を、タイムラインの潮目を読んで発言しないと、たちまち誰かに石を投げて自分を慰めたくて仕方がない人が殺到する。そして前後のツイートすら読まずに難癖をつけられたり、ネガティブに脚色された事実を拡散されることになる。正直、そんなことにかかわって時間を使ったり、ストレスを貯めたりすることは人生の無駄遣いだ。僕が宣伝しかSNSには書かないことにしたときに、知人友人の多くがそれはインターネットの可能性に背を向けるもったいない行為だと苦言を呈してくれたけれど、僕は懸命な態度を取っていると思っている。実際に僕の周囲にもそう感じて、SNS(特にTwitter)から(いまさら)距離を取る人が多い。

 しかしその一方で、日々の思考を書き留めることや、思考が熟成されていく過程を読者とシェアすることができるインターネットの面白さのことを、僕たちは忘れてはいけないと思う。本のようなかたちで完成品を読者に届けることとと同じくらい、未完成の思考形成されていく過程を共有することがより深くメッセージを伝え、多面的にものごとを考えるきっかけを与えてくれる。インターネットとこの四半世紀付き合ってきた僕たちはこの事実を経験的に知っているはずだ。僕らはWEB日記を、ブログを、SNSを、「永遠のβ版」とも呼ばれる「インターネット的なもの」を、「本」的なものよりも下に見みることはもうできないはずなのだ。未完成なものからのほうが、完成されたものよりも多くのことを学ぶことができることを、既に知っているはずなのだ。

 もともと、このnoteは個人的なエッセイを書く場としてつくったもので、週に1度書くか、書かないかのペースで更新してきた。ほんとうに書きたいことを思いつくまま書いているのでとても楽しく、どの文章もとても気にいっている(溜まってきたら、まとめて本にしようと思っている)。有料マガジンの更新はなんとなくだけど、月8回程度を考えている。エッセイはこれまで通り無料公開にするつもりだけれど、時事評論や作品批評の類は有料のマガジンに収録するつもりだ。あと、情報発信のノウハウやメディアの運営に興味がある人も僕の読者には多いと思うので、PLANETS/遅いインターネット運営の構想とか、裏話なども書いていきたい。購読してくれた人にお得感を持ってほしいので、僕のいまではあまり読むことができない過去の原稿を更新したり、次に出す本の文章の一部(たとえば来年出るNewsPicksBooks「遅いインターネット」)も公開する。実は数年前から久しぶりに小説を書きたいと思っていて(僕は若い頃に少しだけ、小説を発表したという黒歴史がある)その場にも使えたらいいなあ、と夢想していたりもする。

 公開のタイミングで、記事は2本用意した。1本は映画『ジョーカー』について書いた批評で、このnoteのために書き下ろしたものだ。最初に結論を述べると、この映画は確実に2007年の『ダークナイト』から後退している。そこで描かれた世界は1/3ほどせまくなり、深さもあまりなくなっている。しかし、「それゆえに」この映画は重要だというのが僕の立場だ。なぜいまヒース・レジャーのジョーカーの成立する余地はなく、ホアキン・フェニックスのジョーカーが支持を集めるのか。そこに論点は存在すると僕は考えているのだ。

 もう1本は僕が来年の2月に出版する新刊「遅いインターネット」の原稿の先行公開だ。これから一部を発売までに10日に一回くらいペースで公開していこうと思う。出版まではまだ少し時間があるのだけれど、先行公開して反応を見てみたい、という気持ちが強い。原稿はいま、ブラッシュアップしているところなので実際に本になって読者が手に取るものとはもしかしたらだいぶ変わってしまうかもしれない。仮にそうなったときは、思考の原型というか製品のプロトタイプが公開されていると思ってほしい。結論ではなく思考の過程を追うこと、完成品ではなく未完成品を手に取ることにも意味はある。これを読んでいるあなたが潜在的にでも何かを書いてみることに興味を持っているのなら、なおのことだ。その意味でも、完成された本とこの原稿とを読み比べてほしいと思う。


イラスト (c)ENDO-ROLL/endo

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