【読んでみましたアジア本】インドと中国、二大国の間に横たわる「アジア」事情を知る:タンミンウー『ビルマ・ハイウェイ』(白水社)

◎『ビルマ・ハイウェイ:中国とインドをつなぐ十字路』タンミンウー・著/秋元由紀・訳(白水社)

1年ほど前にジャーナリストの舛友雄大さんに紹介されて手にした本。いつも言葉の少ない舛友さんなので具体的に何が書かれているのかの説明は特になかったのだけれど、勉強家でとにかく目の付け所が現地に根ざしている彼ゆえに、尋ねるよりも「とにかく読んでみなければ始まらない」という気分になったのだった。

なぜにビルマ? ビルマは今、1991年に軍事政権が変更した「ミャンマー」という国名で呼ばれている。だが、2011年に書かれた本書では著者は旧名称にこだわり、その表記を使っている。そのこだわりについて本著上では特に著者からの説明はないが、考えられる理由として、まずこの本の内容がアジア全体の歴史的な主従関係や文化的つながりの変遷に重点を置いていること、次に口語で使われ続けてきた「ビルマ」が軍事政権に「反体制的」とみなされていること、さらには現在、著者が研究拠点として身を置いた旧宗主国イギリスが使い続けてきた「Burma」などに馴染んでいること――などが考えられる。

なので、本著では今は「ヤンゴン」という名前で目にすることが多い「ラングーン」や、インドの「ムンバイ」「コルコタ」「チェンナイ」「ニューデリー」も「ボンベイ」「カルカッタ」「マドラス」「デリー」という旧名で出現する。南アジア情勢に疎いわたしにとっては旧名のほうがかつて読んだアジア系名著を思い出すことができてありがたいのだが、今の地図では表記が違うので、れらの旧名を付記した地図をつけてくれるとありがたかったのだが…(巻頭に歴史的地図はついているのだが、詳細地名が付されておらず、特にインド編などはスマホでGoogleマップをたぐりながら読み進めるしかなかった)。

前述したとおり、舛友さんからは「オススメ」といわれたきり、内容についての詳しいレクチャーを受けていなかったので、わたしはてっきりこの本は「ハイウェイ」の書名通り、今中国がアジアで進めている「一帯一路」政策の高速道路建設にまつわる現地からの声だとばかり思っていた。

ところがどっこい、原作のタイトルは「Where China Meets India: Burma and the New Crossroads of Asia」(中国とインドがめぐりあう場所:ビルマとアジアの新たな交錯)。文字通り、アジアの超二大国である中国とインドがこれまで東南アジア、南アジアにもたらしてきた影響とこれから影響を与えるであろう要素を、両国と国境を接しているビルマ出身の研究者がその中間の位置に立って読み解くものだった。その解説は単純な現状分析ではなく、それこそ同地域を巻き込んだ歴史、地理、言語、宗教、文化、人種、軍事、経済、そしてもちろん政治、加えてグローバルパワーとの関係を含めた詳細な紹介と分析から成っており、相当に中身の濃い本である。

特筆すべきは、内容部分だけで360ページを超える厚い本だが筆者は研究者という立場でありながらも、平素でわかりやすい言葉を使い、また丁寧な記述でその複雑に絡み合った関係性と情報をきちんと整理して陳述していることだ。また前述のように分析の立脚点はさまざまだが、翻訳のスムーズさもあって大変読みやすい。アジアの地図をそばにおいて地名やその位置などを参照しながら読み進めることをおすすめするが、これまでまったく知らなかった――そしてたぶん、中国の東南アジア進出に関心があるものの、やはり東南アジアについてほとんど知らない日本人にとってはかなり有用な――情報がぎっしりと詰まった、読み応えのある良書だった。

●「アジアの裏口」ビルマ

ここから先は

5,907字

¥ 300

この記事が参加している募集

推薦図書

このアカウントは、完全フリーランスのライターが運営しています。もし記事が少しでも参考になった、あるいは気に入っていただけたら、下の「サポートをする」から少しだけでもサポートをいただけますと励みになります。サポートはできなくてもSNSでシェアしていただけると嬉しいです。