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人間関係の不和という不協和音

人間関係の不和って、どうして起こってしまうんだろう。悲しいし、切ないし、辛いし、できれば起こってほしくないし。一方で、不和にならないように気を遣って、遠慮して、自分を隠しているのも疲れるし。

どうして起こってしまうんだろあ。

それはきっと、ボタンの掛け違いのように、状態の掛け違いが起こっているんじゃないかなと思う。

つまり、自分の波長(気分といってもいい)がいつもと違うのに、周りの波長がいつもと同じ。逆に、自分の波長がいつもと同じなのに、周りの波長がいつもと違う。


わかりやすいのでいうと、女の人にくる月のものとか。自分は普段とは違う波長になっているのに、仕事や周りの人の波長や感性は普段と同じ。

だから、いつもはまったく気にならない、些細なことにちくっと感じてしまったり、ぴりっとアクセントが強いように思ってしまう。やっかいなのが、そう思う自分がアンコントロールな状態にあるという。

周りはいつもと同じ。ただ、受け取る自分の状態が違うだけ。とか。


先日、あちこちオードリーでママタレントが集まった回があって。

ママタレントが抱える苦悩や葛藤が主なトークテーマだったんだけど、途中、旦那様への当たり方の話が出た。

「本当はあんな言い方しなくてもよかったのに、あのときは許せなかった」「今思うと、なんであんなに怒っていたんだろうと思う」と、ママたちは口々に言った。

命を生み出し、育てるのはちょっと話が違うのかも知れないけれど、とはいえ、生み出した側と生み出した子どもを受け取る側では波長が違うから仕方がないのかもしれない。


ただそれだけの、引っかかりっていうのかな、何かが “ ちょっと” 違うだけで、不協和音が鳴り響く。人間関係ってピアノの音階と一緒なのかもしれない。

ポンポンポン、と心地よい音を鳴らせていればいいけれど、ジャジャーン! と和音になるとまた音が変わる。

それが不協和音なのか、耳心地がいい和音になるか。

”終わりよければすべてよし” になれましたか?もし、そうだったら嬉しいなあ。あなたの1日を彩れたサポートは、私の1日を鮮やかにできるよう、大好きな本に使わせていただければと思います。