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ドアから5歩で始まった人間関係 不思議で素敵な1年の交流

春は出会いと別れの季節。社会人となり、同僚や取引先の人事異動の知らせを聞くと切に思う。人は一生の内に、どれくらいの人と出会うのだろうか。その中で、同じ誕生日の方にであうのは稀だ。0.3%の確率だという。

今夜は、私の人生の中で
本当に不思議で、素敵な出会いを綴ってみたい。

私は、結婚する前は集合住宅に住んでいた。
ワンフロア40軒ほどで、10階まである大きな建物だ。当時の私は仕事が忙しく、朝は早く、帰宅は遅い。自宅は寝るためにあった。
今振り返ってもストレスの多い日々だった。
毎日歯を食いしばり、懸命に働く。

ある休日、お昼過ぎにドアを開けると
真向かいの部屋に戻ろうとするおじいさんがいた。不思議にも私から声をかけた。どんな会話をしたのか。今となっては、あまり覚えていないが、後日おじいさんのお部屋に遊びに行くことになった。おじいさんは半年前に引っ越してきたばかりで、近所に知り合いがいないこと、趣味で毎日『写経』をしていること、若かりし頃は『予科練』に入っていたことなどを話してくれた。話が盛り上がり2時間くらいお邪魔したと記憶している。
おじいさんは、博識で、落語や和歌、戦争の話などをいろいろと教えてくれた。

一番驚いたのは、私とおじいさんの
誕生日が同じだったのだ。

不思議な縁で繋がった私たち。
その後、交流は続き
◉時間が出来るとおじいさん宅で二人食事をするように
◉休日に、二人で喫茶店に行ったことも。
おじいさんがマスターにやたらと話しかけて、少し恥ずかしかった
◉おじいさんの奥さんのお墓参りにも一緒に行った

有意義な日々を過ごした。
この関係は、私が結婚して転居するまで約1年間続いた。

結婚式にもご招待し、親族席に座ってもらった。本当のおじいさんのような関係であった。
おじいさんは出会った頃、89歳。

ある時、住宅の階段で足を滑らせてしまった。
入院後は、施設での生活となり、91歳で亡くなった。

おじいさんのお葬式のお手伝いもさせていただき、娘さんとは現在も交流が続いている。

妻からは
 ”二人の交流は昭和的だね”
          と言われている。

不思議な出会いで始まった私たちの関係。
前世では親族など深い関係だったのではないか?!と個人的には思っている。

人はあなたが言ったことも、あなたがしたことも忘れてしまう。
だけど、あなたに対して抱いた感情を忘れることはない。

マヤ・アンジェロウ

お彼岸などのタイミングで故人を振り返るとき
一緒に行ったお墓参りのドライブが思い出される。あの時、予科練の訓練場跡地にも
足を伸ばしたよね。今は史跡として残っているものは少なかったけど、車中で戦時中の話を聞いたよ。ちょっとチンプンカンプンで聞き流していた部分もあったけど、楽しかったよ😄

子どもが誕生し、今のお家に引っ越して3年。
おじいさんのように親しいご近所はまだできていない。

焦らず、気張らず、自然体で。
自分の周りに豊かな関係を築いていきたい。

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