ばぶかす出演SS 『私の初舞台』

※ この物語はフィクションです。

「大変長らくお待たせしました!それでは発表です。映えあるオーディションにて見事選ばれましたのは…、エントリーナンバー ーーーーー」

たくさんの歓声と拍手が沸き上がり、私から少し離れた位置にスポットライトが当てられた。 周りの雰囲気につられて、思わず手を叩く。
司会者から声が掛かり、光に当たった人物は3歩進んで前に歩み寄る。眩い中で司会からマイクが手渡され、震えつつも喜びと感謝の気持ちを伝えていた。その間、私を含む数人は、横一列に並んだままで様子を眺めている。

私じゃなかった。

麻痺していた感覚が戻ってくる。発表直後は呆然としていたが、段々と意識がはっきりしていくのが分かる。今インタビューを受けている、あの人の名前が思い出せない。さっきは聞きそびれてしまったが、後でまた確認できるだろうか。

悔しい。

いいや、今は他の事を考えよう。このオーディションを受けている間、ずっとファンがたくさん応援してくれた。人数は他より少ないかもしれないが、熱量ではどこにも負けない自信がある。心強く頼りになる存在で、ファンの応援あって私も全力でチャレンジできた。

ダメだった。

少し周りを見渡そう。私の立つステージから少し見下ろす形で、審査員がそれぞれ好評を述べていた。どうやら、最後まで誰にするかを決められず、難しい審査になっていたらしい。皆の強い意思を受け取ることができ、開催して本当に良かったと感じたそうだ。

ツラい。

こうしてオーディション発表は終了し、会場全体が明るくなった。観客側が出ていくのを見届けると共に、舞台に居た人達も順番に降りるよう促された。緊張が解けたせいか、ステージに居た人達は疲れとリラックスした表情が混ざりあって見えた。時間はそんなに長くないはずだが、立ちっぱなしに慣れていないせいか足が痛い。

早く逃げたい。

抑えていた気持ちが、今にも爆発しそうになる。控室に置いていた鞄だけ回収し、急いで会場を後にする。控室で何人かくつろいでいる人達も見掛けたが、今は誰とも話したくないし、これ以上は会場に残りたくない。ちょうど日が落ちようとした、家に帰る頃には真っ暗だろう。早く休みたい。

みんな、ゴメン。私、ダメだった…。

会場を出てから足取り重く歩いていると、人気のない公園に通りがかった。遊具があるのに誰も遊んでおらず、転々と立つ街灯が寂しそうに灯っていた。ベンチをたまたま見掛けたので、私はそこで腰かけて休憩することにする。もう、心身ともにくたくただ。もうつかれた。

「うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

泣く。叫ぶ。嗚咽する。今までずっと我慢してきた感情が、気の緩みで一気に吐き出される。

悲しい、悔しい、ツラい、ごめんなさい、会いたくない、ヒドイ、ごめんなさい、辞めたい、苦しい、ごめんなさい、

「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ…。」

ベンチでうずくまる。皆に謝りたい。ゴメンナサイ。私のせいだ。皆が。応援してくれたのに。私のせいで。ファンの皆が。ガッカリする。ゴメンナサイ。もう動けない。何もかも。私のせい。全て。私が。ゴメンナサイ。後悔しかない。みんな。ゴメンナサイ。

「ゴメンナサイって…、お前大丈夫か?」

突然、声を掛けられてビクッとする。まさか、他に人が来るとは思わず、慌てて声の方を向く。

「あ、あなたは…?」
「先に、あっちの水場で顔を洗ってきなって。スッキリするから。」
「あ、はい…。」

言われるがまま、声の主が指差した公園の水場へと向かう。着いてみると土台が濡れているので、水はきちんと出るようだ。涙と鼻水をばしゃばしゃと洗い流してから顔を拭き、再びベンチへと戻る。

「どう、スッキリした?」
「はい…、ありがとうございます。あの、失礼ですがどちら様でしょうか…。」
「えっ、あんた一緒にステージ上に居たのに覚えてないの?近くに並んで立ってたのに。」
「そうだったんですか…、気付かなくてゴメンナサイ。」
「まあいいよ。それより、気分は落ち着いた?」
「何とか大丈夫です…、ありがとうございます。」
「あんた、会場から出る時に死にそうな顔してたからね。まさかこんな場所で会うとは思わなくて、ビックリしちゃったけど。」


自覚していなかったが、帰る頃にはそんな顔をしていたのか。できるだけその場を取り繕ったつもりでいたが、そのまま隠せず表情に出ていたのかと思うと、気恥ずかしくなる。


「何か、色々ありがとうございます。ところで、どうして公園なんかに…?」
「ああ、俺も早く会場を出てから公園で休もうかと思ってね。そしたら、先客が泣きながらベンチを陣取っていたからさ。」
「あっ、それはお見苦しい所をお見せしました…。」
「別に良いよ、俺だって泣きたくてここに来たようなもんだし。あんたを見てたら涙も引っ込んだけど。」
「あはは…。けど私、今後どうしたら良いか何も分からなくて…。」
「どうしたらって、ファンが待ってるんだろ。今回の結果を報告するんじゃないの。」
「そんな…、私は皆の期待を裏切ったし、期待に何も応えられなかったし…。」
「その考えは違うと思うぞ。お前のファンが見守ってくれてたんだろ。きっと、お前の事を心配してずっと待ってる。 そこは堂々と構えて、『最後まで応援ありがとう。』って一言言わなきゃダメだよ。しっかりしな!」

初対面の相手に一喝されて、背筋がピンとなる。
確かに、オーディション中はずっと自分の実力不足を感じていて、何度も途中で諦めようと思っていた…。そんな厳しい状況でも、オーディションで勝ち取ると信じてファンが応援してくれた。それがとても嬉しくって、ダメ元と分かっても最後まで全力を出して食らい付くことに決めたんだ。

会場のプレッシャーにやられて、すっかり自分だけで思い詰めてしまったけれど、私は思い違いをしていた。大切なのはオーディションの結果よりも、そこに至るまでの道筋だ。私をずっと支えてくれた皆にお礼を告げて、ようやく私のオーディションは終了する、そんな気がしている。

「良い表情だよ 、今のあんたは生き生きしてる。」
「あなたのおかげで、ファンとの大切な繋がりを思い出すことができました。本当に、ありがとうございました。」
「別にいいって。さっきは急に大声を上げてすまなかったわ。すっかり暗くなっちまったし、帰ろうか。」
「そうですね、夏とはいえ夜になると肌寒くなりますし。もしよろしければ、お名前をよろしいですか?」
「俺の名前か?『ばぶかす』って言うんだ、よろしく。」
「ばぶかすさん…、私は『桃星愛花』と言います。どうかよろしくお願いします。」
「桃星か…、またどっかで会えると良いな。そん時はまた、色んな話をしよう。」
「はい!その時はよろしくお願いします。」

暗く静まり返った公園の中、街灯が2人だけを明るく照らしていた。私はこの時、今日一番の笑顔ができたと思う。ばぶかすさん…、出会いのきっかけはハチャメチャだけど、楽しそうだし思いやりのある人みたい。建前ではなく、本心からまたお会いたいと思う。

「なあ桃星。今回は残念だったけど、また新しいことに挑戦するつもりはあるのか?」
「今は全然考えてないけど…、いつか秋葉原の店舗や飲食店でイメージガールをやってみたい。あとは、自分のオリジナル曲を作ってショップ販売とか。」
「なんだ、目標がいっぱいあって良い心意気じゃなん。じゃあ俺は、全国誌にデビューできるよう頑張るかな。」
「ばぶかすさんもスゴい目標だ…、いつか実現すると良いね。」
「おう、目標達成した時は言ってくれよ、お祝いのメッセージでも送るからさ。それじゃ、今日はこの辺で。」
「今日は本当にありがとう、本当に助かった。それじゃ、いつかまたどこかで。」

ばぶかすさんと、最後に固い握手をして別れを告げる。

2019年8月、私の挑戦はムダじゃなかった。
オーディションをきっかけで出会うことができたばぶかすさんを、決して忘れない。
目標の達成に向けて、今日からまた覚悟を決めて全力で走るんだ。
悔し涙はもう拭いた、次こそはハッピーエンドで終わらせる。

これが、私の初舞台。

(〆)

※ この物語はフィクションです。