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おはよう世界、ひさしぶり。

 おはよう世界、ひさしぶり。もうずいぶんと会っていなかった気がするね。

 別に、会いたくなかったわけではないんだ。ただ、帰って来られない日々が続いていただけで、ほんとうは、ずっと、君に会いたかったんだ。

 今すぐ話をしたいのはやまやまなんだけれど、すこしだけ待って。とってもおなかが空いているんだ。

 実は、今日帰って来られる気がしていたから、オレンジとチキンを買ってきてあるんだ。お米もね。食べる支度をするから、すこしだけ待っていて。それから、話をしよう。食べながら話すなんてお行儀が悪いかもしれないけれど、ひさしぶりに君に会えたんだ。それぐらい、許してよ。

 ホワジャオ。実のままで買って、ほったらかしてしまっていたね。すりばちを持っていないくせに、どうして実のままで買ってしまったんだろうね。詰めが甘いって、君は笑うかな。それとも、怒るかな。けれど、安心して。なんと、引っ越していったおとなりさんが、すりばちをくれたんだ。だから、ようやっと食べられるよ。僕は、ホワジャオの香りがとても好きでね。君にも、味わってほしいんだ。

 チキンを焼いて、すりつぶしたホワジャオをかけて。ご飯といっしょに食べてみよう。ホワジャオだけだなんて、おいしくないかもしれないね。けれど、それでいいんだ。僕の食卓は、僕が思うままに整えるのさ。誰にも文句は言わせないよ。

 それに、今の僕は、何がおいしくて何がまずいのかわからないんだ。だって、つい昨日まで、とにかく生きるために栄養分を口と胃につめこむ日々だったから。だから、僕は知りたいんだ。僕が何をおいしいと感じて、何をまずいと思うのか。だから、今は、思うままにしてみようと思うんだ。たとえそれが、間違っているとわかっていてもね。

 さあ、できあがりだ。チキンもホワジャオも、とても良い香り。まるで、食べられることを喜んでくれているみたい。……わかっているよ、そんなわけないって。けれど、思うだけなら自由じゃないか。そう、自由なんだ、僕は!

 ホワジャオのチキンは……うん、やっぱり、味がもの足りないね。塩と、そうだ、レモンもかけてみよう。……うん、とてもおいしい。ホワジャオとレモンは、チキンによく合うね。これなら、ご飯もおいしく食べられるよ。

 大丈夫、野菜もちゃんと食べるよ。常備してあるザワークラウトがあるんだ。昨日までの日々は、とても大変な日々で、死なないための備蓄食料がとても増えてね。これは、ケガの功名と呼んでいいかもしれないけれど、そのおかげで、毎食、野菜を食べるようになったんだ。ただおいしいだけの食事では死んでしまうって、身をもって学んだからね。それに、オレンジだって買ってある。旬の果物は、栄養がたっぷり詰まっているんだ。手で皮が剥けるやつだから、食後に剥いてあげる。いっしょに食べよう。

 君は知らないだろうけれど、僕は今日まで生き延びるのに必死だったんだ。なかなか帰って来られなくて寂しい思いをさせたかもしれないけれど、僕だって、寂しかったんだよ。

 寂しい者同士がふたり集まってすることはひとつ。そう、おしゃべりだよ。

 君はまだごきげんななめだから、まずは僕から話そうか。

 僕が昨日まで閉じ込められていたまっくらやみと、そのなかで君のことがどれだけ恋しく想っていたのかって話を。



後編「おやすみ世界、またいつか。


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