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【大麻博物館寄稿】 大麻取締法が「消滅」?。日本でも変わる、大麻の位置付け

諸外国の大麻に関する変革などを受け、2021年1月より開催されていた「大麻等の薬物対策のあり方検討会」。そこから2年以上が経過した2023年12月6日、改正大麻取締法が与党、立憲民主党、日本維新の会などによる賛成多数で可決、成立した。

昨今の「日大アメフト部」「大麻グミ」といったスキャンダラスな話題にかき消されがちだが、この改正は1948年の法律制定以来、70余年で初となる大幅な改正であり、厚生労働省の資料に「大麻草の医療や産業における適正な利用を図る」と明記されていることからも分かるように、一大転換と言える。中でも、私たちが最も驚いた点は「大麻取締法」という名称がなくなり、「大麻草の栽培の規制に関する法律」という規制緩和を促す法律と「麻薬及び向精神薬取締法」という規制強化を意味する法律に分けられたことだ。報道各社が伝えているように、「医療解禁」「使用罪の創設」が主な趣旨となり、令和5年から施行される予定だが、主なポイントを解説していきたい。

その前に。ここ日本では「違法な薬物」というイメージがすっかり定着している「大麻」だが、一口に「大麻」と言っても、大きく「嗜好」「医療」「産業」「日本文化」と4つの領域に大別できることは述べておきたい。これらが法改正の結果、どのように変わっていくのか見ていこう。

具体的に何が変わるのか?

まず、この改正で大きく規制緩和されたと言える「日本文化」領域。多くの日本人に忘れ去られているが、大麻は私たちの衣食住を12,000年以上前からほんの70数年前まで支えてきた身近な「農作物」であり、日本人のアイデンティティと密接な神道の世界でも重用されてきた存在だ。詳しくは拙著「日本人のための大麻の教科書」(2021年/イーストプレス社)などを見ていただきたいが、厚生労働省の記録によれば1954年の時点でも日本には37,000軒をこえる大麻農家がいた。現在は20数軒にまで激減しているが、神社における神事や鈴縄、横綱の綱、麻織物、凧糸、弓弦、和紙、松明、花火の助燃剤、茅葺き屋根材、お盆のオガラなど日本の文化に欠かせない素材として生き残っている。そもそも、日本で伝統的に栽培していた大麻は向精神作用をもたらす成分THC(テトラヒドロカンナビノール)が少ない繊維型の品種だったのだが、これまでは「大麻」と一括りにされ、その栽培などに厳しい制限がかけられていた。この規制が緩和されることとなる。大麻を栽培するためには都道府県知事が発行する免許が必要であり、その点は変更なしなのだが、法律自体が性格を大きく変えたため、各都道府県が改正法をどのように「運用」していくか次第で、状況は一変する。かつてのように、各地に大麻畑がある風景が再び戻ってくる可能性も考えられる。日本の大麻文化は世界的に見ても、非常に独特なものであり、次代に継承していく声が高まることを願っている。

次に「産業」領域。世界的な環境意識の高まりと共に、産業用大麻(別名:ヘンプ)が注目を集めて久しい。3ヶ月という短期間で2〜4mと大きく成長し、大量の水や農薬を必要としない植物資源(バイオマス)として、多くの国では大麻に含まれるTHC濃度が一定基準以下の品種(イギリスでは0.2%以下、欧州、カナダ、米国、中国は0.3%以下、オーストラリア、スイス、タイは1.0%以下)を「ヘンプ」と定義していたが、日本はこれまで、成熟した茎と種子を合法、花と葉といったその他の部分を違法と「部位」によって規制していた。この部位による規制が、ようやく「成分」での規制(数値は今後、決定される。0.2%もしくは0.3%が有力。)に変更することとなった。実はヘンプの製品自体は、すでに国内でも多く流通している。繊維としてはリーバイスやpatagonia、化粧品としてはbodyshopなど「サステイナブル」を打ち出した企業が積極的な取り組みを続け、また日本企業では無印良品で知られる良品計画などがすでにこの分野に参入している。さらにはスーパーフードとして注目を集める大麻の種子(ヘンプシード。七味唐辛子の一味。)や人気となっているCBD(カンナビジオール)製品についてもこの産業領域に含まれるが、これまでは海外から輸入する原材料に頼っていた。しかし、免許を取得できれば、日本でも一定基準以下の品種の栽培、さらには海外品種の輸入、CBD抽出を含む加工が可能となった。先行事例として、アメリカは長年ヘンプの栽培を禁止してきたが、2018年に麻薬取締局(DEA)から農務省(USDA)へと管轄を変更し、小麦やトウモロコシと同じ「農作物」としている。日本はこのような形とはならなかったが、新たな製品・サービスや市場が生まれ、休耕地活用や地方創生といった動きにつながる可能性は大きいと考える。

上記2つの領域とは逆に、「大麻」と聞いて最も想起されやすい「マリファナ喫煙」などの「嗜好」領域は規制が強化されることとなった。 若年層の検挙数増加などを懸念し、これまでの「所持」や「譲渡」に加えて「使用」を禁じると共に、5年以下だった懲役を7年以下と厳罰化した。より正確には、向精神作用をもたらす成分THCを、これまでの大麻取締法から「麻薬及び向精神薬取締法」 で取り締まる「麻薬」と位置づけた。世界的にはこの嗜好領域の利用についても、合法化・非犯罪化などを行う国が増加しており、SNSだけではなく刑事司法の専門家からも「世界の潮流に逆行する」といった声が上がっている。国会での審議中には、共産党やれいわ新撰組がこの使用罪に対して反対表明を行った点、武見厚労大臣からは「日本人が海外で大麻を使用しても、使用罪は適応されない」といった趣旨の注目すべき答弁があった点は明記しておく。

今後、大きな争点となるだろう「薬草」としての利用

そして、最後に「医療」領域。近年「医療大麻」という言葉をメディア上などでも聞く機会が増えているが、メディアはこの「医療大麻」という意味をあまり理解しないまま報道しているのでは?と感じるケースは多い。一口に「医療」といっても、医師が管理するいわゆる「医薬品」と、ウェルネス、統合医療、セルフケアといった、要はエビデンスベースの近代医療の範疇ではない「広義の医療」として用いられ、海外ではポピュラーな「薬草」に大別されることはぜひ知っていただきたい。

前者の、大麻に含まれる成分カンナビノイドから製造される「医薬品」については近年、アメリカをはじめとする欧米各国において使用が承認されるなど、国際的に医療上の有効性が認められてきていた。今回の法改正によって難治性てんかん薬「エピディオレックス」をはじめとした医薬品の「施用」や「製造」、「治験」の実施、さらには新たな免許区分が設けられ、医療目的の「栽培」も可能となった。日本ではこれまで違法とされ、施用はもちろん研究や開発が全く進んでいなかったが、有効な治療法として期待する医療関係者や患者の方々の声も聞こえてきており、製薬会社や大学等を中心に活発な動きとなるだろう。一方で、後者の「薬草」については、この改正でより厳格に規制されることとなった。用途は異なれど、本質的には「嗜好」と同じとも言えるためだ。

ここで疑問が浮かぶのが、例えばインバウンドの方々についてである。カナダ、アメリカの多くの州、タイなどではこの「薬草」の利用は合法であり、近くドイツなどもそうなる。「薬草」としての大麻を合法的に、「広義の医療」目的で使用している方々が日本を訪れるケースは少なくないと想像するが、改正法通りの法運用を行えば、使用は当然「違法」であり逮捕勾留となる。人権や国際的な観点から、摩擦や齟齬が起こり、国際問題となるのは不可避とも感じてしまうのだが、一体どのように対応するのだろうか。今後の大きな論点になると予想される。

よりフラットな、より開かれた議論を

法改正による変化について、ざっと述べてきた。日本は長い間、大麻に関し「ダメ。ゼッタイ。」に象徴される強いメッセージを発信してきたため、「大麻」という言葉を公の場所で口に出すのも憚られるような状況が続いていたが、このような状況は少しずつ改善していくだろう。 その意味でも、日本の大麻産業が始動する第一歩となる大きな契機と言えるだろう。

しかし、海外を見れば、北米を中心とした大麻に関する大きな変革はさらに進んでいる。莫大な税収や雇用を生み出す一大産業として確立した感もある。今後もこの「グリーンラッシュ」と呼ばれる大きな潮流は続いていくため、私たちは今回の法改正は暫定的なものとなる可能性が大きいのでは、とも考えている。ともあれ、この法改正を契機とし、よりフラットな、より開かれた大麻に関する議論が行われることを期待したい。

2024/01/30

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