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その「生」って、どの「生」ですか?

なま」っていう言葉があるじゃないですか。いろんな場面でみんな気軽に使ってるけど、いろいろ聞いてると、「生」って本来どういう意味よ?って思いませんか?

僕は以前「ことばのWeb」というのをやっていたくらいで、言葉に対して強い興味関心があります(と言っても、多少とも知っているのは日本語と英語だけなので、対象はおのずからその2つの言語に限られるのですが…)。

で、最近よく考えるんです。生っていう言葉には一体どれだけの多義性があるんだろう?って。で、いろいろ考えたり調べたりしたのですが、もう頭クラクラしてきました。

生野菜、生肉、生魚

まず誰でも思いつくのが、「生野菜」「生肉」「生魚」でしょう。これらの単語における「生」は「調理/加工されていない」という意味です。多分これが本来の意味ですよね?

「生ジュース」というのもそれに近いですね。正確には多分「生の果物を絞ったジュース」ということなんでしょうね。ある意味「調理はされているけれど、加工はされていない」と言えるかもしれません。ただ、それよりもここでは「フレッシュな」という語感が強いな、と僕は思います。

生ビール、生水

じゃあ、「生ビール」って何でしょう?

これは製造過程で熱処理されていないビールのことです。僕はこのことを知るまで、ビールが熱処理されているなんて知りませんでした。

ちなみに、「生水」というのも同じく沸かしていない(つまり、熱処理されていない)水という意味です。いや、沸かさなくても浄水器を通せば良いでしょ?と言われるかもしれませんが、それは最近の話。昔は沸かして冷まして飲んでたみたいですね。

しかし、お湯を沸かすのと違って、ビールを熱処理するなんて言われると、なんか鍋でぐつぐつ煮込むイメージで、そんなことしたらビールがビールでなくなるんじゃないかと思いません? でも、調べてみると熱処理と言っても低温で短時間なんですってね。

今では居酒屋の生ジョッキだけではなく、缶ビールも含めて多くのビールが熱処理をしていない生ビールなのだそうですが、熱処理をしたビールもしっかり残っていて、それがラガービールです。

というわけで、もう一度書くと、生ビールの「生」は「熱処理されていない」という意味です。これは「熱処理されていない」を本来の「生」の意味である「調理されていない」になぞらえたんじゃないかという気がします。

しかし、確かに「調理する」となると火にかけることが多いですが、それをなんか拡大解釈したみたいな用法だと思いません? 「火にかける」と「熱処理する」は随分感じが違う言葉だけどなあ…。

それに、これ、きっと日本だけの呼び方ですよね?

だって、英語で生ビールのことを raw beer なんて言いませんもんね。draft beer ですよね。draft ってどういう意味かと思って辞書を引くと、これまたよく分からなくて、ここでそこに寄り道するとめちゃくちゃ長くなるのでやめておきますね(笑)

生ハム、生チョコ

じゃあ、「生ハム」とか「生チョコ」は?

「生ハム」って変な名前ですよね。ハムは加工された豚肉だから決して「生肉」じゃないのにね。ハムもやはり製造過程で熱処理しているのでしょうか?

はい。一般的にはやはりハムの加工の途中には熱処理(蒸したり茹でたり)工程があるらしく、それをしていないのが「生ハム」とのこと。つまり、ここでも「生 = 熱処理なし」なんですね。これも調べてみるまで知りませんでした。

しかし、どうやらこの名称も日本独自のものみたいです。ちなみに英語でどう言うのかを調べたら uncured ham。──「治療していないハム」ってなんじゃ、そりゃ?(いや、だから、ややこしくなるから、英語を調べるのはやめましょうね)

じゃあ、「生チョコ」は? いくらなんでもこれは加熱したらドロドロに溶けて元の木阿弥じゃない?

調べてみて驚いたのは、「生チョコ」というのも日本だけでの呼称のようで、何でも神奈川県の洋菓子店主が命名したとか。なんだかほとんど雰囲気で名前をつけちゃったような気もしないではありません。

「生」という言葉を使っているのはどうも「柔らかい」というイメージから来ているみたいです。

じゃあ、何故柔らかいかと言うと、水分量が多いからだそうです。

一般的なチョコレートは水分量が 3%以下でパリッと堅いものですが、水分量が 10%以上で柔らかい食感のものを生チョコレートと言うのだそうです。

じゃあ、(「じゃあ」ばっかりですみません)どうやって柔らかくしているかと言うと、生クリームや洋酒を加えるとのこと。

生クリーム

ちょっ、ちょっと待った! 「生クリーム」って何でしょう?

「生クリーム」とは「生乳」のみで作られたクリームだそうです。生乳は分かりますよね。生の乳ですね。いや、人間のおっぱいじゃなくて牛の乳。ちなみに「せいにゅう」って読んでくださいね。「なまちち」じゃないですよ。

牛から絞ったそのままが「生乳」で、それを加熱殺菌して売られているのが「牛乳」(つまり加熱殺菌したらもう「生」とは言えないわけで、ここでも「生 = 加熱なし」の意味なんですね)、さらにいろいろ加工したのが「加工乳」とのこと。

で、その生乳から遠心分離で脂肪分を取り出して濃縮したものが生クリームで、脂肪分が 18%以上でないと生クリームとは呼べないのだそうです。

「生クリーム」の「生」は多分原材料の「生乳」から引き継がれた命名ですよね。そして、ひょっとしたら原材料の「生クリーム」から「生」を引き継いだのが「生チョコ」なのかもしれません。

生物、生菓子

ところで、話がもっと広がってしまうのですが、「生物なまもの」という総称があります。これは生肉や生魚だけではなく、生クリームを使った「生菓子」なんかも含む表現です。

ちなみに「生菓子」は、洋菓子の場合は、水分量が 30%以上のショートケーキ、ロールケーキ、シュークリーム、プリンなどを言い、もうちょっと水分量の低いパウンドケーキやバームクーヘン、マカロンなどは「半生菓子」、水分量が 10%以下のキャンディやチョコレート、クッキーなどは「干菓子ひがし」と言うと決まっているのだそうです。

和菓子の場合は、水分量の規定はないみたいですが、「生菓子」という言葉は、水分の多い、主としてあん類を用いたもち菓子、饅頭まんじゅう羊羹ようかんなどを指すようです。

こうやって見て行くと、どうやら水分量の多いものを「生」と称することが多いみたいですね。「水分量が多い → 腐りやすい = 生」という発想でしょうか?

生ゴミ

では、ちょっと角度を変えて、「生ゴミ」はどうでしょうか?

清掃当局の定義によると、食品から出たゴミは全部生ゴミとのこと。これも「生 = 腐る」という発想でしょうか? いや、腐ってても腐ってなくても生ゴミなんですけどね。逆に、完全に熱処理されたものであっても食べ残しは全て「生ゴミ」です。

生ゴミはほとんどの自治体で「燃えるゴミ」「燃やすゴミ」に分類されていますが、実際に火をつけたら燃えるかどうかは関係ないのです。

僕の友人は「燃えるゴミ」の日に発泡スチロールを出したら、回収に来た清掃業者に「これはダメです」と言われて、「発泡スチロールが燃えるか燃えないか」で激しい議論をし、実際に彼らの眼の前で発泡スチロールにライターで火をつけてみることまでしたらしいですが、そういうわけでそれはとても不毛な議論です。

例えば、梅干しの種やフライドチキンの骨なども自動的に全て「生ゴミ」(= 燃えるゴミ)なわけで、火をつけて実験する意味はありません(笑)

えらく話が逸れてしまいました。話を元に戻すと、しかし、なんで「生ゴミ」という名前になっているのかはよく解らないままですよね。やっぱり放っておくと腐るものが多いからですかね?

さて、ここまで食べ物の例を追ってきましたが、「生」のややこしいところは食べ物だけじゃないところなんですよね。

生放送、生中継、生配信、生演奏、生出演、生着替え

例えば「生放送」「生中継」「生配信」「生演奏」「生出演」──これらは録音や録画ではないという意味です。英語で言うと live

まさに今、眼の前でやっている、あるいは眼の前でやっているそれを電波に乗せている、という意味です。これを最初に「生」と称したのは一体誰だったのでしょう?

英語の live を訳したんでしょうかね? でも、どっちかと言うと「ナマの」じゃなくて「生きた/生きている」のほうなんですけどね。かつては「実況」という表現もわりと使われたんですけど、今は「ナマ」か「ライブ」かのどちらかですね。

「生着替え」なんて言葉もありますが、これは録画ではないと言うよりも、むしろ「眼の前で」、しかも「普段は他人ひとに見せるものではないものを、皆が見ている眼の前で」という感じですね。まあ、通常はカーテンとか衝立ついたてとかを隔ててやるものみたいですけどね。

生乾き、生煮え、生焼け、生暖かい

あと、「生乾き」「生煮え」「生焼け」「生暖かい」──これらは「充分じゅうぶん~しきれていない」という意味かな? つまり、ここでは「生 = 中途半端」なんですよね。

生返事、生兵法、生かじり、生意気

これに結構近いのが「生返事」。「中途半端」と言うより、むしろ「いい加減な」「手抜きの」という感じでしょうか。

それから「生兵法なまびょうほう」。こちらの「生」は「生かじりの」「生半なまなかな」「生半可なまはんかな」という意味ですが、うむ、「生かじり」「生半」「生半可」も語源がよく分かりません。

「生意気」の「生」も同様。いずれもなんとなく「中途半端」「足りていない」という気はしますが…。

「なまじっか」などという言葉もありますが、これは「なまじ」が変化したもので、「なまじ」は「生強なまじい」から来ているとのこと。「ちゃんと準備ができていなかったり、しっかりした判断に基づかない状態で強引に何かを進めてしまった」みたいな感じの語で、やはり「生」には「中途半端」という語感がつきまとうのでしょうか。

ちなみに「生」を漢和辞典で引いてみると「鍛錬や加工を経ていない」「ぎこちない。慣れていない」との字義もありました。

生唾、生傷、生首、

あと、「生唾なまつば」ってなんでしょうね? 唾は口の中に溜まるもんだから熱処理も腐るもへったくれもないでしょう。じゃあ、ただの「唾」と「生唾」はどこが違うのでしょうか?

それから、「生傷」や「生首」──これはまだ受けたばかりの傷、切り落としたばかりの首。切り口の血もまだ固まっていなくてグチュグチュしてる、どちらかと言えば「生野菜」や「生ジュース」に近い「フレッシュな」という感じ?(笑)

生コンクリート、生足

それから、「生コンクリート」。これもある意味生傷や生首に近くて(笑)、まだ固まっていないコンクリートのこと。

さらに「生足」なんてのもあって、これはストッキングを穿いていない足。

要するに、なんかもう、「(一般的にはやるはずの、あるいは、従来は必ずやっていた)何かをしていない」状態を見つけると、人は安易に「生」という表現を持ち出すんですよ。いい加減にしてほしいです。

そう言えば、こんな用法もあります: 「いやぁ、昨夜彼女と生で(以下略)」。いや、下ネタですみません。つまり、これも本来やるはずの、あるいは、従来は必ずやっていた何かをしていない状態だと思うのですが。

生爪、生皮、生殺し

「生 + 体の部分」という例は他にもあって「生爪」と「生皮」。

どっちも「~を剥がす」という使い方しかほとんどしないのですが、聞くだけで痛そうです。

何故痛いかと言うと、死体から剥がすんじゃなくて生体から!剥がされるからですかね?(ちなみに、この「生体」の「生」は「ナマ」じゃなくて「生きている」のほうです)。

もっと恐ろしいのは「生殺し」──完全に殺しちゃわないで、ほぼ死にそうな状態で生かしておく。ひえー、勘弁してください。この「生」は「生きたまま」と言うよりは、むしろ「中途半端に殺す」という感じがします(まあ、比喩的な意味で使われることのほうが遥かに多い表現ではありますが)。

大昔の漫画『嗚呼!!花の応援団』の台詞せりふ

「そんなことしたら半殺しでは済まんぞ」
「半殺しで済まんということは、ぜ、全殺し!」

どおくまん『嗚呼!!花の応援団』(記憶で書いているので間違っているかもしれません)

というのがありましたが、僕は「半殺し」や「全殺し」(これは造語)よりも「生殺し」のほうがむしろ響きとしては恐ろしい気がします。

まとめ

さてさて、こうやって見てみると「生」という単語が表すのは、

  • 調理/加工されていない

  • フレッシュ(新鮮)な

  • 熱処理されていない

  • 水分量が多い

  • 腐りやすい

  • ライブの(録音・録画ではない)

  • 中途半端な、~しきれていない

  • 固まっていない

  • 要するに何かをやっていない

  • 生きたまま

などなど、

どんだけ意味あんねん!!!

でも、面白いでしょ?

生あくびなんかせずに最後まで楽しくお読みいただけましたでしょうか?

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