5月の推奨香木は、堂々たる緑油伽羅♪

聞香会という試みを開始して、全国各地から駆け付けて下さる様々な香木愛好家の皆さまにお目に掛かり、月に一度ではありますが、一緒に様々な香木の香気を堪能していますと、独りで聞香するのでは味わえない楽しみ方があることに気付かされます。
最も強く感じるのは、「より香気に集中する」状態が、持続することです。

例えば六国の会の場合ですと、採り上げた香木が木所の特徴を出せているか、どのような時間帯或いは瞬間に木所に特有の「匂いの筋」を現わしているのか、そしてその感覚を他の参加者の一人一人と共有できているか否かに注意を払うことは、普段の聞香では経験できない心地良い疲れをもたらしてくれます。

嗅覚には個人差があり、同じ香気を嗅いでも、その感じ方・表現の仕方は十人十色であり、千差万別です。
そしてその差を埋めるべく考案されたのが六国五味の概念である筈ですが、それすら科学的な根拠に基づくものでもなく、御家元・御宗家の歴代に継承される流派なりの基準(手鑑・手本木を根拠とする)によって判定される習わしです。
従って、六国や五味の判定は、本来ならば御家元・御宗家から実例をもって教わるべきものですが、残念ながらそのような機会を日常的に得られることは望めません。
そのような前提の下に、可能な限り御家元・御宗家の判定基準に副うべく努めることを目指して行なっている聞香会ですが、おかげ様で回を重ねるごとに精度が高まっているように、手前味噌ながら感じています。

聞香会で採り上げられる話題は様々ですが、比較的に頻度が高いと感じるものに、「伽羅の分類」に関することが挙げられます。
つまり、「伽羅は幾つかのタイプに分類できるのか?」というテーマです。

実際に「緑油伽羅」・「紫油伽羅」・「黒油伽羅」・「黄油伽羅」はよく目にしますし、「鉄油伽羅」や「縮油伽羅」も存在します。また、実物をみたことは無いのですが「白皮緑油」というものも聞いたことがあります。当方の先代(山田松香木店の七代目)から教わった記憶によりますと、それらの分類は中国人の輸入業者の間で使われていたとのことでした。
その分類の根拠は、塊の外見の色味が何となくそのように見える、例えば「何となく緑っぽく見える」ものを緑油伽羅と呼んだと。

先ほどの話題に秘められた疑問の一つとして、「伽羅を幾つかのタイプに分類することに意味はあるのか?」ということが挙げられると思います。
答えは、YESです。
まだ合理的な理由は解明されていないのですが、伽羅は確かに幾つかのタイプに分類することが可能であり、それぞれのタイプに具わっている特徴の違いを認識することができます。その特徴の相違は単に塊の外見上の色味にとどまらず、内部の断面の様子や香気の内容にまで及びます。
それ故に、小さな欠片であっても、元の塊の外見を想像することすらできます。

では、それが何の役に立つのかと言いますと、仮に「これは黒油伽羅です」と言われたとして、黒油伽羅の特徴を理解していれば、その伽羅を炷いたらどのような香気の特徴を持っていそうかを、例えば「苦味よりも辛味に特徴がある場合が多く、どことなく品位の高さを感じる気がする」などと想像・推察することが出来ます。
これまでに採り上げた推奨香木にも幾つかのタイプの伽羅がまだ残っており、例えば「仮銘 風の梅が香」などは辛味に特徴がある黄油伽羅の代表的な存在として、古代五味香の「辛」に採用されている古五味名香『薫風』及び『孟荀』の二種よりも更に手鑑らしい辛味を出し続けると高く評価されていますが、それらの様々なタイプを把握して戴くことによって、聞香の愉しみが一段と高まるような気がします。

5月の推奨香木

さて5月の推奨香木は、完売となってしまった「仮銘 月待つ空」・「仮銘 春霞」の後継となる緑油伽羅を選びました。
どのタイプの伽羅が好みかは十人十色ですが、緑油伽羅は「伽羅らしい伽羅」とか「堂々とした伽羅」或いは「喉の奥に絡みつくような伽羅」などと表現され、組織に沈着した樹脂の流動性が高いため断面が滑らかで常温でも香気を放つことが多く、一般的に高い人気を誇ります。
「伽羅らしい伽羅」と表現される理由として挙げられるのは、伽羅という木所に具わるべき「匂いの筋」としての苦味を放てることだと考えられます。

緑と言っても、この程度…緑油伽羅「仮銘 花の香」

今回の伽羅は、古い木ゆえか外側に蔵匂いのようなものを吸着している可能性があり、立ち始めに若干の雑味を出す場合がありますが、直ぐに「これぞ伽羅の持ち味!」と嬉しくなるような苦味と甘味とが高いレベルで調和して解き放たれるのを感じます。
あたかも大空まで舞い上がりそうな力強くもおおらかな香気の立ち方から、次の和歌を証歌として、「仮銘 花の香」と付銘しました。

山ざくら雲のはたての春風に天つ空なる花の香ぞする
                  (飛鳥井雅有)(続千載和歌集)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?