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心の名文図書室「ひとり旅のいいところは、話し相手がいないことである」

「読んだ本の中で、心に残っている文章をノートに書き留めてて」

友人が口からこぼした言葉が、頭から離れなかった。なんて素敵な習慣だろう。

自分もやってみたいと思った。けれどぼくは外出先で本を読むことばかりだ。毎回ノートとペンを持ち歩くのは面倒くさい。

そしたら、携帯に残せばいい。どうせだったらnoteという海に流してみてもいい。同じように心の柔らかい部分に共鳴してくれる人がいるかもしれない。

名付けて「心の名文図書室」、はじめます。



ふたり旅のいいところは、話し相手がいることである。そして、ひとり旅のいいところは、話し相手がいないことである。

『心がほどける小さな旅』益田ミリ

わかる。「ふたり旅とひとり旅はどちらの方が楽しいか」じゃない。どっちも楽しいのだ。このフレーズを思い出せば、ひとり旅も寂しくなくなる。


「修ちゃんにはわかんないよね。だって無理なことは絶対にしない人だもんね。いつだって自然体だもんね。振り向かない相手を好きになったり、叶わない目標を掲げたり、無理めな買い物をしてそれにふさわしい自分になろうとか、そういう格好悪いことしない人だもんね。いっつも安全な場所から、かっこいい角度の批判をするのが好きな、そういう人だもんね」

『伊藤くんA to E』柚木麻子

夢を追いかけ芯を持っているマッキーが、何事にもどこか受け身な修子に、口論の中で放ったセリフ。

自分に言われたように、痛い。最近、やけに物分かりがよくなった気がする。手が届かないものを、簡単に諦めてしまう。でも、もっともがいてもいいのかもしれない。素直でバカ正直な夢や恋を追いかけてみたくなった。


昆布を取り出して火を止め、鰹節を投入する。水に出汁の色が移って、うっすらと黄金色に染まっていくにつれ、すっきりとして潔い鰹節の香りが辺りに広がった。ただの水が、新しい命を持った存在として主張し出すようで、私はこの瞬間がとても好きだった。

『東京すみっこごはん』成田名璃子

描写が好き。料理に心情を投影させていくような風景がふつふつと浮かんでくる。ごはんを作ること、食べることに対する感情出力を上げてくれる作品。


「人生は理不尽なもの。でも、理不尽なことがなかったら、なんのための節約なの? 経済なの? 節約って生きていることを受け入れた上ですることよ。費用対効果なんてない、ってことを受け入れてからの節約なのよ。じゃなかったら、私みたいな年寄りはもう死んだ方がいいってことよね」

『三千円の使いかた』原田ひ香

老後資金のやりくりを考える琴子が、パートナーとの結婚を考えられないフリーターの安生に放ったセリフ。

「節約ってなんのためにしているんだろう」と考えさせられた。節約は人生を豊かにするための手段であるはずなのに、それ自体が目的になってしまうことがある。

費用対効果なんて考えない体験をするために、人は節約という費用対効果を考えた生活をしているのかもしれない。


「便所目当ての百貨店だが買いもの顔を作る」

『カキフライが無いなら来なかった』せきしろ×又吉直樹

自由律俳句。めっちゃやる。トイレのためのデパートで「なかなかいいもの揃ってるじゃないの」という表情を構築するのに全神経を使う。


素敵なお店を一生懸命予約するよりも、ふらりと入った居酒屋で楽しみたい。甘い言葉にときめくよりも、疲れたとか美味しいとか、取るにたらない感情を日々分け合ったり増幅させたりしたい。そうは言っても、いざ彰のようなモテるタイプを前にすると、たちまちときめいてしまう気持ちも100%自分の本心。好きなタイプは変えたくても変えられない。やっぱり、恋愛は起業よりも難しい。

『あすは起業日!』森本萌乃

起業に神経を注ぎつつも、恋愛に心を揺り動かされてしまうスミレの心情描写。「恋愛は安らぎなのかドキドキなのか」という永遠のテーマを的確に表現している。

ほんと、好きなタイプを変えられるのであれば、とっくに変えている(真顔)。


音楽って、幸せだといい曲が書けない、みたいな思い込みがあるんです。プライベートが充実しているとダメだとか。でもそれって思考停止だと思うんです。すごく幸せで、めちゃめちゃ充実していて、めっちゃ金あって、ちゃんと年金納めてなに不自由ないのに、ものすごくいい曲を書くのが一番かっこいいなと。

『働く男』星野源

ピース・又吉と対談した星野源のセリフ。土俵は違うけど、文章にも同じことが言えると思った。ぼくは負のエネルギーがあるときの方が、感情を揺さぶる文章が書けると思ってしまう。

最近は落ち着いた生活を言い訳に、短い日記ばかりを書いていた。不自由ない状況からでも、感情エネルギーを出力できる人になりたい。

あらためて思うんだけど、曲作って歌って芝居やって文章書く星野源って何者…?


もし、抗がん剤治療がもう嫌になったのなら、私はそれを拒否することができる。例えばそれでがんが大きくなったとしても、自分の命の縁を自分で見届ける権利が、私にはある。そして同時に、より快適に治療を続けるために、白血球の数値を上げたり、吐き気止めを服用する権利もある。そしてそれが適切に処方されなかったら、怒りを表明する権利もあるし、薬局のカウンターで泣く権利もある。それを決めるのは私だ。

『くもをさがす』西加奈子

エッセイの中で、カナダ滞在中に乳がんを宣告された筆者の思いが強く表れている。感染症の拡大や文化の違いに阻まれながらも、前を向き続けるたくましさに胸を打たれた。

本作で何度か出てくる「私の体のボスは、私」という表現が、読後も心の中に渦巻いている。病に冒されていようが、環境が目まぐるしく変わろうが、人生の舵取りは自分でする。

航路を決めるハンドルは、己の手で強く握りしめて生きていきたい。

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