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「嫌われた監督」を読んで

話題の名著と言われるとおり、素晴らしい一冊だった。

正直、プロ野球についてはほとんど知らないし興味もないが、そういった個人の興味の枠組みをはるかに超えた「プロフェッショナルの世界」、「一流であり続ける人間の哲学」を理解できる。

落合博満が中日の監督になってからの8年間について時系列に沿って書かれている。

ただし、各章ごとにピックアップされた選手、コーチ、フロント陣の視点、または著者である記者の視点から落合博満について書かれており、それぞれの視点で落合監督からどのような影響を受け、何を感じたのかが明確に記されている。

謎多き、孤独を好む、冷徹非情な指揮官の持つプロフェッショナルとしての哲学が各章のエピソードで語られている。

こうしたエピソードを通して、プロ集団を率いる上で求められる、勝利への飽くなきコミットメントが根底にあることを気づかされた。

自分自身が生きている世界がいかに予定調和で安定したものなのかを鑑みるきっかけになる。

これからのビジネスにおける世界も、過去のウェットで家族的なつながりではなく、ドライで強い個のつながりに変化していくだろう。そうした組織において個々人をつなげるのは、勝利というコミットメントやそのために必要なスキルといったものになるのだろうか。

私自身は昭和の人間で、まだまだウェットな家族主義を信奉してしまうところがあるが、そうした自分の考えの甘さに気づかされた一冊。

以下読書メモ。(相当速く読みながらメモしたので、かなり乱文ご容赦いただきたい、ぜひメモで満足せず読むことをオススメする)


第1章

• 落合の不気味さ、何を考えているのかわからない。

• しかし、その中にある情熱や選手への想い、チームを勝たせるために非情にならざるを得ないところも強く感じる。

• 情報統制を徹底。リークしたコーチ陣は全員切っていた。そこ知れなさ、不気味さ。

• 若い選手でも免罪符なく、切る

第2章

• 選手と距離を遠ざけ、指示はコーチを介して。

• 俯瞰できる場所から定点観測をしている。

• 森野はバッティング練習が光っても、試合で光らないのは、どこか淡白なところがあり、新人の栄光に縋っていたところがあったから。

• 当時雲の上の存在である立浪のポジションを奪うことを全員の前で宣言させる。

• 落合のノックは、一球一球が守備に対する誠実さを試されるような球。誤魔化しや諦めを許さない。

• 突き抜けられず、争わず、いつも序列の真ん中あたりに自分を置いていた森野は、結局何かを本気で欲しいと思っていたことがなかった。

• 落合はこうした森野をノックを通して大きく変えた。何かに執着し、欲する人間に変えた。

• チームはおろか日本球界でも聖域的なリーダーである立浪でさえもポジションを約束しない。だから全選手が必死になる。

• ずっと黙って選手と距離を置き、観察する。三遊間が少しずつ抜かれるようになっていることを悟り、立浪と森野を交代させる。常にチームにとって重大な穴を見つけている。

• あえて孤立しているからこそ、その穴を見つけられる。

• 立浪という歴代監督も認めた聖域を予告なしで外す、こうした行動がチームを殺伐とした雰囲気に変えていった。

• 他の選手にレギュラーを与えれば、そのまま奪われる世界を作っていた。

• そして立浪も森野にレギュラーを奪われてから毎日、走り込みを欠かさず行うようになり、森野もそれに加わるようになった。

第3章

• プロの原点とも言えたスタッフを1年目の終わりに解雇されたが、落合のバッティングを見て、技術面だけでつながることにした。完全なる2人の個、交わらないという関係性。福留は落合を鏡として見ており、情はいらない関係。

• 落合は人から好き嫌いと言った感情の枠外にいる人と認識。

• 落合は、完全なる模倣を超え、さらに自分だけの技術を生み出すことができた打者。

• 落合がこれだけ外部と遮断し、孤独を貫けるのは、家族の存在や絆があるから。

• 打つ、勝つ、仕事をする。それによって生きる。それがシンプルなプロの生き方。

第4章

• 勝つことを最優先とした落合は、野球にロマンという考え方から一線を画す。バントや守備を重視し、ファンからは野球がつまらないとの声もあった。

• 落合は選手を自立したプロフェッショナルとして扱い、コーチ陣が選手と会食することを禁止していた。信頼や絆をグラウンド外で培うことはしなかった。

• 06年頃の中日の野球は、ロマンやカタルシスの入り込む隙のない、粛々とした進軍だった。感情や繋がりを断ち切り、勝利以外のあらゆるものから解脱していた。

第5章

• とにかく守備を徹底し、無駄な低めの球に手を出させないスタイルで四球を狙うスタイルは、打撃コーチとしては葛藤を抱えるもの。

• 年を経るごとに信頼するものを減らしていく。コーチの中でも、落合に対して複雑な思いを抱くものがいた。

• 監督としての落合ははっきりとゲームにおける感情を捨て去る。日本シリーズ初の完全試合を目の前にした山井を9回で降板させたのもその1つ。このイニングで失点すれば、想像を絶するような批判に晒される可能性があっても、勝利の確率が高い方を選ぶ。

• ストッパーとは、チーム最高の投手。積み上げてきたリードが黒星に変わっても、この投手なら、とチーム全員が納得できる人。

• 山井の交代は、プロ野球とは何か?を問うものだった。個人の記録か、チームの勝利か、現実か、ロマンか。

• 捕手の谷繁自身も、落合のもとでプレーする中、勝たなければ捕手は評価されない、という考え方になるようになっていた。そして投手である山井自身も、自分で自分を天秤にかけた結果、降板を申し出た。

• 落合自身は、これまで日本シリーズで負けてきたことを自分の甘さによるものだと認識していた。負けてやっと、非情さが必要だと理解した。

• 監督は、選手・スタッフ・その家族も、全員が乗っている船を目指す港に到着させなければならない。誰か1人のためにそれを沈めるわけにはいかない。

• つながりも信頼も断ち切って、ようやく手にした日本一でも、何も手にしていないように見える。

第6章

• 日本一を手にしたと栄冠と引き換えに、冷徹非情、つまらない野球、というレッテルを貼られることになった落合。

• 懇意にしていた稲尾監督は、現役時代、「痛みを知るからこそ他者に寄り添うことができる投手」であり、降板する時は次の投手のためにマウンドを丁寧に慣らしてからベンチへ下がるなど、包容力があった。そうした包容力が尖った落合を包んでいた。

• 稲尾が監督から退くと、バット一本で球団を渡り歩く優勝請負人というイメージが先行したが、裏では理解者たる指揮官を求めていたようだった。

• 「万人に認めてもらおうなんて思っていない」落合の言葉には、いつも引き波のように、世の中に対する諦めが漂っていた。

• 十代のころから、試合に出ては打ち、それ以外の時間は同級生に背を向ける、そういった生き方をしていた。

• 万人のための正義は存在しない、そもそも大勢が唱える正義は本当に正しいのか?ということを落合と接していると考えさせられる。

「自分は死んでからやっと評価される人間」という落合の言葉が身に染みていた。

• スカウトは10年先を見据えているが、落合はいま目の前の勝利を見る。シーズンスタートから、全てのポジションは埋まっていると断言し、30歳以上のベテランチームとなっていた。

• 星野仙一は逆に原石となる高校生を積極的に求め、自分色に染めるタイプの監督。ベテランをコンバートしてでも使う監督だった。一方で落合は、自分色に染めるようなことはしないタイプ。

• 代表監督を(おそらく)断った落合は、決して万人の英雄として振舞おうとしていなかった。いつも俯いて歩くのは、日の丸ユニフォームから背を向けるのは、これまでずっと正義とされるものの反対側で生きてきたから。

• 中日の選手はWBCに誰も出場せず、非難の矛先は落合へ。アメリカ映画のように、己が正義と疑わない大統領VS正義とは何かを世界に叫ぶテロリスト。テロリスト側が落合という印象を受けた。

第7章

• 吉見は剛腕川上の跡を継ぐ存在と自負していたものの、落合の「うちにエースはいない、ただ投げるだけのピッチャーになっている」という言葉から、エースやピッチャーは何ぞやと考えるようになった。

• それから、吉見はスピードガンを気にすることなく、ただゲームの流れを注意深く観察するようになった。たとえいくつゼロを並べても、スピードボールを投げようと、勝たなければ何も残らないというマインドセットに変わった。

• 川上の後を追うのではなく、淡々と抑制のきいたボールを投げ、恒久的に勝つ投手を目指すようになった。

第8章

• 和田一浩は、中日入団前は落合のことを「全体のためなら個人の犠牲もいとわない勝利至上主義者」と捉えていた。

• 若手のポジションを奪ってしまったという引け目を感じていた和田に対して、チームバッティングを咎める落合。こうした出来事で見方が180度変わった。

• 団体スポーツでも、落合の野球はひたすら個を追求していく。ただそれは、責任を伴うことであり、結果が出なければ容赦なく二軍行き。

• 7年の監督生活で、落合の感情をずっと押しとどめていた堰がついに切れてしまったようなこともあった。勝てば勝つほど疲弊し、枯渇していくチームへのいら立ちもあったかもしれない。

• 明らかに憔悴し、眠れない日を過ごすことが多くなった。

• 落合はこれまで、常識を疑うことによってひとつひとつ理を手に入れてきた。そのためには全体にとらわれず、個であり続けなければならなかった。

• リーグ最高の打者となった和田だが、感慨とすぐ背中合わせに畏れを抱いていた。いつ落合から外されるか。

• これまでの勝利に多大な貢献をしてきた谷繁さえも投手の代わりに途中交代させて断罪するなど、容赦はなかった。その中で監督としての落合の本質が見て取れた。

• 和田も谷繁も、落合と技術面でのつながりはあっても、情実的なつながりは一切なかった。これまで勝利にどれほど貢献してきたかではなく、いま目の前のゲームに必要か否かが判断軸。チームのために戦った、という逃げ道は一切許されないプロフェッショナリズム。

第9章 

• 小林正人は左ピッチャーとして生き残る中、タイミングを見計らったかのような落合からのススメでサイドスローへ転向。そしてワンポイントリリーバーという、日陰での仕事を任せられることとなる。

• 松坂世代として松坂の背中を追う、ということから、自らの道を切り開く覚悟を決めた。

• 落合はファンサービスは建て前だとして、しないスタンス。プロだって皆ファンのためではなく、家族のために野球をしている。

• 球団社長が変わり、「ファンを大切にする」という新社長の言葉には使命感を帯びたものが感じられた。

• 「相手はお前を嫌がっているのに、自分で自分を苦しめることはないんじゃないか」という落合の言葉。小林はそれ以来、相手を観察し、名プレイヤーたちが自分を嫌がっていることを意識するようになった。

• 広島の前田に代打を送らせたのは、かつてクビにおびえ、ひしめく才能の序列に打ちのめされた小林だった。

第10章

• 球団の取締役編成部のトップである井手が、周囲のフロントを抑え、落合に任せていたのは、根拠があった。

• 落合は現役のとき、絶対的な監督である星野の減量指示に従わなかったことがあった。ファミリーのドンに背くことはありえなかった時代。全体主義の監督と、個人主義の4番バッター。

• その後、マスコミと落合の間に入った井手は、落合と会話を重ねるたびにイメージが変容していった。すべての野球論はだれよりも論理的。落合は教科書には載っていない類の野球の心理を知る存在。

• 自分の理屈に合わなければ誰の命令でも動かない落合だが、自らの利になることには動く。

落合の主張は、雇用を保証されていないプロ選手がなぜそこまでするのか、契約を全うするためにありとあらゆる手段を尽くすが、そのプロセスにタッチされたくないというもの。それなのに批判されるのは自分という理不尽に悩んでいた。

• 孤立をエネルギーにできる落合を井手は信じていた。

• ただ、球団トップが変わると、もはや勝敗ではないところで落合の去就は決まっているかのようだった。

• 周囲に流されない、他に合わせない、それが落合の流儀。全てを察していてもそれに流されない。

第11章

• トニ・ブランコは、タイロンウッズの後釜としてドミニカから連れてきたが、もともと助っ人と言えるような年俸でもなく、3千万円もしない年俸で連れてきた。

• ただ、スカウトは、若くしてアメリカに渡ったが花咲かなかったブランコの、自らの居場所を求める渇望を信じた。

• ブランコは体格に似つかわしくない繊細な部分があり、周囲の人間の心理や顔色の変化が分かってしまう。ただ、一人だけ全く顔色を変えずにブランコを見つめていたのが落合。

• 大リーガーは日本のバッティングに合わせるようなことはないプライドを持っていたが、ブランコは落合のスイングをみて感じたことがあった。

• 不思議なことに、日本人選手の中には落合の無表情や無言に畏怖を感じるものが多かったが、ブランコにとっては言葉が通じない分それが精神安定剤になっていた。

• 落合は半信半疑でもブランコを開幕から4番に置いた。

• そして落合は球団に掛け合って、ブランコに「打点と得点を合わせて150を上回れば年俸に匹敵するボーナスを出す」というインセンティブを約束していた。

• 得点もインセンティブに影響するため、「歩いて海は渡れない」と信じて柵の向こうにボールを飛ばすことだけを考えていた男が、四球も選ぶようになった。そのため、ホームランも量産できるようになった。

• 名古屋の中古ネックレスを見つめていたブランコは、1年目が終わると、そのネックレスを手に入れることができていた。

• 打てなかった夜、ブランコは試合後にエクストラ・バッティングをする勤勉さを持ち合わせていた。多くを手にするほど、ブランコは貪欲になっていった。

• 仲間がリーグ制覇の勝利に酔いしれる夜も、エクストラ・バッティングを続けた。こうしたハングリー精神に影響を受けて、通訳の桂川も手帳にブランコの全ての打席の情報を記録して渡すようになった。

• 落合のチームにいるのは、挫折を味わい遠回りしながらも、自分の居場所を勝ち取った男ばかりだった。(和田、浅尾、小林など)彼らは常に飢餓感を持って野球に立ち向かっていた。それらが皆に影響していた。

第12章

• 「ボールを目で追うようになった、このままじゃ終わる」という一言のもと、名手コンビだった井端と荒木のポジションを入れ替えた落合。

• メディアだけでなく、チーム内でも賛意はない状況。すでに最高のものをなぜわざわざ壊す必要があるのかという考え方が渦巻いていた。

• もともと荒木には根源的な自己不信があった。なぜ自分がドラフト一位なのかも理解できていなかった。立浪や同い年の福留のような打の才能がないことを自覚していた。

• そしていつか、自分の知らぬところで自分とは全く違う価値観が存在すると考えるようになった。唯一確かなことは走塁や守備で見せるヘッドスライディングだった。

• プロの世界では練習でもある程度の予定調和が存在する。そのため、そろそろ終わりと察した時には選手はダイビングする。追い付けない打球に飛び込む姿がファンや監督を満足させる。それで終わり。

落合のノックはそれを許さなかった。そして、「野球は打つだけじゃない」という落合の言葉にしびれるような感覚、プロになって初めて等身大の自分を認められたような気がした。

そこから荒木はゴールデングラブを取るほどの名手になっていった。

• 心は技術で補える。心が弱いのは、技術が足りないから。

• どの監督からも愛されていたヘッドスライディングを落合は禁止していた。故障の確率が上がる。勝敗の責任は監督、選手は1年間けがせず、自分の給料に責任を持つことを伝えていた。

• エラーを重ねて万人の信頼を失うことより、たっとひとり落合の信用を失うことが怖かった。

• 落合は勝ち過ぎた。勝者と敗者、プロフェッショナルとそうでないもの、真実と欺瞞、あらゆるものの輪郭を鮮明にしすぎた。

落合の無言のメッセージは、「監督が誰であろうと何も変わらない、それぞれの仕事をするだけだ」

• 落合は好き嫌いで起用する選手を選ばない。監督に嫌われても使われる選手になってほしいと考えていた。

• 監督の解任が決まった直後のヤクルトとの直接対決で、荒木は最後の最後に禁じられていたヘッドスライディングをした。ギャンブルな戦い方を嫌う落合流とは違う野球だった。

落合の退任が、チームをさらに変えてしまった。外形的には変わらずとも、内面は変わっていた。乾いた繋がりだったはずの男たちから、かつてない熱が発散された。

• 結束と闘争心と全体主義を打ち出して戦っていた地方球団が、次第に個を確立した者たちの集まりに変わってきた。

• 荒木がコンバートで失策を増やす一方で、足を活かしたプレーで何度もチームを救っていたことを落合は見逃してはいなかった。だから失策数増加に反してチームが優勝するという謎が起こっていた。一方で落合が見抜いていたのは井端の足の衰えだった。

エピローグ

• それまで勝つことでしか評価されず、勝ってもつまらないとさえ言われた落合のチームが、今や万人が望む物語の主人公になっていた。

• 周囲の評価が変わっていく中で、変わっていないのは落合だけ。

• 落合はどの序列にも属することなく、個であり続けた。この世には決められた正義も悪もなく、孤独になること、そのために戦い続けること、それが生きることのようだった。

• あらゆるものへのアンチテーゼのような落合という存在が、世の中の欺瞞や不合理を照らし出した。


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