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【外伝】江之浦測候所探訪記 Ⅱ


外伝であることと記憶の新しさにかまけて少々微に入り細に入りすぎた気もしますが、箸休め企画ということで了承願います。


 御殿場インターで降りて、昼ごはんのあてにしていた「さわやか」へとやってきた。だれもが一度は名前を耳にしたことがあるであろう人気店は、開店30分にして1時間半待ちという狂気的な混雑ぶりを見せていた。幸い、すぐ近くに僕らの味方・BOOK OFFがあったので、伊勢佐木発案の「自分にとっておもしろい本を見つけてプレゼンする企画@110円」を開催した。

はじまるよ〜


 この企画の味噌は、“自分にとって”おもしろいというところである。単におもしろいだけならおすすめしたい作品をあげればいいが、“自分にとって”となると自分のバックボーンと関連させた作品を選ぶ必要が出てくる。濃い思い出をまとった作品、もしくは趣味・嗜好に関わる本。実に悩ましい。


 小説の文庫本コーナーで伊勢佐木と遭遇したとき、「ここのBOOK OFFやばくない!外国人作家の100円コーナーがこんなに広い」と示した棚には100円以上の部分も含まれていて。途中で気づいて「やっぱやばくないですー」と見る見るテンションが下がっていったのがおもしろかった。その矢先、伊勢佐木はサリンジャーの「ナインストーリーズ」の旧訳本である「九つの物語」を見つけた。目次を見ると、収録されている短編の題名が新潮版とところどころ異なっていて、そこに面白味を見出した伊勢佐木は「この本にします」と今日の天気のように感情をころころ変えた。

思えば九州行きの飛行機で読んでいた


 実用書コーナーでは尾道と室蘭に出会った。室蘭は某著者の「東京改造計画」を手に、「建築では都市計画も対象に入ってきますが、そのときに建築学的見地とは異なる視点からの都市計画は参考になると思いこの本を選びました」と僕と尾道に擬似プレゼンした。しかし、室蘭の平生のパッションを考えるととってつけた感が否めなかった。実際、とってつけてはいたし。2人の渋い反応が功を奏して、「東京改造計画」は棚へと戻された。

TOKYO


 漫画コーナーでは釧路と邂逅した。釧路とは普段からよく連れ立って近所のBOOK OFFに出かけていたため、棚の作品群にコメントしながら牛歩する時間は年季が入って黒光りしていた。


 そのあと、釧路とともに、少女漫画コーナーへ足を運んだ。一口に少女漫画と言っても、通念としてのラブコメ少女漫画だけが並んでいるわけではない。祥伝社のフィールヤングなんかはお気に入りの雑誌のひとつであり、心理描写を軸にコマ割りが発展した少女漫画は心に浸透する作品が多い。だからチェックも欠かせないわけだけれども、BOOK OFFの少女漫画コーナーにはでかでかと”BL”と書いてあったりするから、男2人で並んでいるのはなんとなく気まずい。少女漫画、少年漫画という時代錯誤なジャンル分けを早々に撤廃して、全部出版社順になればいいのにな。

 結局、1時間半経っても「さわやか」の順番は回ってこなくて、駐車場でさっき選んだ本のプレゼン大会をすることで時間を潰した。

はやく拝みたい、、


 一人目の尾道は「波よ聞いてくれ」。サバサバした性格の主人公・ミナレが、一般人でありながら札幌の局でラジオパーソナリティを務めて奮闘するすがたを描いているアニメ化もされた漫画だ。深夜ラジオ好きで、高校時代にはネタ投稿を頻繁にしていた尾道にはもってこいの作品である。今日釧路に紹介されたことを機に選ぶに至った。

 二人目の室蘭は「味写入門」。味のある写真、略して味写の撮り方を指南する写真集的実用書である。寝食を惜しむほど写真に傾倒する室蘭らしい選書だ。プレゼンでは、自分は今までかっこよさや美しさをものさしとして写真を撮ってきたが、これからは「味」も逃さない。アマチュアのプロになります。と語った。日常の折々に見られる他人には開かれない親密な表情。それをとらえた写真は当事者にとってはもちろんのこと、第三者でさえ心をノックされてしまう。室蘭がこれから撮る写真が楽しみだ。

集結!


 三人目の伊勢佐木は「九つの物語」。サリンジャーの著した「ナインストーリーズ」としての方が広く世に知られている作品である。旧訳の見所としては、サリンジャーの名短編「バナナフィッシュにうってつけの日」が「バナナフィッシュに最適の日」となっていたり、コネチカットの「ひょこひょこおじさん」が「よろめきおじさん」だったりと、題名にさえ訳の相違が見られる。ゆくゆくはサリンジャーの全作品を蒐集したい語った伊勢佐木らしいマニアックな選書に一同は唸った。

 四人目の釧路は「レンタルなんもしない人」。一時期Twitterで話題になった、なにもしないけどレンタルできる人。彼がどんな依頼を受けてきたのかを記録した実録漫画である。たしかに、レンタルなにもしない人のシステムはすぐに理解できるが、どういう需要があったのかはまったく想像がつかない。今度釧路の家に行ったときに読ませてもらおう。


 五人目の僕は「森見登美彦のぐるぐる京都案内」。森見登美彦は、京都を舞台にした蠱惑的な作品を数多く執筆している作家だが、この本は作中に登場したスポットをまとめた観光案内本である。中学時代、彼の小説によって描かれる「京都」に幻想を抱いた僕は、修学旅行で訪れた実際の京都に少なからず失望した。天下の京都とて、只の街だったのである。そのとき、自分が真に惹かれていたのは彼の視点なのだと気づいた。以来、彼の目に映った「京都」を現実の京都と結びつけた本書は、楽しく世界を見るひとつの虫眼鏡として重宝しているのだ。

ぐるぐる


 「さわやか」に着いてすぐは1時間半という膨大な時間をどうしたものかと持て余しかけていたが、即興ビブリオバトルによって瞬く間に流れていった。皆さんも、宙ぶらりんの時間ができたときに試してみてはいかがですか。

 「さわやか」は鉄板をならべる関係か、全員が同じテーブルにつくことは叶わなかった。そのため、僕と釧路と伊勢佐木、尾道と室蘭というように分かれた。


 さて、僕たち3人は着席したらばすかさずげんこつハンバーグを3人前頼んだのだが、2時間待ち兼ねて大合唱を繰り広げる腹の虫をどういさめるかが問題だった。ひとまず、肉汁跳躍防止に配られた紙マットを話題に話してみる。

 静岡県内に蜘蛛の巣のように張り巡らされたさわやかチェーンの地図マットの片隅に「父のげんこつ 母のおにぎり」というハンバーグのサイズごとの名前の由来が記されていた。

「でも、これって前時代的じゃない?」と誰ともなく口にした。


 文言の下には「父母の無償の愛」を表しているとあったが、父はげんこつで育て、母はごはんを作るものという性による区分は強引だ。そもそもげんこつを振るう教育というのも推奨されるべきではない。老舗ゆえに創業当初の名称をそのまま使っているのだろうか。「さわやか」の企業努力が表現にまで及んでいないことを嘆いて、とりあえず3分程度時間を稼いだ。


 次に、企業努力から派生して「さわやかはなぜ愛されるのか?」といった類の経営本は出版されていはしまいか、という話題に移った。これについて伊勢佐木が調べたところ、そのような本は発売されておらず、成功をひけらかさない姿勢に「さわやか」の評価が10上がった。

今回のオニオン


 そうこうしているうちにげんこつハンバーグがやってきた。店員がまん丸のお肉をいささか猟奇的なナイフで半分に切り分け、切断面を鉄板に押しつけた。人がされたら拷問だけど、お肉は美味しくなる。三人ともオニオンソースをかけてもらい、油飛沫を散らす肉塊を眺めてほくそ笑んだ。
 ああ、甘露なり。スパイスの効いた牛肉100%のハンバーグが美味しくないわけがない。各々、佳味に唸りつつ、無情にも小さくなるお肉を惜しみつつ、至福のひとときを過ごした。

 釧路はつけ合わせのポテトに塩胡椒を追加してなんとも美味しそうに食べていた。それを見た伊勢佐木が自分も同じことをしようとして自分の鉄板に視線を移し、ポテトがないことに気づいて、「あ、ポテトない!」と叫ぶやいなやポテトが皮を上に鉄板と同化していたことに気づいて、「あ、ポテトあった!」と叫んだその間2秒。心根がすぐさま口をつくほどお肉に浮かされていたことがうかがえるエピソードである。

以前のデミグラス


 尾道、室蘭コンビはあとに案内されたため、僕たちが食べ終わって会計しているときにちょうどお肉にありついていた。

 先に車に戻った僕たちは時間をもてあまし、メルセデス・ベンツがドイツのメーカーという共通認識を作ったところで散歩にくりだした。庭木の手入れされた住宅街の奥に立派なビニールハウスが建っており、それに吸いよせられた僕たちはハウスの手前に川の流れていることを知った。条件反射的に川底に目を滑らせるが、魚の姿は見えない。しばし落胆。それでもなお生き物を探して川に沿って歩いていると、サワガニを見つけた。白化していたから亡骸かもしれないが、それでも生き物の影に心が上向いた。

 尾道たちから連絡があるまでと遊歩を続けていると、木の枝から糸を吐いてぶら下がっている黄色縞の芋虫に出会った。その糸の長さ1.5m。「これ、もう木に戻れないんじゃないの」という釧路の言葉にはっとさせられて、芋虫を同じ木の低い枝にそっと移動させた。これだけでなんだかいいことをしたような気がしてしまう。すると、室蘭から「戻ってる!」との連絡が入り、急いで駐車場へと走った。

明石

・メンバー
明石、尾道、伊勢佐木、釧路、室蘭

つづきはこちら!
いよいよ江之浦測候所にのりこみます。

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