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【外伝】江之浦測候所探訪記 Ⅰ

 5時半をまわるすこし前に目が覚めた。早起きしなければ!という意識の種を前夜にまいておくと、眠りに就きながらもなんとはなしにそわそわした心地がして、朝の予感に鋭敏になる。アラームが一節響くやいなや「停止」させてベッドから降りた。

朝をあらわす写真

 茶の間に移動すると、いのいちばんに室蘭にモーニングコールをかけた。横浜駅に8時集合という、県をひとつふたつ跨いで行かなければならない僕たちにとってはシビアなスケジュールに寝首を掻かれることのないように、あらかじめ同盟を組んでいたのだ。

 1本目の電話は不在着信になった。定刻に起きられて準備をしていて、スマホから離れているのかしら。それなら安心だと僕も朝の支度をはじめた。でも、もしまだ夢の世界にいるのだとしたら、、、。

 10分ほど時間を置いてもういちどかけた電話には応答があった。「寝てた?」と尋ねると、睡気のまじってくぐもった声で「寝てた」と返ってきた。いまは100kmほど隔たっているものの、2時間後には時だけでなく場所を同じくしているのが不思議である。「またあとで」と残して電話を切った。

 最寄り駅で尾道と釧路とねぼけまなこを突きあわせ、行く先の長い電車に乗った。車内は思いのほか混んでいて、僕と釧路、尾道というように分かれて座った。尾道は寝るときに薄目を開けるくせがあるのだが、向かいで眠る尾道のまぶたの隙間から寄り目が覗いていて、釧路と笑いを堪えるのに苦労した。案の定、駅で降りたときに尾道が「目が乾燥する」とぼやいていて、なおのこと笑ってしまった。

 横浜駅は最寄り駅に比べて広大で、待ち合わせ場所の店はおろか、そこに通ずる改札口すら見つからなかった。約束の時間が刻々と迫るなか、よくわからないだだっ広い地下道を延々と歩んでいた。このままでは埒が明かないとひとまず地上を目指し、その上で栄えている方に進んで、遅ればせながら集合場所にたどりついた。室蘭と伊勢佐木は先に着いて、本を読んで待っていた。モーニングコールをかけた方が遅刻するなんて世話ないなぁ。これからは駅で迷う時間も考慮して出発しなければ。

往来の激しい横浜駅

 生憎の雨が激しく降りそそぐ道をニッポンレンタカー横浜駅前西口店へと歩いた。午後には止んで暑くなるらしいという希望的予報を信じて、新海誠作品みたいな煌めく雨上がりを熱望した。

写真は夜だけど実際は朝です、、

 今回は5人とも運転免許保持者だったため、1枚の書類に5人が代わる代わる署名した。その間、受付のお姉さんがレンタルの流れについて説明してくれていたのだが、そのなかのひとつの単語が際立って耳に届いた。

「〜。本日はおまかせプランだったので、ベンツをご用意させていただきました。〜」

(え、いまベンツって言った?)

 同じ疑問符が5人の頭上に浮かんだ。「ベンツってあのベンツ?」「聞き間違い?」「トヨタにベンツっていう車種でもあるの?」一同がざわついているなか、通された車庫に待つ車には例のエンブレムが輝いていた。

 えー。

どかんとベンツ


 最安のおまかせプランでベンツが来るなんて思いもしなかった。まだ状況をのみこめていない僕たちは、お姉さんに案内されるがままトランクに荷物を積みこみ、なんとなく僕が運転することになって操作方法について色々と説明を受けた。


 国産車との違いで最も驚いたのは、シフトレバーがハンドル右手のウィンカーレバーの位置についていることだった(ウィンカーレバーはハンドルの左側、いつもと逆の位置についている。)。恐ろしいのが、いつもの感覚で左折や車線変更のときにレバーを上にあげると、ニュートラルに入ってしまってアクセルもブレーキも効かなくなってしまうことだった。はたして今日を無事故で終えることができるだろうか、、、。

右奥がシフトレバーという悲劇

 出発前に、室蘭の携帯をつないで試しに音楽を流してみたら、音の立体感に驚かされた。ベースラインまでくっきり聞こえる。これがベンツの力か。

 はじめは戸惑っていたけれども、ベンツを運転する経験なんてなかなかできるものではない。今日一日めいっぱいふれあって、将来の話のネタのひとつにしよう。そう思ってシートベルトをつけると、結構な力でベルトが自動でしまり、体を背もたれに束縛された。おっと、ベンツ。

 横浜市街を運転していると、心なしか道ゆく人々の視線が注がれているような気がした。紫外線対策のサングラスも手伝って、さぞ金持ちのドラ息子に写っていることだろう。みんな、ニッポンレンタカー のステッカーをよく見てね。

 高速に入る前に、水分を求めてコンビニに立ちよった。車を出て店に向かうとき、鍵をかけるために手にしたベンツのキー。イメージの歌舞伎町ではこれがやりとりされていたから、その実物にすこし感動した。

 コンビニを出て少し行った道沿いに、段々に連なるトリックアートみたいなイカすマンション(たぶんルネ上星川?)が現れた。これには建築学生たる助手席の室蘭も興奮していた。尾道が「沢田マンション(高知)みたい」と言ったのをきっかけに、「それよりも」と脳内データベースに検索をかけて坂出人工土地をわりだしていた。信号待ちで写真を見せてもらうと、近未来なブロックの部屋が斜めに並んでいるすがたが驚くほど似ていた。

写真は沢田マンション。坂出人工土地は素材を持っていないため、是非調べてみて欲しい。


 この短時間でこれに辿りつけるなんて建築への愛がうかがい知れる、、。こうして自分の不勉強な分野について詳しい室蘭と一緒にいると、世界をとらえる新たな視点を教えてくれるからおもしろい。坂出人工土地の建築は上部に居住スペースがあり、下の空間は商店街になっているのだという。この建築そのものが街を内包している構造は香港の懐かしい遺産にどこか似ていて、「九龍ジェネリックロマンス」を愛読する2人は九龍城砦に思いを馳せた。

「恋は雨上がりのように」の眉月じゅんが描く九龍城が舞台の漫画作品


 東名高速道路を静岡へと快走していると、ラブホの乱立するエリアにさしかかった。高速のインターまわりとは総じてラブホの多いものであるが、それを目にした室蘭が「思うんだけど、『ラブホ建築論』で卒論ひとつかけそうだよね」と進言した。え、おもしろそう。たしかに目の前の建築ごった煮のキメラホテルとか、左手の屋上で恐竜が咆哮するジュラシックホテルとか、そのとなりのディズニーシーのS.S.コロンビア号みたいな豪華客船ホテルとか、そのヴァリエーションは計り知れない。

部分ごとに違った顔を見せるキメラホテル


 オーナーがアイデアをどんな具合に伝えて、それをどの範囲まで実現するものなのかとか、ありがちな構造的問題とか、現場ではいろいろなドラマも生まれていそうだ。奇抜なアイデアを立体でかたち作っていく過程は現代アート作品に通ずるものもあるから興味深い。その話から派生して、北関東巡行(鋭意執筆中。)のときに見つけた「new seeds」という狙ったような名前のホテルがあったことを室蘭に伝えた。すると、「え、でもいい名前だね。子供の名前とかにいいかも」とボケみたいなことを真面目に言っていて、最終的には「たしかに、将来花咲かせてくれそうだしなぁ」と納得させられてしまった。

中央に鎮座する富士山


 会話が予想外の着地を見せたところで、「ちいかわ」上映会がはじまった。詳しい説明は尾道に任せるとして、「ちいかわ」とはざっくり言うと、感受性の豊かな小動物たちがさまざまな経験をする漫画である。しかし問題は、ここ最近の僕たちにとって、「ちいかわ」が象徴的イメージを持ってしまっているということである。

 まず、「ちいかわ」の登場人物たちが感動したときに多用するセリフに「わぁ〜」「すご〜い」というものがある。それを前提として、尾道が流しそうめんやカヌーに明け暮れた一日をメタ的に総評して「ちいかわみたいな日だったな」と発言した。

流しそうめんの記事はこちら↓↓↓


 これがきっかけとなって「わぁ〜」「すご〜い」と感動をあらわにすることはスラングになりつつあったのだ。尾道は自分の好きな作品がスラングとなったことに若干後悔していたが、もう収集のつかないところまで浸透してしまっていた。現に、出発時に自動で締まるシートベルトに僕が「わぁ〜」と素でリアクションしたことがすでに取り沙汰されていた。すこし話が横道にそれたが、このバックグラウンドを踏まえた「ちいかわ」上映会は、癒しよりも、笑いを誘うものとなっていたのである。

アニメ公式HPより


 思えば、ドライブ中の運転席・助手席と後部座席はゆるく分断されているから、後ろで繰り広げられていたことにはまるっきり門外漢である。尾道の記事、楽しみにしています。

明石

・メンバー
明石、尾道、伊勢佐木、釧路、室蘭

・サムネイル
室蘭

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