見出し画像

『日本の税は不公平』全文公開:はじめに

『日本の税は不公平』(PHP新書)が3月27日に刊行されました。
これは、はじめに全文公開です。

税の不公平に国民の怒りが爆発している

 自民党派閥の裏金問題が暴露され、国民の怒りが爆発している。
 国民は何に怒っているのか? 受け取った資金を政治資金収支報告書に記載しなかったことか? それもあるが、多くの政治家が巨額の資金を受け取りながら、それを税務申告せず、税を払っていないことに怒っているのではないか?
 仮に私がセミナー会社の社員であったとしよう。私が努力した結果、セミナーの受講者が増え、会社の収入が増えた。会社はそれに報いて、給与やボーナスとは別に、私に特別の手当を現金でこっそりと出してくれた。では、この手当は、課税の対象か? そうであることは、明々白々だ。仮に私がこれを税務申告しなかったら、脱税になる。
 派閥からの裏金は、実質的には、これと同じものだ。それにもかかわらず、政治資金というだけで課税を免れている。なんと不公平なことだろう。
 「政治にはカネがかかる」と言われる。ある自民党国会議員の年間収入と支出は、7000万円程度だそうだ[1]。「庶民とは桁違いだから、庶民と同じ税率表を適用できるはずがないだろう。幼稚なことを言うな」と馬鹿にされるかもしれない。しかし、税について、そうした論理は受け入れられないのである。
 問題が発覚したのがたまたま確定申告に向けての準備期間であったために、多くの人が、自分が強いられている税負担との比較を、否応なしにさせられた。そして、政治家と比べてなんと不公平な扱いだろうと、怒りを爆発させたに違いない。
 第1章で見るように、歴史上多くの革命が、税に対する不満を発端として起きた。もし、今回の事件がうやむやのままに終わってしまうなら、日本に未来はない。 

高齢化による負担増は避けられない。不公平こそが問題

 いや、「未来がない」などとのんきなことを言ってはいられない。なぜなら、未来に待ち構えているのは、高齢化社会の負担増であるからだ。
 現在の日本は、すでに高負担社会だ。第3章の4で見るように、国民負担率(租税負担と社会保障負担の合計の国民所得に対する比率)は、46・8%になっている。そして、第4章から第7章で論じるように、この比率は、高齢化の進展でさらに高まらざるをえない。
 しかし、本当にそうした超高負担社会を実現できるのだろうか? もしできなければ、医療や介護で、不十分なサービスしか受けられないのではないか? あるいは、年金をカットされてしまうのではないか? 国民の間には、このような不安が広がっている。
 そうした問題があるのに、所得税減税が唐突に行なわれたり、医療保険で徴収した保険料を子育て予算に使うなどの支離滅裂な政策が行なわれている。問題は、増税が必要であるにもかかわらず、岸田文雄首相が、批判を恐れてそれに手をつけないことだ。だから、批判は、増税をすることではなく、必要なのにそれを行なわないことに向けられるべきだ。
 負担増を行なうにあたって最も重要なのは、公平性の確保だ。税や社会保険料の負担を最終的に決定するのは、政治家だ。政治家が国民に負担を求める一方で自分では非課税の政治資金をいくらでも使えるとしたら、国民は、政治家が決めたことに従うだろうか?
 税の負担も、社会保険料の負担も、重い。本当に重い。誰もが同じように重い負担に苦しんでいるのだと納得できなければ、この負担に耐えることができない。憂うるべきは、負担が公平でないことだ。不公平こそが問題なのである。 

税制への信頼こそ国の基礎

 税は身近な問題でありながら、専門的な内容が多いので、その全容を把握することが容易でない。本書は、予備知識を前提とせず、日本の税や社会保険料についての問題を明らかにすることを目的としている。以下に、各章の概要を簡単に紹介しておこう。
 第1章では、自民党派閥の裏金問題を、脱税問題として捉えるべきことを論じる。この問題がうやむやのままに終われば、税制に対する国民の信頼が崩壊するだろう。
 フランス革命をはじめとする多くの革命が、税に対する不満が原因で起きた。ただし、ローマ帝国のように、優れた指導者が、数百年にわたる税制の基礎を築いた例もある。
 第2章では、最近の日本で税の基本原則が安易に犯されていることについて述べる。「税」が2023年の「今年の漢字」に選ばれたのは、「税負担が今後知らないうちに増えていくのではないか」という漠然たる不安を、国民の多くが感じているからだろう。
 第3章では、所得税、法人税、消費税などの主要な国税と、地方税、社会保障制度の概要、また、社会保障給付費、国民負担率などについて説明する。

 年金、医療、介護はどうなる?

 第4章で分析するように、高齢化によって社会保障支出が増えるため、税や社会保険料などの負担は高まらざるをえない。国民負担率は50%程度になり、消費税率を12%以上に引き上げる必要があるだろう。
 第5章では、公的年金の将来を考える。これまで行なわれた公的年金の財政検証は、保険料を引き上げなくとも、年金制度を維持できるとしている。しかしこれは、実質賃金の伸び率の過大な見積もりによる面が多い。現実的な想定では、厚生年金の積立金が枯渇し、支給開始年齢引き上げ等の措置が必要になる可能性がある。老後資金として2000万円が必要との試算は、過小な見積もりである可能性が高い。
 第6章では、高齢化に伴って医療費が増加することを述べる。医療費の自己負担率が引き上げられる可能性は高い。
 第7章では、介護について分析する。介護は、高齢になれば、ほとんどの人が避けて通れない深刻な問題だ。今後、要介護人口が増えるので、介護従事者も増える必要がある。しかし、現実には、人材の確保が難しい。このため、介護保険が崩壊する危険がある。これを避けるには、介護保険料の引き上げが不可避だ。 

公平な税制を目指せ

 第8章では、金融所得課税を取り上げる。新しいNISA(少額投資非課税制度)が日本再生の鍵であるかのように言われることがあるが、疑問がある。金融資産から生じる所得は分離課税で、税負担は軽減されている。これは、大きな不公平だ。すべての銀行預金口座をマイナンバーに紐付けることによって、公平な課税が実現されることが期待される。
 第9章では、日本の公的負担制度(税制や社会保険料、自己負担など)が持つさまざまな問題を指摘する。現在の所得税制は、フリーランサー的な働き方を阻害する可能性がある。高齢者が働くと、重い負担がかかる。これは、高齢者が働き続けることに対して、強い抑制効果を持つ。人生100年時代においては、いつまでも働き続けられる制度を作るべきだ。また、給与所得控除や、消費税のインボイス制度について述べる。さらに、ふるさと納税制度が持つ問題点を指摘する。

2024年2月
野口悠紀雄 

[1] 日本経済新聞「カネの本音、語れぬ自民党」2024年2月10日


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?