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一流編集者はなぜ麻薬犯罪ドラマの演出を『君たちはどう生きるか』に転用できるのか

狙いまくったタイトルで失礼します。編集者の今井雄紀です。

『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』、『嫌われる勇気』、そして『漫画 君たちはどう生きるか』でトリプルミリオンを達成した編集者の柿内芳文さんが、年末に公開されたインタビューでめちゃくちゃ面白いことを言っていたので紹介したいと思います。

『君たちはどう生きるか』を漫画化する際にあった大きな課題と、その解決策についてのお話しです。聞き手は、ライターの古賀文健さん。長いですが、引用します。太字はぼくがつけました。

柿内 そうですね。この原作を漫画化するにあたっては、弱点が二つありました。ひとつが前編でも挙げた「説教くさく感じる」こと。もうひとつが、「第1話が地味」ということです。

古賀 原作だと銀座のデパートの屋上にいるシーンから始まるよね。気づきのあるいい第1話だけど、たしかにドラマがないというか、初見の読者をひきつけるには弱いかもしれない。

柿内 どうやったら『嫌われる勇気』のように、読者をひきつけられるか。そこで参考にしたのが、海外ドラマの「ブレイキング・バッド」です。人生で出会った最高のテレビドラマなんですけど、第1話の前半がとにかく地味なんですよ。主人公は田舎の高校の化学教師で、生徒からはバカにされ、お金がないからガソリンスタンドでバイトもして……というシーンが20分近く続く。しかも、俳優もまったくの無名です。

それでこの作品はどうしたかというと、時間軸を解体して、そのあとに起こる大事件を冒頭に持ってきたんです。具体的には、この地味な中年の主人公がパンツ一丁にガスマスクをして死体を乗せたキャンピングカーでなにかから必死に逃げているシーンなんですけど(笑)。

この衝撃的なシーンからタイトルバックになり、そこから時間軸を戻して、高校教師の日常が描かれる。僕たちは、「この大人しいおじさんがどうやってあの状況になったの!?」と確認するために第1話に見入るわけです。『君たちはどう生きるか』の入口を考えたときに、このイメージがしっくりきたんですね。「コペル君はどうしてこんなに絶望しているの?」と。

古賀 なるほどなあ。 

「大ベストセラー2冊を生んだ古典を現代の読者につなげる工夫とは? | 嫌われる勇気──自己啓発の源流「アドラー」の教え | ダイヤモンド・オンライン」http://diamond.jp/articles/-/154239

80年前に書かれた児童向け教養小説の歴史的名著、その漫画化の元ネタが、麻薬密造を契機にひたすら闇落ちしていく化学教師が主人公の海外犯罪ドラマって、このアイデアの「距離」、すごいと思いませんか?

感動を分析し、ひっくり返して「道具化」する

なぜこんなことが出来るのか。それはきっと柿内さんが日々さまざまなインプットをする中で大小さまざまな「感動」の理由を分析し、プロセスを逆算して、「道具化」を繰り返しているからではないかと思います。

「道具化」の方法はシンプルです。映画でもアニメでもゲームでもなんでもいいのですが、何かに感動した時に「感情が動いたのはなぜか」を考え、それを逆さまにします。例えばこんな感じです。

【感動とその理由】
ダース・ベイダーが怖いのは、仮面で表情が見えず何を考えているかわからないからだ

【道具化】
何を考えているかわからない敵は怖い

【感動とその理由】
『ワンピース』が大人のファンをも摑んで離さないのは、人種差別や奴隷制度など、人類が抱える解決困難な問題をベースにしているからだ

【道具化】
世界の諸問題をベースにすると、物語に深みが出る

【感動とその理由】
『キングダム』の作中で緊張感が持続するのは、死亡フラグのない死亡と、死亡フラグのある生存が混在するからだ

【道具化】
作劇における「お約束」を逆手にとれば、読み手の予想を裏切ることができ、物語全体に緊張感が生まれる

柿内さんに限らず一流のつくり手たちは、あらゆる場面でこれを繰り返し、ストックして、かなづちやカンナ、のこぎりのごとく必要な時に使えるように準備しているのだと思われます。いつもはスキップするYouTubeの広告動画を今日に限って観てしまったのはなぜかとか、早く眠りたいのについ『月曜から夜ふかし』を観てしまうのはなぜかとか、そういうのも含めて全部です。

実際柿内さんはいつ会っても、うれしかったこと、おもしろかったこと、おいしかったもの、ムカついたことなどを含む「心が動いたこと」について、分析結果も含めて話してくれます。Twitterでも、その様子が確認できます。

それぞれ、「個性のある店は家賃の安いところに集まる」、「子供の頃の質の悪い体験により先入観を持ってしまっている物が沢山ある(これはそのまま)」といった形で道具化され、柿内さんの脳にストックされているのでしょう。このストックが、彼の作る書籍の事例や演出の源となっていくのです。

「なんかいいよね」を禁止する

どうすれば彼のような「道具化」のクセがつくのか。コピーライターの谷山雅計さんは、名著『広告コピーってこう書くんだ!読本』の中で、その方法をシンプルかつ明解な言葉に落としこんでいます。

「なんかいいよね」禁止。

『金曜ロードSHOW!』で『天空の城ラピュタ』を観て感動したとき、スタバでつい新商品を買ってしまったとき、友だちのネコ動画についいいねしたとき——今まで「なんかいいよね」で済ましていた感情の動きを、こじつけでもいいからひたすら言語化していくのです。最初は「バルス!が気持ちいいから」とかでいいんです。それをなぜなぜと掘っていけば、「道具化」に辿り着くことができます。慣れたら「なんか好きじゃないわ」も禁止にするといいですね。「なぜダメか」の道具化は、マイナスを補う力になります。

さながら、思考の「筋トレ」

実際、効果は絶大です。

「なんかいいよね」を禁止し、道具化を意識するようになってからのぼくは、それ以前と比べ、格段に作品や事象を見る目がつきました。もちろん、その深さ・量・視点は諸先輩方に遠く及びませんが、編集・イベントの仕事をしていくうえで、たいへん役立っています。何かをつくるとき、このストックと種類がモノを言うからこそ、あらゆるつくり手は「いいものをたくさんみること」を推奨されるのでしょう。

筋肉と同じく、一朝一夕で身につくものではありません。効果を実感するまでかなり時間がかかると思いますが、これもまた筋肉と同じで、一度身につけばなかなか落ちない力です。何かをつくる人になりたい若い人、ぜひ試してみてください!

と、いうようなことを、先日知り合いのデザイナーさんに「今井さんの隣で食うと、いいメシでも不味くなるんですよね。これは何が狙いだとか、ブツブツ言うから……」と言われて考えたのでした。一緒にごはんを食べる人には申し訳ないけれど、クセになってるのは悪いことじゃないなと思います。ちょっとうれしかった。