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書評『キーエンス解剖 最強企業のメカニズム』

「営業ロープレ毎日1回以上、計1000回やる」
「外報は商談後5分以内に書く」
「電話は1日80件、アポが1日5件分はいらないと外出禁止」
「接待、飛び込み営業はなし」

・・・そんな「異常なくらい高密度な働き方」を数千人レベルで全社的に行っている企業があります。
それが、年収2000万企業として有名な「キーエンス」。

しかし、キーエンスに関する情報はググっても断片的にしかヒットせず。
ちらほらと「キーエンス出身のYoutuber」なども出てきたおかげで、少しずつ情報が出回ってきてはいるものの、未だに謎多き企業だったキーエンス。

今回、そんなキーエンスを徹底解剖してくれている本を発見したので、ご紹介します。
キーエンス解剖 最強企業のメカニズム』です。


『キーエンス解剖 最強企業のメカニズム』とは?

本書は、「日経ビジネス」でキーエンス特集を担当されていた西岡杏さんによって書かれた本です。
記者が書いた本だけあって、「いつどこで誰がどんな発言をしたのか」が事細かに書かれていて、それがまた本書のリアル感を掻き立てています。

では、先ほどから繰り返し出ている「キーエンス」とは、いったいどんな企業なのか?
簡単にかいつまむと、以下のような企業です。

  • 工場用センサーの開発・販売をメイン事業としている企業。大阪に本社を構える

  • 研究開発・マーケティング・営業に力を入れており、生産はほとんど外注

  • 売上に占める営業利益の率は50%前後をキープ。異常なくらいの高収益率

  • 社員の平均年収は2200万円

  • 1974年設立以来、順調に株価も伸びている。2015年から2022年にかけて4倍以上株価が上がっている

いったいなぜ、このような驚くべき成果を上げているのか?

平均年収2000万円企業のカラクリ

本書では「ロープレ」「外報」「電話件数」「ハッピーコール」「即納」「時間チャージ」「接待なし」などのキーワードが登場します。
そして、1つひとつのキーワードや取り組みについて、関係者(社員、元社員、取引先、競合、経営学の教授など)の取材もふまえながら具体的に紹介してくれます。

そんな本書で語られていた取り組みやキーワードの「因果関係」を、私なりに紐解いて図解してみました。

図解の内容を説明しましょう。

まず、キーエンスは、数千種類もの商品をそろえており、代理店を介さない直販体制を取っています。
経営のセオリーで考えると、これらの取り組みはいずれも不合理です。
というのも、数千種類も商品を作るよりも、極力品種を減らしたほうが楽。
それに、商品の種類が少なければ、教えることも少なくて済むので、安い代理店に売ってもらうことも可能。
なのに、キーエンスは、多品種少量生産を行い、それらの商品を直販で売っている・・・
それは、以下の理由があるから。

  • 多品種用意しておいたほうが、顧客のニーズや困りごとに合わせた提案ができる

  • 直販のほうが、営業メンバーを指導しやすいし、顧客からのニーズも直接吸い上げることができる。

    • 毎日18時からロープレをやるとか、外報や日報を徹底的に入力させるとか、「異常なレベルでの取り組み」を徹底させやすい(代理店にこんなこと強いるのは無理ゲー)。

    • 顧客のニーズを書いた「ニーズカード」を商品企画部門に渡す。良いニーズカードをたくさん書いてくれた人にはインセンティブを与える…みたいな一連の取り組みも、代理店を介さないほうがやりやすい

こんな意図をもって、「一見すると非合理だが、全体でみると合理的」な仕組みを作っている。
そこが、キーエンスの強みです。

他にも、「商品は1割自社工場で作り、9割は外注で作っている」「開発にまで商品企画が関与する」など、一見すると謎の取り組みがありますが、すべては「より少ないリソースで、より多くの付加価値を」という理念のもと、合理的に設計されていることがわかります。

施策を「部分的」に真似しても意味がない

キーエンス解剖 最強企業のメカニズム』を読むと、キーエンスの取り組みのすばらしさに度肝を抜かれることでしょう。
そして、こう思うはずです。
「よし、うちの会社・チームでもやってみよう」と。

しかし、安易にキーエンスの真似をしてはいけません。
施策や取り組み「単体」を取り入れても、かえって逆効果になるでしょう。

例えば、「より、うちもロープレを1000回やろう」と意気込んで、実際にやってみたとしましょう。
しかし、「上下関係なく、フラットに意見しあう文化」「部下のアポ架電や商談に、上司も付き添う」などもセットで行わないと、ロープレによって得られる効果が半減します。
むしろ、いたずらに社員を疲弊させかねません。
もし上司が高圧的な存在だった場合、部下にとってロープレは苦痛で仕方ないでしょうし。
ロープレでやったことが実践できているかを上司がチェックしなければ、これまたロープレの効果を測定できませんし。

このように、キーエンスが行っている施策1つとっても、その裏側には、複雑な要素が絡み合っています。
それこそ、長年培われた社風でしたり、上司が部下の商談に同席したり、ハッピーコールをかけたり、外報を細かくつけたり・・・こういった1つひとつの細かい要素が絡み合って、1つの大きなシステムとして機能しているのです。

このシステムが複雑であればあるほど、構築するのに時間がかかればかかるほど、他の企業から真似しづらくなります。
というか、真似したくないですよね。
真似しようと思った瞬間、商品の種類を大量に増やさなくてはいけないですし、営業も自分たちでやらないといけない。とにかく真似したくないくらい面倒くさい。
しかし、この面倒くささこそが、模倣困難性を生んでいる

まさに「非合理の理」とは、こういうものを指すのでしょう。

極めるとすごい「非合理の理」とは?

「非合理の理」
一言でいうと「一部分だけ見ると非合理的だが、全体で見ると合理的な状態」のこと。

これは楠木建氏の『ストーリーとしての競争戦略』で述べられていた概念です。

例えば、本書ではスターバックスを例に解説されていまして。

スタバの非合理的な特徴の1つが「直営店方式」です。
直営店方式の対極にあるのが「フランチャイズ」。フランチャイズは、会社が開発したブランドや仕組みをパッケージ化して、すでに土地を持っている加盟店がそのノウハウを使って店を経営します。

もし、スピード重視で店舗を拡大していきたいなら、フランチャイズ形式のほうが効率がいいはず。
だって、加盟店が資金を用意して、自分たちで店舗づくりから採用までやってくれるわけですから。加盟店を増やすことに注力すれば、店舗をスピーディーに増やしていけます。

しかし、フランチャイズ形式だと、加盟店に経営を任せている分、本部が加盟店の経営に口を出しづらくなります。
そうなると、加盟店によってサービス品質にバラツキが生まれやすくなり、スタバのコンセプトである「第三の場所(美味しいコーヒーを片手に、家や会社のようなしがらみもなく、ゆっくりくつろげる場所)」の実現が難しくなります。

だから、一見非合理的に見えても、直営店方式にこだわる。
メニューも、スタッフの採用や育成も、出店する立地も、店舗の雰囲気も、全部スタバ本社が決める。
確かに、フランチャイズよりも初期コストもかかるし、店舗の業績のリスクも背負うことになる。
しかし、全国どのスタバにいっても「第三の場所」というコンセプトが実現されており、結果的にリピーターを生み、利益につながる仕組みになっている。

このような「一部分だけ見ると非合理的だが、全体で見ると合理的な状態」を作ることが、競争に長期的に勝ち続けるカギとなります。
これは、企業も個人も同じことでしょう。

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