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🍥燻製スパイスケーキ🍥




赤いパンツを買った。

歳をとると新しいこと対して億劫おっくうになる。いわゆる、焼きがまわる──というやつだ。
このまま老いさらばえて、昔話ばかりする説教くさい老人になるのだけはごめんだ。ここは日常にスパイスをパパッと振りかけ、単調だった味わいを変えていこうと思い立ったのである。
その第一歩が、いままでの人生では絶対に選んでこなかった「赤いパンツ」というわけだ。早速、風呂上がりにそれを穿き、なんだか生まれ変わった心持ちになってビールを片手に徘徊ウロウロしていると、

「浮気でもしているんですか?」

などど、妻からあらぬ疑いの目を向けられ、赤下着アカではあるが潔白シロの身の私は、急浮上した浮気の疑惑を軽やかに否定しようとするもの、いや…これはだね…新しい自分をだね…などと、なぜかオロオロと狼狽してしまい、スパイスどころか謎の火種まで出現する始末だ。

こうまで見事にスパイスを払われ出鼻をくじかれた時は、生地にスパイスを練り込んでケーキを焼くに限る。ついでに、と言ってはナンだが──私は燻製家だ。

燻製をせずにはいられない。

ニュートンが木から落ちるリンゴをみて万有引力を着想せずにはいられないようにだ。


それはさて置き、上のリンクが今回参考にしたレシピである。思うところあって、スパイスの分量や焼き時間は変更したが、概ねは参照させていただいた。

最初に言っておくが、このテのレシピは煙の分が悪い。スパイス──特に香りが強いものには、煙は埋没してしまう傾向にあるのだ。

シナモンやカルダモン──ましてや、ジンジャーパウダーもしこたま入るこの超刺激的スパイシーなケーキに立ち向かうなど、風車に挑むドン・キホーテさながらの無謀さである。しかし、たとえケーキの一味どころか半味になろうとも、食材を煙に巻こうと足掻あがく。それが燻製家という生きかたなのだ。

やれることは全部やるんだっ

映画「ゴジラ-1.0」にて、田中美央ふんする駆逐艦雪風の元艦長・堀田の名台詞ゼリフにすっかり感化された私は「やれることは全部やるんだやれることは全部やるんだウフフ」などと呪いのように繰り返し呟きながら、やれる材料はすべて燻製にかけていった。

ドライクランベリー、かぼちゃ種、ホワイトチョコ、クリームチーズ、バターを、クルミのチップにピートを加えて冷燻

色づきは淡いが、なかなかピーティーで芳しい仕上がりとなった。早速、燻製バターを練り込んた生地を焼き、燻製クリームチーズ、ホワイトチョコを主体に作ったフロスティングを塗っていく。室伏広治氏の84mを超えるハンマーの大投擲を妄想イメージし、特に体幹を意識しつつ、力強くフロスティングを塗って、塗って、塗ったくっていく。

史上最強ムロフシのフロスティング

ムロフティングフロスティングを塗り終えたら、燻製かぼちゃの種、クランベリーを散らして完成だ。

おお…なかなか美しい出来じゃないか…

などと、気を良くしたのも束の間、なにやら違和を覚える。それは──おそれをはらんだ既視感デジャヴュであった。それの正体を探るべく記憶を辿り、すぐに思い当たる。

ナウシカに出てくる王蟲おうむじゃないか。 

プンスカと怒って無数の眼を赤々と光らせ爆走する巨大なアレだ。「ナウシカ 王蟲 大きさ」でググってみると、何とその体長は80mにも達するという。
たとえば、ベーキングパウダーや重曹といった膨らし粉をしこたま投入して焼き、メコモコとケーキが80m超に膨れ上がったら、私が住む町の大部分が壊滅してしまうだろう。

切り分けた王蟲

我が町を破壊した王蟲であったが、よくよく考えると室伏広治の投擲とうてきするハンマーは、美しい放物線を描いて80mのそれをも超えていくのだ。彼のあまりの雄大さ、神々しさに、腐海の瘴気もたちまち晴れ、王蟲の怒りも収まって赤い眼も青くなるにちがいない。

物思いからふと我に返ってケーキをひと口食べる。

うまいが──やはり、スパイスに煙が負けている。

今回も敗北の燻製家だったが、王蟲をも超える室伏広治ムロフシのおかげで、なんだか溜飲を下げたのだった。 

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