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「好き嫌い」と「良し悪し」

「BL小説における“良し悪し”というのは、どのように判断されるとお考えでしょうか?」

私はとある方にそんな質問をしていた。その方はその質問に一応の回答をした上で、「逆になぜBL小説における“良し悪し”に興味があるのでしょうか?」と私に尋ねた。

私はBL小説そのものにはあまり興味がないが、「BL小説の“良し悪し”」には興味を抱く。それはそこに“良し悪し”に関する「普遍性」が垣間見えるかもしれない、と考えるからだ。


世の中のあれこれは“好き嫌い”のみで判断されている、と思われている節がある。香水がいい例だろう。人はその人の好みに基づいて香水を購入したりしなかったりする。

もちろん一個人で考えるとそうであろう。流行りやブランドといった様々なファクターは存在する一方で、基本的な評価基準はその人における“好き嫌い”であるはずだ。ただもっと俯瞰的に見てみると話は変わってくる。香水の歴史を少し紐解いてみれば一目瞭然だが、ある香水は時代を超えて販売され続ける一方、ある香水はすぐに廃盤になってしまう。好みやトレンドといった流動的なもののみが判断基準だったとしたら、時代を超えて愛されるということは起こり得ないはずである。

ということは、“好き嫌い”とはまた別の普遍的な評価軸というものが独立して存在していることになる。私はそれこそが“良し悪し”だと考えている。

このように“良し悪し”という評価軸はその対象、ジャンルにおいて普遍性を持ったものである。そしてこの普遍性を持った評価軸は、あらゆる対象、ジャンルに存在している。

よって、“良し悪し”というこの普遍性を持った軸をたくさん集めた際の共通項は、普遍的な意味合いでの“良し悪し”ということになるのではないだろうか、と私は考える。

だから私は、様々なジャンルにおける、“好き嫌い”からは独立した“良し悪し”という判断の基準に大変興味がある。香水を作る際、香水という対象における「よさ」とは何かを常に考えながら取り組んでいるのも、そういった背景があるからだし、逆に考えると、ジャンルを超越した普遍的な意味合いでの「よさ」を追い求めるために、まずは特に強い興味関心がある香水という対象においての“良し悪し”とはどのように判断されるか、ということを探求しているということもできよう。


こんな説明を冒頭の質問を発端として滔々としてしまったが、口頭でこんなことをいってもきっと何のことかよくわからなかったのではないだろうか、と今になって思う。

話しながら改めて私の頭の中も整理されてきたので、上記の内容は今までも何度か書いたことがあったがもう一度記事にしてみることにした。

もちろん、この私の考えには様々な「仮説」が散りばめられているため、そもそもそれら仮説が間違っていたらこの帰結そのものも崩れることになる。私はそんな不安定な推論に基づいて香りのクリエーションを行なっている。

そう聞くともしかしたら「そこに不安はないのか?」と疑問に思われるかもしれない。私は逆に、そういう未知の部分があるからこそ、クリエーションは面白いと感じる。“良し悪し”という評価基準が、本当に存在していてそれがどういったものかがわかったらもちろん素晴らしいことだが、逆に「存在しない」ということがわかるのであればそれは同様に大きな発見となりうる。

いずれにしても、それが存在するかしないかなどということも、結局わからずに私は死んでいくのだと思うが、それはそれで悪いことではないだろう。人生の中で最後まで追い求めるものがあることになる。夢から醒めないままでい続けるようなものだ。

そうやって私は、これからも夢の中で「よさ」とは何かについて、考え続けていきたいと思う。そして死んでいければ本望だ。


ところで、BL小説における良し悪しは結局のところよくわからなかった。もしその点について意見がある人がいたら、ぜひ教えていただきたい。

読むかどうかは、わからないけど…


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