すべてがお金ベースな生活

大人になって思うことは、全てがお金につながっているということ。特に都市部に住んでいると、何かを得ようと思えば必ずお金を支払う必要がある。衣食住、時にはひと休みするために、場所代(公園やカフェ)をも支払う必要がある。一方、お金を得るためには働かなければならない。

そうすると、あらゆるものが、(お金が)いくらなのか?という尺度で測られることになる。その方が効率的だし、分かりやすいのだけど、そのシステムの中でしか生きていないと、ときどき虚しくなる。お金に換算できないことは無価値かのように思わされる。あらゆる価値が、すべてお金で表現されるのだ。

お金を増やすことができる人は高い価値を生んでいると思われる一方、低賃金で働く人々の価値は低く見積もられている。

そうすると、仕事やパートナーなど、とても大事な選択にもお金という基準が適用される。しかも、優先度が高い。もちろんお金も大事な判断基準のひとつではあるのだけど、そこに縛られ過ぎている気がする。economic animal と揶揄された日本人だけど、景気の良かった頃よりもその傾向は強くなっているように思う。

一度きりの人生なので、「どういうことをしたら嬉しいのか」「どういうときに充実や満足を得られるのか」という数値化できない基準にも光を当てたい。

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