実際にあったフォロワーの話〜台パン〜
「人は度を超える怒りを覚えると何をするかわからない」
朝、大学に行く前にテレビをつけると、ワイドショーでやれ芸能人が不倫しただの、官僚の不祥事だの、どうでも良いニュースばかり流れてくる。
人生において全く何の役に立ちそうにない話ばかりだ。日本は平和だなんだと言われているが、凶悪な殺人事件が無いわけじゃない。
殺人容疑で逮捕された人の言い訳、大半が「ついカッとなって〜」と怒りに身を任せて突発的に殺してしまう、暴力を振るってしまって〜といった供述をする。
「キレたからって、人を殺すとか殴るとかありえねぇだろ」
昨日コンビニで買ったパンをかじりながらひとりごちる。今日も退屈な講義を受けて、適当にメシ食って夜からゲームをする。いつもの1日が始まろうとしていた。
今日も相変わらず面白くない講義の雑音が右耳から左耳に抜けていく。聞いてるフリをしながら大事そうな所だけ適当に板書をしておく。親の金とはいえ、学費を払って講義を受けているので、留年だけは避けたい。そろそろ最後の講義が終わろうとしていた。
帰りに適当にメシを食って、いつも寄る本屋をざっと見回す。今日は特にめぼしいものがなかった。
「今日は新しいオカズの収穫はなしか…」
人は常に新しい刺激を求める生き物で、ドハマリしていた刺激も何度も味わう内に慣れて飽きてくるものである。これはゲームにも言えることで、同じ様な内容ばかり繰り返しやっていると作業感が増して一気に面白みが減るのだ。
数々のゲームをやってきて、一応クラマスまで務めたゲームがある。今もプレイしているが、一時期は朝から晩までプレイしていた。
おかげで戦績とゲームの腕前は上がったが、代償としていくつかの単位を失った。単位の代わりにゲーム上手くなるならそれでいいかって認識だった当時の俺は、自堕落なゲーマー生活を続けていた。
家につき、コンビニで買ってきた飲み物とお菓子を適当に置く。多少金をかけて組んだPCを起動する。さぁ、今日も夜中までゲーム三昧の楽しい時間が始まる。今から本当の「今日」が始まろうとしていた。
今プレイしているのは、プレイヤー同士が敵味方に分かれて戦うPVPと呼ばれる形式のゲームで、いわゆるオンライン対人対戦ゲームだ。タイ人がやってたらタイ人対人対戦ゲームになるんかな?とかくだらない事を考えながらマッチングするまでTwitterを眺める。
お気に入りの絵師さんが描く可愛い女の子のイラストをRT&ファボをしつつ、マッチングするのを待つ。マッチング自体は1分かかるかかからないかくらいだった。
「はー…味方つっかえ」
1戦目からクソデカため息と愚痴が漏れる。試合は惨敗。一人で奮戦した所で、他の味方がボロボロなら数の暴力で潰されてしまう。一人で無双して味方をキャリーするなんて、早々できることではない。
「こいつら頭入ってんのか?猿以下かよ」
負の連鎖は続くもので、次の試合も味方のクソムーブのせいで負ける。イライラがつのれば自分のプレイも判断力も雑になってまた負ける。3回負けて1回勝って2回負ける…そんな時間が続く。
「はー…少し休憩しよ」
このまま続けたら間違いなくキレる予感がしたので、適当にTwitterを眺める。熱暴走をおこしかけた頭をどうにかクールダウンさせる。
しっかし味方が弱すぎる。どうやったらそんなに下手くそになれるのか教えてほしいレベルに弱い。何も学んで来てないし考えてないだろって思う程に。
「負けたのは味方が悪い」
は誰しもが一度は思った事があると思う。思ったことない人がいるならゲームやめて仏になった方がいい。そっちの方が世界の役に立つ。俺はそんな出来た人間でも心が大海原の様に広い人間でもない。せいぜい都下駅歩15分の家賃8万1DKのマンション部屋くらいの広さだ。
頭も冷えてきた頃合いだと感じ、ゲームを再開する。ゲームのクライアントを落とし、願掛けも含めて再開する。つまりはリセットである。
「さーて、負け分を取り戻しますかぁ」
気持ちを切り替えてプレイに望む。有能な味方を引きますようにと願いながら。
最初の数戦は勝ちが続いたものの、ユーザーログイン数が増えてくるゴールデンタイム帯になってくると一気に魔境になってきた。明らかにヤバい動きをする味方が増え、勝てる試合を潰された事が何度も続いた。
イライラしながらも、プレイを続けていた。ここでやめたらイライラが残るだけだし、クソみたいな味方のせいで無駄な時間を過しただけって現実がとてつもなく嫌だった。
「だからなんでそこで突っ込むんだよ!?」
「なにしてんのアイツ?とっとと動けよクソ芋さぁ!」
どんどん罵声が強まる。自分のプレイも雑になり、普段ならしないミスをして更に苛立ちが募る。完全に負の連鎖に囚われてしまっていた。
そしてついにイライラが限界を超える出来事が。全体チャットで煽られ、試合後に個別チャットで文句が飛んできたのだ。戦績を見れば赤猿野郎なのだが、イライラが募り我慢の限界に来ていた俺はブチ切れる。
「んだようるせぇな!!クソ雑魚がよぉ!!」
数々の罵声を大声で叫びながら、モニタやキーボードを載せていたデスクに拳を思い切り叩きつけた。ムカつくチャットが表示されたモニタに拳を叩きつけ、モニタが後ろに倒れる。もうめちゃくちゃで、溢れ出した怒りは止まらなかった。
モニタはひび割れて再起不能、キーボードはキーが吹き飛び本体も割れ、デスクの上は破片が散乱していた。
しばらくして、まだ息は昂ぶっていたものの、頭は冷えてきた。目の前に広がる惨状は、最悪と言っていい状態だった。
「あぁー、いってぇ…」
モニタを殴り、デスクに叩きつけた右手の拳から血が出ていた。鈍い痛みが右手全体を包み込んでいた。
「ほんとマジ最悪。なにやってんだよ俺」
壊れたモニタを買い換えないといけない。キーボードもだ。それにまず破片が飛び散ったデスク周りの片付けが先か。手が痛む中、面倒くさい片付けをしなければならない。考えるだけでも嫌になる。
どうにか時間をかけ、片付けを終わらせる。モニタやキーボードは明日にでも注文すればいい。問題は鈍い痛みが続く右手だ。鈍痛は引く気配がなく、熱を帯びていた。
「打撲かなぁ、明日病院いくか…はぁ」
もう怒りを通り越して虚無感と自己嫌悪で満たされていた。もう何もする気が起きず、細かい片付けは放置してベッドに倒れ込んだ。
翌日。大学は体調不良を理由に休み、病院へ向かう。事実、右手から鈍痛が消えないのだから、嘘ではない。怪我をした理由は最悪ではあるが。
「○○番の方、○○へどうぞ」
自分の診察の番が来て、部屋に入る。打撲だと思いながら、右手の症状を伝えると、念の為レントゲンを撮る事になった。まさかあの程度で骨にヒビとか折れてたりする訳ないだろうと思っていた俺は、一切の不安なくレントゲンを終える。
「小指が骨折してますね」
先生の口から予想だにしていない事実が告げられる。
小指が、骨折???
「え?」
思わず素で反応してしまった。物凄く間抜けな顔と声だったに違いない。
「ですから、小指が骨折してます。ほら、ここです」
レントゲン写真の骨折部位を教えられると、確かに折れていた。こうも綺麗に折れるもんだと思ってしまった。
「こういう骨折の仕方は、普通はしないと思うんですが…」
と先生に言われるも、「そ、そうなんですね…」と理由だけははぐらかしていた。いくらなんでもゲームでキレてデスクに台パンしたとは言えない。それで小指骨折しましたとか笑えなさすぎる。先生もそんなこと言われたら「え?台パン…?」とすで言われそうだ。
先生に自分が小指骨折した原因の台パンの解説をしてる光景とかギャグでしかない。間違いなく飲み会のネタにされるでしょ。これ以上、心のダメージを受けない為にも、それだけは避けなければいけない。
どうにか病院を後にして、治療やギプスの為にも何回か通わなければいけない。台パン小指骨折の人だと言われる事はないが、説明していたら間違いなく看護婦のおばちゃんやお姉さんに笑われていただろう。早く治れと願いつつ、操作慣れしていない左手で通販サイトを開く。
「とりあえず衝撃吸収するマット買おう」
めっちゃ衝撃吸収しそうなマット買ったけど、嵩張るから犬用のマットになった。
おわり