「絶望、いりませんか」

「えー、絶望、絶望はいりませんか」
「いらないよ、そんな物騒なもの」
 「そうだよ、好き好んで絶望を手に入れる人なんていないよ」

  絶望屋はいつも駅の前で絶望を売っていましたが、誰も買ってくれません。隣の店の希望屋はいつでも繁盛していました。
「おいちゃん、希望ひとつくれよ」
「はい、毎度あり。あなたにいいことが訪れますように」
 希望屋の店主はいつもにこにこしていて、客から人気がありました。わざわざ遠くからこの店主に逢いにやってくる客もいるのです。
「絶望屋の旦那、こう言っちゃなんだけど、アンタ商売向いてないよ」 
「わかってますけどね、家業を継いでしまったんですよ。仕方ないでしょ」「せめて売り方を変えないと、この消費税も上がった中やっていけないよ」 それもそうかと思い至った絶望屋は、訪問販売をすることにしました。


「こんにちは、絶望ひとついりませんか」
「いえ、間に合っています」
  大体はしかめっ面で扉を閉められてしまうか、愛想笑いで扉を閉められてしまう。扉を閉められなかったこともあったけれども、その時は水を思い切りかけられた。
 「やっぱり今の世の中絶望なんてわざわざ買わないんだよな」
  諦めずに次の家の扉を叩くと、冴えない中年の男が出てきた。
「すみません、絶望ひとついりませんか」 
「ええ、ひとつください」
  絶望屋は驚いた。自分でもわざわざ絶望を買う客が現れるとは思わなかったのだ。
 「だって今の世の中テレビ見ていてもやれ絆だの明日に希望を持てだの、無理矢理明るくしないといけないみたいで窮屈なんだよ。希望なんてお金を払わなくても質の悪いのがその辺に転がっているのに、絶望はありそうでないんだもの」
 絶望屋はこの話を聞いてある思いつきをした。そうだ、ただ絶望を売るだけではお客は寄ってこない。工夫をすれば、商売はいくらでも楽しくなる。絶望屋は駅前に戻ると、早速新しい看板を作った。

「人の不幸買いませんか」「人を呪わば穴二つ」「人生に刺激を」
「他人の不幸は蜜の味」「お先真っ暗なら道連れを」

 次の日から絶望は飛ぶように売れた。その煽りを受けたのか、それとも質の悪い希望をばらまいていたせいか、隣の希望屋は商売にならなくなりどこかに行ってしまった。


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