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【ヴァルコネ】 ここはシェルターなんかじゃない

「ねぇ、アンタのとこ泊めてくれない?ちょっと色々あってさぁ。」

    鉄棒のコウモリ状態で枝にぶら下がり、自らの恵まれた顔面をふんだんに使いさも『お願い♡』と強請るようににっこりと笑うロキに、ヴィーザルはため息をついた。ルーンの騎士とヴァルキリー、冥府の女王が迷い込んでからまださほど(孤高神基準)経っていないにも関わらず、度重なる侵入者にほとほと困っていた。
    そもそも退屈を嫌い、愉悦を求める彼が何故こんな代わり映えのしない森に結界を越えてまでやって来たのか。いやしっかり結界張ってる筈なのだが。もしや破られた!?嘘だろしくじった…。
   一々考えても仕方が無いし、後でロキに修繕させようと思いながら、艶やかな銀髪に指を通し言葉を発した。

「断る。特に後半の言葉が怪しすぎる。お前と関わると絶ッ対にろくな事にならないだろう。何が何でも泊めない。」
「いいじゃん独りは寂しいんだろオレが居ると賑やかになるよ」
「お前と共に過ごすくらいなら孤独の方がマシだが????」
「えそんな事言わずマジで泊めてホントお願いだからほらノルディシアで人気のツインテパティシエのとこのスイーツたくさんお土産に買ってきたから!」
「何泊だ?」
「2泊!」

  お手本のようなテノヒラクルーである。隠遁生活を過ごしているヴィーザルにとって、外界のスイーツというのは結構珍しい物であった。自らが変装して買いに行く手もあったのだが、ハロウィンの時当然の如く即バレしてからは前よりも控えるようになった。悲しいかな激烈な甘党の性か、自分で作る甘味も良いが考えの及ばぬような他所の発想の甘味も食べたかったのだ。目の前に居るのはユグドラの時負けた腹いせかどうかは知らんが憎き奴の前まで連れて行こうとしたクソ野郎。だが、まぁ良い。今回は見逃そう。
   そんなヴィーザルの気持ちも露知らず、ロキの内心はニヴルヘイムの吹雪並みに荒れていた。誰かが自分の隠れ家をブラコン長兄に教えた様で地獄の追いかけっこを見事振り切りここへ来た。ぶっちゃけ結界が強力過ぎて破るのに凄まじく時間がかかったが執念で何とかした。物凄く疲れたしこんなの柄じゃないけれど、それだけ長兄のブラコンが恐ろしいのである。今度結界のマスターキー(概念)もらおう…。くれないだろうが諦めない。諦めたら試合終了(軟禁)である。
   ロキはひらりと華麗に地面に着地を決め、ヴィーザルの後に付いて行き隠れ家の中に入る。白色のチェアに腰掛け紅茶を所望しつつテーブルの上でお土産を開いた。

「このビターチョコケーキ食べていい?」
「は?何持ってきたお土産をさも当然のように食べようとしているんだ?お前にはこれで十分だ。」
「ウワなにこれ…ゴム…?」
「ゼラチンMAXプリンだ」
「valtuberにでもなんのアンタ?いやこれスプーン刺そうとしてもペチペチ叩くことしか出来ない…」
「食べ物で遊ぶな!」
「理不尽!」

  ヴィーザルは何とかプリンを削り取ろうと顔を顰めて四苦八苦するロキの脳天に完璧な手刀を落とし、頭を押さえるロキが投げるスプーンを難なく躱す。スプーンは壁に突き刺さった。マナーなんざ知ったことか。2人しかいない今は無礼講だ。

「最近会ってなかったうちの長兄がさぁ…ストレス溜まってたのと誰かからオレの隠れ家の情報貰ったのが重なったらしくて、網持って突撃して来たんだよ…。ビューレイストはもう捕まってたみたいでハッタリが効かなかった。ヤツがオレを探してるうちに隙を見て逃げてくんないかな」
「苦労しているのか」
「だろ?」
「まぁ隠れ家を教えたのは俺だが」
「おいおい輪切りにしてあげるよお坊ちゃん」
「やってみろ三下」
「結界から引きずり出してオーディンとこに連れてってやるからなフギンと気まずくなれ」
「よくも俺の地雷を踏んだな叩き出してお前の兄に居場所実況して動画に上げてやる」

  和んだと思えば直ぐこれである。やはりソリの合わない若い男2人が揃えば喧嘩になるのは容易い。だが泊めて貰えた手前、家主の機嫌を損ねたくは無いのかロキがやめてよと右手を振った。ヴィーザルはヴィーザルでハロウィンの時に鉢合わせたフギンの、色々な感情の入り交じった顔を見て気まずくなるのは二度と御免だったので、ついと顔を背けて目を逸らした。
   どちらからともなく席に着いて、そこそこ温くなった紅茶を淹れ直す事無く飲みつつ新商品のケーキをもさもさと味わって食べた。実は甘いのがそれ程好きではないロキが、ケーキの上に乗っている砂糖細工をヴィーザルに譲った。ロキが甘党でない事を知らないヴィーザルは、機嫌を良くしてロキに紅茶に入れる角砂糖の使用を許可した。ロキは無糖派だった。すまないそういうことじゃねぇんだ。いやそもそも砂糖くらい使わせてやれ。ちなみにヴィーザルははっちゃけて5個程入れている。案の定混ぜても底の方がジャリジャリしているらしく、やっちまった…俺はいつもそうだ…と何とも言えない顔をしていた。神なので罹らないだろうが糖尿病に気をつけた方が良い。

「美味いなこれ…よくお前が知っていたな」
「ルーンから教わったのさ。彼もディエラ…だっけ?そのニンゲンから勧められたんだってよ」
「ニンゲン嫌いのお前が最近は随分とルーンの騎士を構っているようだな」
「ふふふ…アイツは別物だよ。アンタも彼の事が気になり始めたのかい?」
「いや、動物たちの噂でバレンタインの話を聞いたんだ」
「この話やめようか」

  ロキ撃沈である。メタな話だが新キャラ実装やコスチュームを貰っても尚ここまで落ち込むのはひとえに傍迷惑キューピッドちゃんのせいだ。恋愛脳になっていたとはいえ、自分の愛のこもった一世一代の告白が選択肢の如何に依らず全世界に配信されてしまった。しかもルーンの選択に依ってはごめんなさいも言われずにフラれる。何だこの拷問。可哀想に。

「そう言えば新ロキの実装11月と聞いたんだが」
「そう!それだよ何のイベントだろうね本当」
「七五三か?精神年齢3歳の」
「コイツ千歳飴で生き埋めにしてやろうかな」
「言ってろ」

   ロキが空中で人差し指を振るとカットされた千歳飴がザーッとヴィーザルの熱い紅茶の中に入った。そこそこ高度な錬成召喚魔法である。2杯目は無糖で飲もうと思ったのに…とヴィーザルに睨まれてもロキは知らん振りしていた。才能の無駄遣いだ。
   紅茶の熱で微妙に溶けていた千歳飴が飲み終わったカップの底にへばり付き冷えて固まった。それを苦労して剥がした後、ゼラチンプリンをスーパーボールの様に弾ませて遊んでいたらいつの間にか時間が経ち辺りは夕暮れ時となった。

「夕食の時間かぁ…オレ折角だしエスニック作ってあげるよ」
「パッタイ」
「辛さは?」
「控えめにしてくれ」
「任せな唐辛子じゃんじゃん入れるよ」
「は?寝る時まだ辛さが口に残ってたら夢枕に立って夜通しライブしてやる」
「あまりの辛さに死んでるじゃん」
「死ぬわけないだろう夢枕には神仏も立つ」
「アンタの辛さを訴えるとち狂った行為とお告げを同一視すんな」 

  健全な若人(神)2人(柱?)は互いに煽りながらグリーンカレーとパッタイを平らげた。グリーンカレーの辛さを指定してなかったので、甘党神には結構辛かった。そのためカレーに乗っていたかろうじて原型を留めている緑唐辛子をロキに譲った。別にロキはヴィーザルが辛党ではない事を知っていたが、面白かったので機嫌を良くして赤唐辛子チップをヴィーザルのパッタイにかけてあげた。お前絶対わざとだろそうじゃねぇんだ。ちなみにロキは唐辛子を取りすぎて自分の皿に他の具材を入れてなかった事に気が付いた。案の定美味しく煮込んだ茄子や筍がヴィーザルに取られ、やっちまった…オレはいつもそうだ…となんとも言えない顔をしていた。ヴィーザルはロキにコブラツイストをかけ、ゼラチンプリンで尻をしばき倒した。パッタイの恨み。





  


翌日、
「すまない、お前のところに泊めてくれないか?ちょっと色々あったんだ。」

  ロキが開けた結界の穴よりトールが憔悴した様子で転がり込んで来てそう言った。ヴィーザルはスペキャ顔になった。ロキは爆笑して過呼吸を起こし倒れた。


おしまい

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