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隠し子(一部分・3)

・子供

ベッドの横から、スマートフォンのアラームが鳴り響く。
耳元で鳴る音に目を醒ました契は、片手で手探りでアラームを止める。
時刻は六時。部屋はまだ夜中のように暗く、日は昇っていなかった。
腕を伸ばして伸びをした契が最初に見たものは、机の上に置かれた問題集だった。
毎朝起きたらすぐにやるようにと言われ、母が買ってきた数学の問題集。そこまで厚いものではないが、契には重苦しかった。これが終わったとしても、まだ数冊ほど違うタイプの問題集が控えているのだ。
契は机に座ってスタンドライトを点け、付箋が挟まれたページを開く。
目に映る計算式と問題の羅列。問題を解く雰囲気を作ろうとシャープペンを握る。
それでも眠気には勝てず、頬杖をつく。すると重たい瞼が降りてきて、目を閉じた心地良さに意識が沈みかける。
無理やりにでも眠気を覚ますため、契は最初の一問を解き始めた。眠気が被さってこないように、ただ解くことだけを考えた。
どのくらい時間が経ったのか、しらじらと日が昇ってきた。鳥のさえずりがぽつぽつと聴こえ始め、スタンドライトによる影も薄くなった。
問題集は残りの数ページが埋まり、ようやく一冊が全て終わった。
解き終えた問題集を見返しても、契の気分は重いままだった。
すっかり日が出た部屋のカーテンを開けると、誰かが部屋のドアをノックした。
「入るわ。いい?」
「うん。いいよ」
契の返事でドアを開けたのは、契の母。ショートヘアの先にかけたワンカールパーマが特徴的。
「今日はどこまで進んだの?」
母が机の上の問題集を手に取って契に訊ねた。しかし、答えを聞く前から既にページをパラパラと捲っている。
「今日で終わったよ。残りの分が終わったの」
契は答えた。
それを聞いた母は、今度は一ページずつゆっくりと捲り始めた。一問一問を確認するように。
契はこの空気が苦手だった。張り詰めたような、ひとつの隙も許されないような、家族間とは思えないような緊張感が、堪らなく苦しかった。
「うん。よく頑張ったわね。ご飯作るから降りてらっしゃい」
母は嬉しそうに笑って契を褒めた。それまでの緊張感が、最初からなかったようにすっと溶けていった。
「あ、うん…」
契が頷くと、母は問題集を持って一階のリビングへと降りていった。
静まり返った部屋の中で、契は立ち尽くしていた。何も無くなった机を見つめ、溜め息をこぼした。
「今日はテストか…」
卓上カレンダーについた赤丸。そこには同じ赤のペンで「小テスト」と書かれていた。
契は着替えを済ませ、一階へ降りた。
「今日は確か、小テストだったわね」
「うん。午後に数学の小テストがあるの」
「満点、取れるわよね?」
「大丈夫だよ。今日も取ってくる」
朝食のトーストを齧りながら、契は母と会話をしている。会話と言っても、ほとんど学校のことか勉強のことばかりでそれ以外の話題はほとんどない。
契の隣では父親が、こたつに入ってコーヒーを飲みながら、テレビから流れてくる朝のニュースを見ていた。父は物静かな人物で、自分から話しかけることは少ない。それもあり、契は気分を読み取れない父が苦手だった。
「あなたは今日はいつもと同じ?」
母が父に帰りの時刻を訊ねた。
父はもう一口コーヒーを啜りながら、
「あぁ。ただ少し残業になるかも」
と淡々とした口調で答えた。
「契は塾はあるの?」
父の答えを聞き終えた母は、今度は契に目線を向け、帰りの時刻を訊ねた。
「う、うん。あるよ。六時前後に帰るね」
「えぇ分かったわ。毎日通えて偉いわ」
母は契の水筒に蓋をしながら微笑んだ。
「はい、お弁当と水筒ね」
「あ、ありがとう」
母から水筒と弁当を受け取った契は、トーストの最後の一切れを口に運んだ。

「行ってきます」
玄関を開けて、契は母に手を振る。
「行ってらっしゃい」
母は微笑んで契を見送った。
白の外壁に茶色い屋根の家を出て、最寄り駅までの道を歩いた。
その道の中で、契は溜め息を吐いていた。それは家の中で溜め込んでいた分を、全て出し尽くすように大きく。
「また、嘘つくんだ…私…」
そう呟くと、契は心の中に重く澱んだ気持ちが沈澱していくのを感じた。
契はこの気持ちの正体を分かっていた。だからこそ、嘘をついた自分が嫌で落ち込んでいた。
「そういえば、ヨシくんってどうしてるんだろう…?」
ふと、義也のことが頭をよぎった。あの日のゲームセンターで会って一緒に帰って以来、再び会うことはなかった。
彼は今どこにいるのか。
何をしているのだろうか。
どんなものを見ているのだろうか。
あの日の義也の晴れたような笑顔を思い出しながら、契は迫る発車時刻に間に合うように歩速を早めた。

「おはよーっ!やっと来た〜!」
なんとか教室に間に合って席に着くと、早速明るく親しい声が響いた。
「おはよう」
「長船さんがギリギリなんてめずらしーね!何かあったの?」
声をかけてきたのは、隣の席で友達の一人の宍戸奏美。薄い黒のコンパクトショートに、ボタン全開にしたブレザー、折って短くしたスカート。周りからは「なりかけ系ギャル」と言われている。
「別になにもないよ。電車に乗るの遅れちゃってね〜」
「え〜マジ〜!?私もなんだよね〜。まぁ私はガッツリ寝坊したからなんだけどね〜」
ヘラヘラと笑いながら、奏美は指先で前髪をくるくる巻いている。
「てかさてかさ〜、昨日のドラマ観た〜?」
「え?ドラマ…?」
「あ〜、その反応は観てないなぁ…。昨日やってたんだよ〜!しかも初回放送一時間スペシャルだったんだよ〜」
「ごめん…観てないや。お母さんテレビ苦手で。夜九時以降はつけてないんだ」
「え!?マジぃ!?私だったら耐えれんわ〜!」
奏美は驚いて口をあんぐりとさせる。
テレビっ子の奏美は、色々な時間帯のテレビ番組を観ている。そのため契との話題は、もっぱら自分が観た番組の感想や見どころなどだった。
一方、契の家は母がテレビが苦手でという理由と、家族との時間を作るために夜九時以降はテレビを消している。そのため、契はその時間以降の番組はほとんど知らなかった。
「え?ていうか長船さんってさ、え?テレビ観ないんじゃ何してんの…?」
奏美が驚きを隠せないまま質問した。


一応ここまでです。
ホントはもっと続く小説にしようかと思っていましたが、続きがイマイチ浮かばず未完です。

記憶から掘り出して書くのが大変でした。
過去の記憶から書くのってやっぱムズい💦

(× × )

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